尊厳を守る住まいの提供 資金調達を重ねて物件取得
LivEQuality大家さん(名古屋市)
岡本拓也社長(47)

日本では44・5%のひとり親世帯が相対的な貧困に直面しているという。非正規雇用で収入が不安定では賃貸住宅への入居も難しい。こうした貧困と住宅の問題に直面するシングルマザー向けに、リフォーム済みで住みやすい物件を安く貸し出しているLivEQuality(リブクオリティ)大家さん(名古屋市)は、愛知県を中心に7棟103戸の物件を所有している。シングルマザーの入居者はそのうち3割程度だ。

「当社では慈善事業ではなく経済性も担保しています」と話すのは同社の岡本拓也社長。その仕組みはこうだ。築30~40年がたち、全体的に入居率が下がってきている物件を購入。物件の3割を周辺相場家賃の7割で貸し出す。
安く貸し出すことは賃貸事業において失敗と見えるかもしれない。だが、経済的な問題を抱えるシングルマザーのように、低廉な家賃帯でしか入居できない層は、必ず一定数存在する。そうした入居者を獲得することで稼働率が上がる。
相場どおりの家賃で3割の空室を抱えるよりも、7割の家賃で満室を維持できれば、最終的な売り上げが増える。社会性と経済性の両立を実現できるモデルだという。
建築会社を継いで点が線に 住まいの問題解決につながる
岡本社長は大学卒業後、公認会計士として大手外資系コンサルティング会社へ入社した。その後、企業再生アドバイザリー事業に従事。NPO法人ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(東京都港区)など10以上ものNPOや財団の理事を務めた。だが、18年に転機が訪れた。父親の死去に伴い、家業である千年ちとせ建設(名古屋市)を継ぐことになったのだ。

千年建設は父親が1983年に創業した建設会社で、UACJ(旧住友軽金属工業:東京都千代田区)をメインに、大手メーカーの工場営繕、新築施工などを請け負っている。従業員数はおよそ40人だが、名古屋市の本社のほか、東京都と福井県に出張所を構える。
父親が存命中は、家業を継いでほしいと言われたことはなかったそうだ。そのため、父親の急逝とはいえ、当初は千年建設の社長就任を断っていたという。だが「今、自分が断ることは社員やその家族を見捨てること」ではないかと気付き、千年建設に入社した。
建設会社に入ったとものの、今から建築の勉強をする必要はない。社長の仕事と言えば、接待とゴルフだ。そう古参の社員に言われた岡本社長は「そんなものなのか」と、接待の日々を送った。
そうした中で2020年、新型コロナウイルスの大流行が起きた。「居ても立ってもいられなくなった」と岡本社長は振り返る。こんな時だからこそ、自分ができることは何かを考え、それが住まいの確保に困難を抱える人たちの問題解決だと確信した。
「住まいは最後の砦とりで」だと言う岡本社長。パンデミックにより職を失い、その最後の砦すら奪われる人々が大勢出てきた。建設会社という住まいに近い業界の社長に就いたことが、それ以前に携わってきた数多くのNPOでの活動とつながったと感じた。
千年建設として金融機関から融資を受け、自己資金を投入しながら名古屋市の中心地、名古屋市営地下鉄東山線新栄町駅から徒歩5分圏内にある築37年7階建ての物件「ナゴヤビル」を購入。シングルマザーに提供する物件として再生を開始した。
尊厳を失わないための住居提供 シングルマザーの一歩を支援

▲LivEQuality大家さんの本社も入る ナゴヤビル
「立地の良い物件を低い家賃で貸し出すのも、通常の賃貸経営から見たら常識外れだと言われました」と話す岡本社長。シングルマザーこそ、勤務先にアクセスしやすく、スーパーや病院などの施設に近い立地が大事という考えからだ。
さらに築古の物件を明るい居室にリノベーションして貸し出していることも通常の賃貸経営と異なる点だ。「千年建設が培った営繕のノウハウがあるからこそ実現できたことです」(岡本社長)。一般的に、経済的困難を抱えたシングルマザーがようやく入居できる賃貸物件は暗かったり、汚かったりとお世辞にもきれいな物件とは言えないことが多い。だが質が担保されて安心・安全な住居がなければ、人は尊厳を失い、負のスパイラルに陥っていく。それを断ち切るため、欧米では広く認知されている「ハウジングファースト」、つまり住まいを失った人々に対して安心できる住まいを確保する取り組みを日本でも実践しているという。
所有物件が50戸を超えた22年、千年建設がシングルマザー向けの住宅を購入し、修繕を続けていってもこれ以上の拡大は難しいと、千年建設の完全子会社としてLivEQuality大家さんを設立。それと同時に、入居したシングルマザーへの伴走支援を行う認定NPO法人LivEQuality HUB(ハブ:名古屋市)を立ち上げた。
NPOが窓口となり、入居者が仕事を確保できれば、それは家賃収入という形に反映される。事実、今までに家賃滞納は1件も起きていないという。

▲物件は済みやすくリフォーム済だ
インパクトボンドで資金調達 利回り0・1%でも賛同を得る
「こうした事業を行いながらも、やはり資金の調達に頭を悩ませるのはほかの賃貸経営者と変わらないかもしれないですね」と岡本社長は話す。
慈善事業の寄付集めではなく、賃貸事業として続けていくために岡本社長がつくり出したのがインパクトボンドという手法だ。1口1000万円で返済期間20年、利回り0・1%の私募社債を発行して資金調達を行う。経済的なリターンは低いが、社会貢献としてのリターンは大きい。

23年、24年そして25年と3回にわたるインパクトボンドの発行により、計2億1000万円の資金調達につながった。銀行融資を合わせると合計5億9000万円。「寄付だけに頼っていたら、10分の1程度の金額にとどまっていたでしょう。インパクトボンドというビジネスモデルにすることで、持続的かつ次につながる手法を開発できました」(岡本社長)
今後は、全国のNPOと提携してこのモデルを展開していきたいと考えている。対象もシングルマザーに限らない。目指すところは「日本版アフォーダブル・ハウジング市場への挑戦」だと言う。アフォーダブル・ハウジングとは平均的あるいはそれ以下の所得者が、無理のない家賃を支払いながら安定した生活を送ることができる。そうした住宅を供給することを指す。
欧米では税制優遇を背景に広がっているこの取り組みを日本でも市場として定着させていきたい考えだ。
(2025年 4月号掲載)
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