「再生」で価値を作る不動産経営 ―エストレジャー

賃貸経営不動産再生

<<再生のフロントランナー>>

賃貸住宅からホテルまで事業展開
「再生」で価値をつくる不動産経営

 宮崎県を拠点に、不動産再生事業を展開するエストレジャーの大山直樹社長。これまで取得したマンション、オフィスビル、そしてホテルを空室状態から満室に次々と再生してきた。その経営で一貫しているのは、管理が行き届いていない物件を再生し「人が幸せになる」場所づくりをする姿勢だ。

エストレジャー(宮崎市)
大山直樹社長

プロフィール 1975年生まれ。宮崎市出身。20代に職を転々とするなど試行錯誤を経て意識が変化し、アイルランド留学を機に不動産事業を志す。帰国後、エストレジャーを設立し、賃貸・ビル・駐車場事業からホテル事業へ展開。宮崎第一ホテルの再建を主導し、地域密着の経営や観光振興に取り組み、現在は温泉事業にも挑戦している。


 JR宮崎駅からおよそ1㎞の場所にある「宮崎第一ホテル」。市内のホテルゾーンから外れた場所にありながらも、客室数157室、稼働率は90%。しかし、大山社長が2014年に購入し、再生するまでは「稼働率」を語るレベルにはないような物件だった。

 「それこそスタッフ20人に対して宿泊客が10人なんて日もあったくらいです」(大山社長)

 そうした状況にあったホテルを大山社長は5年かけて見事に黒字経営に変えた。

宿泊客からの口コミ評価も高い宮崎第一ホテル

 また同社は築40年の元病院だった建物を再生した「エストレジャービル」と、築43年6階建ての「宮崎ひなた会館」の2棟のオフィスビルを所有、運営している。どちらの物件も、取得時には入居率2割というひどい経営状況だったものを、これも大山社長が満室に導いた。

 まさに「再生請負人」という名がふさわしい大山社長だが、もともと不動産事業の経験があったわけではなく、むしろ全くのゼロからのスタートだった。

留学先の家主の姿に憧れ ハード・ソフト両面を改善

 大山社長が不動産経営を始めたきっかけは2007年にアイルランドに留学したことだった。かの地で築200年のシェアハウスに入居したのだが、古い建物でありながら、細かいところまで清掃が行き届いておりほこり1つ落ちていない。芝生のある敷地はきれいに整備されていて「古いことと汚いことは別物」なのだということを実感した。

 さらに大山社長が感銘を受けたのは家主の心遣いだった。家主と入居者の距離が近く、何かあった際には助けてもらえる関係性だったり、入居者同士が交流できる場を提供したりしていたのだ。

 当時、スポーツ選手のマネジメント事業を行う個人事業主だった大山社長だが「留学時に抱いた感動を提供する側になりたい」と思ったため、帰国直後より不動産の勉強を開始した。まずは本屋で不動産経営に関する本を買い、読みあさったという。そして、帰国1年後の08年に32歳で第一歩となる物件を購入した。

 1棟目は築4年34戸のRC造8階建てのマンションを2億4000万円で購入した。3つの金融機関に融資を依頼し、1つからフルローンを引き出すことができた。

 「リーマン・ショックが起きる直前だったので、タイミングが良かったです」(大山社長)

 同マンションは購入時、築浅でありながら約3割が空室だった。大山社長はその理由を共用部に見て取った。ハトなどが入り放題、ふんが散乱している廊下に乱雑なごみ捨て場…と、いかにも荒れた物件だったのだ。

 そこで物件に通い掃除をして共用部を整えると、同時に入居者に話しかけるようにしていった。仲の良い入居者ができ始めたところで、飲み会を企画してコミュニケーションを図る場を提供し始めた。すると、ごみ捨て場の状況は改善され、物件の雰囲気が良くなった。それに呼応するように入居希望者が増えた。そのうえ、入居者が友人に入居を勧める状況にまでなり、半年で満室化。反対に、今までごみ捨てなどでトラブルを起こしがちだった入居者は退去していった。退去のタイミングで家賃も4万3000円から5万円まで引き上げることができた。

 「入居者に喜んでもらうためにはどうすればいいかと考えて行動したことが結果となって表れました。物件再生は楽しいと感じることができました」(大山社長)

 この成功体験を基に、2棟目も物件の環境を改善することで入居者属性を変更し、賃料を上げていく再生手法を用いた。2年後の2010年には築6年46戸の10階建てマンションを購入した。同物件でも2割強が空室だったが、同様に徹底した清掃と入居者とのコミュニケーションで、同じく半年で満室に導いた。

 「2棟とも立地が良く築浅だったにもかかわらず空室が多かったのは、ひとえに管理が悪かったためです。『割れ窓理論』―1枚の割れた窓ガラスを放置すると、更に窓ガラスが割られ、いずれその建物全体が荒廃してしまうこと―そのものだったのです」(大山社長)

 2棟の賃貸住宅で「物件を清掃し整える―入居者コミュニケーションで価値を付ける―満室に導く―賃料を上げる―次の融資につなげる」というモデルを確立した。

 13年には、事業拡大を狙ってオフィスビルの再生に乗り出した。7階建てのビルで、半分は他社が運営しているホテル事業者が借り上げていたものの、オフィス部分の空室が8割ほどあった物件だ。

 「空室は長年放置され荒れていたため清掃し、クロスを貼り直してから募集をかけました。内見時には必ず同席して、テナントの希望に沿ってバリューアップに努めました」(大山社長)

 「少し狭いな」と言われれば壁を取り払って広くした。「駐車場が足りない」と言われたら近隣の駐車場を探した。オーナーがテナントの言い分を聞いていたらきりがないと思われるのだが、大山社長の考えは逆だ。

 「最初こそ要望が多くて手出しも増えるでしょう。ですが、住宅と違って繁忙期のないオフィスは空いたら1年以上空きっ放しという状態もざらにあります。1テナントの賃料も高いことを考えると、要望を聞き入れて空室を早く埋めたほうが、得策だと思うのです。結果的に物件のバリューアップにもつながります。」(大山社長)

 オフィスビルは住宅より時間がかかるかと思われたが、同じように半年で再生に成功した。

ホテル再生に着手 賃貸住宅との違いに直面

 「再生がうまくいくと、周囲からも一目置かれますし、何より入居者やテナントが喜ぶ。もっと多くの人に喜んでもらうためにはどうしたらいいかと考えた結果、行き着いたのがホテルの再生です」(大山社長)

 大山社長が巡り合ったのは築40年超、157室の宮崎第一ホテルだった。前オーナーが高齢だったため、事業売却を検討していたのだ。だが、当時の状況は冒頭で紹介のとおり。結果、ほぼ土地値で購入できた。

 これまでの経験で再生可能と判断し取得したが、実際には再生はそう簡単ではなかった。

 ホテルは賃貸住宅やオフィスと異なり、設備と人材の両方への継続的な投資が必要となる。特に、人材への投資は今まで経験したことがなかった。そこで、ホテル事業に集中して取り組むため、これまで所有してきた3棟の物件をすべて売却することにした。

 ホテル運営にあたっては、まず社員教育に力を入れた。引き続き勤務してもらった20人のスタッフには、ほかのホテルへの視察や展示会見学の機会を提供。勤務時間の1割を研修に充てた。そのうえで、現場の声をホテルに反映していった。ウエルカムドリンクのサービスはスタッフから出たアイデアを採用したものだ。

 一方、ハード面のリニューアルの負担も大きかった。現在ロビーになっている1階部分には古い喫茶店があった。すでに閉店している喫茶店で、電気もつかず天井は落ちているような店舗だった。

 「廃虚を横目にチェックインカウンターに向かうような造りでした」(大山社長)

 

 そこで、喫茶店のスペースはつぶしてロビーとしたことでエントランスの印象をアップさせた。だが、築古ホテルの再生はそれだけでは済まなかった。客室においては、1つの部屋の空調が壊れたら、次は給排水管にトラブル…といった具合に、設備更新に終わりがない。古いものではすでにデッドストックになっていて交換不可の部品もあった。

 「今まで半年で再生できてきたのに、ホテルは勝手が違う。『長期戦になるな』と思いました」(大山社長)

 ホテル経営が軌道に乗るまでの収入を得るため、17年に改めて元病院だったビルを購入。築40年ながらも造りがしっかりしていた全空物件をオフィスビル、エストレジャービルとして貸し出し始めた。同ビルはすでに確立された再生手法を用いて、1年もすれば満室が見えてきた。

珍しい4ベッドの部屋もある

 そこでホテルの客室を順次スケルトンにして改装する計画を始めた。少しずつ修理をしていっても「焼け石に水」になるだけだと判断し、1年ですべて造り替えることにしたのだ。その分、稼働できる部屋数は減るが、改装後は宿泊料アップにつなげられる。実際、ホテル取得時は3000円だった宿泊料をハード面、ソフト面の再生から平均1万円にまで上げることができた。

 この間、物件取得に加えてリニューアルに多額の費用がかかり、借入金は累計10億円にまで達した。だが、5年をかけて赤字経営から抜け出すことができた。そして、ようやく安定的に黒字経営を目指せるかと思った矢先に起きたのが新型コロナウイルス禍だった。

 「社員はもちろん不安そうにしていましたが『これをチャンスと捉えよう』と徹底して社員研修の時間に充てました。また、ほかのホテルから解雇された優秀な人々をスタッフとして採用し、コロナ禍明けにはフルスロットルでオープンできるように備えました」(大山社長)

 

 とはいえ、2カ月の休業を余儀なくされ、経営は大打撃を受けた。そこで、20年に新たなビル、宮崎ひなた会館を取得。入居率2割だったが、半年で再生して賃料収入につなげた。

 こうして、大山社長の期待どおりコロナ禍明けにはスピード感を持ってホテルを再開。現在の稼働率90%にまでつなげていった。

賃貸経営から事業経営へ 運営によって価値を上げる

 こうした一連の取り組みの結果、同社の収益はホテル事業が売り上げの大半を占め、現在は不動産賃貸事業との比率は約10対1だ。 

 初めて物件を購入してから18年、経営の形態も賃貸収入を得る賃貸経営からオペレーションを含む事業経営へと変わっていた。だが、大山社長の経営が「人に喜んでもらう」という思想に基づいていることには変わりはない。

 その思想を実現するための事業サイクルを「ハード部分を整える―ソフト面で価値を付ける―稼働率を上げる―賃料/宿泊費をアップする」と徹底させている。思いの実現は、再現性のある不動産経営の手法に裏打ちされているのだ。

温浴施設を再生 地域活性にもつなげる

 2022年には、自治体からの公募で譲渡された青井岳温泉の再生にも取り組んだ大山社長。こちらは別会社であるヤマブルーが運営を行う。大規模修繕に約10億円を要する案件であったが、大浴場の刷新や岩盤浴の導入などにより施設価値を再構築。現在は1日当たり平均1000人超を集客する施設へと再生した。

 

「かつては安く入れる自治体経営の温泉という感じでしたが、ある程度の利用料を取る施設に再生しました。その金額を支払っても1日楽しめるならと納得してもらえる施設になっていると思います。次世代にこの温泉を残したいと思った時に値上げは必要なこと。この施設の再生が、地域活性の一例になればいいと思います」(大山社長)

(2026年6月号掲載)

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