<<子どもと育つ不動産事業>>
子育て世帯のための賃貸マンション
独自の取り組みで持続可能な子育て応援事業を目指す
東京の下町、墨田区にある住宅街。錦糸町や両国など、人気のエリアに程近い場所に、子育て世帯にターゲットを絞った賃貸住宅がある。所有するのは180年を超える歴史を持つ老舗企業・萬富。材木商を祖業とし、現在では不動産事業をメインとする老舗が子育て支援に取り組むようになった背景には、6代目・小山敦社長の子育て経験と、先代・先々代から伝わる新規事業に対する考え方があった。
萬富(東京都中央区)
小山敦社長

ネウボーノの事業モデル
都営地下鉄新宿線菊川駅から徒歩3分の好立地に、2016年に竣工した「ネウボーノ菊川Ⅰ」と、その隣に24年に施工した「ネウボーノ菊川Ⅱ」はある。部屋数はそれぞれ26戸と73戸で、29・05~57・58 ㎡、1DK・2LDK・2LDKSの3タイプがある。共有部にはキッズスペースや、子どもが植物と触れ合えるキッズガーデン、祖父母の宿泊を想定したゲストルームなどがあるほか、託児サービスも提供する。もちろん、専有部にも子育てを意識して対面キッチンや豊富な収納スペースを備えた。壁や柱には角がなく、窓と扉には指はさみ防止ストッパーが付いている。
- ▲16年に開業したネウボーノ菊川Ⅰのエントランス
- ▲24年開業のネウボーノ菊川Ⅱ

▲ネウボーノ菊川Ⅰ・Ⅱのキッズスペースには管理人が常駐し、子どもたちが利用している
また管理人として保育士資格を持つ人が勤務。入居者は託児サービスを受けられるほか、子育ての悩みを相談することができる。
この物件のオーナーである小山社長は「保育士が母や姉のように話し相手になる。孤立しがちな都会の育児において、同じ境遇の人が入居者として近くに住み、皆で子育てできる環境を目指しています」とネウボーノの目指す育児環境について語る。
一方で、採算度外視の慈善事業ではなく、きちんと収益が上がる新しい事業として成立させることにもこだわった。
社内の担当者や銀行の融資担当者に事業構想を話しても、最初はこの点がうまく伝わらなかったという。「慈善事業として子育て支援を自社の賃貸住宅の入居者に向けて提供する」という発想になってしまうのだ。
「しかしそれでは、長く支援事業を続けることはできません。収益を上げて採算が取れることを示せば、融資が下りる。それを見て、当社に続いてネウボーノのような子育て支援マンション事業に参入する会社も出てくる。それこそが、本当に持続可能な子育て支援ですよね。だから安売りはしないし、当社が提供するサービスを必要としていない人にも貸さない。必要な人に適切な価格でサービスを提供するというスタンスを貫いています」(小山社長)
その言葉どおり、好立地、子育て世帯に合わせた設備、充実の支援サービスを備えたネウボーノの賃料は25万円前後と、周辺の同様の間取りのマンションと比べて安くはない。しかも、入居者は出産予定から就学前の児童がいる家庭に限られており、子どもの成長に合わせてもっと広い住まいや持ち家を検討するため、3~4年でほとんどの入居者が退去する。それでも入居率は10年間ほぼ100%を維持できているという。
◀ベビーカーが傷をつけないよう壁に床材を使ったエレベーター
- ▲コワーキングスペース
- ▲祖父母などの宿泊を想定したゲストルーム
利回りも都内の新築マンションと遜色ない数字だ。一方で、利回り重視の物件では削減されることが多い平置き駐輪場は全戸数分確保されている。重い電動アシスト自転車を使うことの多い子育て世帯には必須の設備だからだ。
「ここまで子育てに寄り添った一般住宅は参考になる例がなかったので、最初は客付けのやり方も手探り状態でした。『たまごクラブ』(ベネッセコーポレーションが発行する出産を控えた人向けの雑誌)の広告だけで探そうなんて言っていた時期もあります」(小山社長)
現在では、萬富が運営する子育て支援サービスを除き、物件管理を三井不動産レジデンシャルリースが担当。仲介は物件の特徴を理解した仲介会社に専任で依頼している。内見時に、提供するサービスや設備の価値を十分に説明し、立地や間取りといったハード面だけではないネウボーノの魅力を理解してくれる家族に入居してもらえるよう努めているという。結果として、管理人から入居者まで、関わる人すべてが「キッズウエルカム」の賃貸マンションとなっている。

ネウボーノの発想の原点は、古き良き時代の「長屋」だ。隣近所に経験豊富な、あるいは同じ悩みを持つ隣人がいて、子どもは同年代と接しながら大きくなる。子育てをする親の余裕がなくなる前に頼れる人がいる環境を、保育士資格を持つ管理人や同じ属性の入居者を集めることでつくり上げている。
名前の由来はフィンランド語で相談室を意味する「ネウボラ」。フィンランドでは、妊娠期から就学前まで、保健師や助産師が一貫して母子の健康や子育てに関する相談に対応する支援制度があり、これもネウボラと呼ばれている。
ネウボーノの子育て支援サービスは独自のものだが、発想段階でこの制度を知った小山社長が原点の一つとして名前に取り入れた。
180年続く老舗企業
萬富は江戸時代から続く長い歴史を持ち、材木業からスタート。その後、不動産事業を中心に拡大してきた。第2次世界大戦後の復興期だった1952年、亀戸で自動車学校事業を始めた。小山社長の祖父にあたる4代目・小山富蔵が車社会の到来を予見してのことだ。この亀戸自動車練習所は、東京の民間自動車学校の先駆けとなる。
輸入材が増え始めた66年には、祖業の材木業の幕を下ろした。この後も時代の変化に合わせて会社組織の再編、テニスクラブの立ち上げなどを行ったが、時流が変わると自動車学校もテニスクラブも閉業した。
現在、不動産事業として所有する物件は、JR総武線沿いの市ヶ谷エリアに所在する延べ床面積約6300㎡の地上6階、地下2階建ての鉄筋コンクリート造、同じく総武線沿いの亀戸エリアにある延べ床面積約3000㎡の鉄骨造・地上6階建てのオフィスビル計2棟。同線の亀戸駅から徒歩2分の場所にある2階建てテナントビルが1棟。大浴場と食堂を備えた224戸の社宅用賃貸マンションが1棟。保育園が墨田区内に2棟と江東区に1棟。そして子育て支援サービスを提供するファミリー向けマンションが2棟だ。
6代目となる小山社長が入社したのは2000年、32歳の時だった。
▲萬富の所有する建物。左から「第二萬富ビル」「市ヶ谷ビル」「萬富パークハウス」
萬富の歴史が始まるのは1845年。その2年前に水野忠邦が主導した天保の改革が終了した、弘化2年のことだ。初代・小山富蔵が木材商萬屋富蔵「萬富」を創業。その後、ペリー来航時には御台場工事の帳付けを手伝うなど、日本・江戸の歴史の一部に名を残している。

明治維新のただ中である1866年には亀戸に本店を構え、東京大空襲で焼失するまでこの地で材木業を営んだ。1914年、3代目・小山富蔵が材木業拡大により秋田杉の杉山を取得。同時期に亀戸近辺でも地所を拡大させていった。
30歳で家業を継ぐ決意
30歳まで大手メーカーで営業職として勤めていた小山社長は、元々、家業を継ぐつもりはなかった。だが、メーカーでの地方勤務が長くなったことが家業への思いにつながったという。
「30歳を機に『東京に戻りたい』という気持ちで父に『継がせてくれないか』と話したのです。しかし、全く不動産の知識がない状態でしたので、三井不動産のグループ会社で2年間の修業を経て、32歳で家業を継ぐことになりました」(小山社長)
後を継いだ小山社長に、父はほとんど口出しをしなかった。唯一何度も言われたのが「不動産事業がただの床貸しになるな」という言葉。単に建物というハードを貸し出すのではなく、社会に貢献するソフトを提供し、収益を得る。その考え方は、戦後の2代にわたった自動車学校事業やテニスクラブ経営といった、土地を生かした積極的な新規事業を展開してきた同社の歴史によって培われてきたものだ。小山社長自身も「ただの床貸し」ではない事業の在り方を考えてきたという。
「不動産事業がただの床貸しになるな」
父から唯一何度も言われたのがこの言葉だった
妻の出産を機に新規事業
そんな中、小山社長の妻の出産を契機に開始したのが子育て支援事業だ。16年、ベネッセコーポレーションの運営で保育園を開業。同年に萬富自身が運営する、保育士が常駐する子育て世代向けマンション、ネウボーノ菊川の運営を開始した。子育て世代を孤立させないことを意識したマンションだ。
ネウボーノは東京都の「東京こどもすくすく住宅認定制度(アドバンストモデル)」および墨田区の「すみだ良質な集合住宅認定制度(子育て型)」で認定されている。ほかの地域からも視察が訪れるほどの物件だ。
- ▲キッチンから見通せる広いリビング
- ▲室外機に子どもが上って落下する事故を防ぐことができる幅のあるベランダ
- ▲エントランスドアなどの開閉ボタンは子どもの手が届かない高さにある
- ▲廊下はベビーカーがすれ違えるスペースを確保
しかし、この物件を企画した当初、小山社長や萬富に子育て支援や保育所・幼稚園のような育児施設運営のノウハウがあったわけではない。社長の実体験や周囲への聞き取りを基に、1つ1つ必要なものをそろえていった結果、今のスタイルになった。
既存の不動産事業にはなかったこのスタイルを築くことができた理由として、小山社長は会社員時代の経験を挙げる。
「不動産に限らず、1つの業界でずっと働いている人は、知らず知らずのうちにその業界の常識にとらわれてしまいがちです。私は30歳まで家業を継ぐつもりはなく、営業職として働いていたため、ある意味で常識にとらわれず、自分の経験や周りの意見から本当に必要なものをつくり上げることができたと感じています」(小山社長)
同時に開業した保育所事業も拡大を続けており、現在は保育所3棟を所有している。これらの運営を担う事業者との情報共有も、ネウボーノのサービス充実に寄与している。
26年、萬富は東京都の「アフォーダブル住宅」供給施策の一環である「Tokyoネウボーノファンド投資事業有限責任組合」として、新しい形でネウボーノの運営を始めた。子育て支援を持続可能な収益モデルとして確立させる取り組みは、都を巻き込み、政策の波を乗りこなして新たな形に進化しようとしている。
単に建物というハードを貸し出すのではなく、
社会に貢献するソフトを提供し収益を得る
アフォーダブルとは「手頃な価格の」「入手可能な」を意味する言葉。アフォーダブル住宅は行政などの支援により、必要とする世帯に手の届きやすい価格で供給される住宅だ。
東京都は①金融スキームを活用した供給②東京都住宅供給公社と連携した取り組み③都市開発と合わせた誘導④リノベーションまちづくりによる供給の促進⑤空き家活用による供給の促進⑥都有地を活用した供給の促進により、子育て世帯に向けて手頃な価格で安心して住むことができる住宅の供給に対する誘導を図るとしている。
このうち、金融スキームを活用した供給として発表されたのが「官民連携アフォーダブル住宅供給促進ファンド」だ。
萬富は、東京都が20億円を出資する40億円規模のファンド(Tokyoネウボーノファンド投資事業有限責任組合)の「主な民間出資企業」として名を連ねる。2026年度中に竣工予定のアフォーダブル住宅の運営を担う予定だ。
賃料は周辺相場の80%程度、供給戸数は60戸ほどを想定している。妊娠中・未就学児の育児中の世帯が入居対象となる。
(2026年8月号掲載)






