工務店から変えていく日本の住環境 ―小泉木材

賃貸経営ストーリー

<<工務店の挑戦>>

工務店から変えていく日本の住環境
高性能賃貸で作る子どもの未来

 地域に密着した工務店の3代目である小泉武彦社長は、2022年に賃貸住宅の建築に乗り出した。理念に掲げたのは「100年後の子どもたちに責任を持ち、豊かにする」だ。そしてその目的を実現するための手段として手がけたのが「高性能賃貸住宅」だった。

小泉木材(横浜市)
小泉武彦社長

「建築の力」で社会を変えたい

 東急電鉄田園都市線青葉台駅周辺は、環境が良く人気の公立小学校もあることから、特に子育て世帯に人気の地区だ。だが近年、土地の価格と建築コストは上昇し、同エリアを含む横浜市に家を建てることができるのは限られた人だけになってきている。建築コストだけでなく生活コストも上がり続ける中、相対的に所得は増えず、結果として、住み慣れた地域で子どもを育てることが難しくなってきている。

 1946年に創業し、同地区で長年にわたり注文住宅を扱ってきた小泉木材の小泉社長は、地域の工務店の社長として、また3人の子どもを育てる父親としてこの問題を放置することは無責任なのではないかと感じた。

 「家を建てるコストが上がっている中で、住みたい家に住めない人は諦めればいい。そんな突き放ししかできない環境を変えたいと思ったのです。親の属性によって子どもたちの未来が不平等になるという社会は美しくないでしょう。建築という力を持っている私たちがそこに関与することができたら、社会を変えられるのではないかな」(小泉社長)

 そこで「高性能な住まいと豊かな住環境を賃貸で提供し、家の所有にとらわれずに“暮らしの質”を選べる新しい価値」の提供をコンセプトに掲げ、横浜市で賃貸住宅を手がけるプロジェクトを開始した。同プロジェクトの第1弾として2024年に竣工したのが「Kizuki Terracehouse(キズキテラスハウス)桜台」だ。

▲エリアに長く存在感を示すことのできる物件づくりを目指す

子どもたちの原風景になる

 2戸の2LDKからなる同物件の性能は、賃貸住宅の常識をはるかに超えている。断熱性能を示すUA値は最高水準の断熱等級レベル7の0・20W/㎡・Kで、暖房を使わずとも快適な室温を保てるレベルを確保した。また気密性能のC値も同物件では0・2㎠/㎡と、 高性能住宅のレベルを誇る。

 さらに各戸には3・7kWの太陽光発電システムを搭載し、家庭用電気給湯器「エコキュート」と組み合わせることで、光熱費がほぼかからない暮らしが実現できる。

 

 内装では南側の開口部を大きく確保し、ドイツ製の高断熱サッシやトリプルガラスを採用。日差しが入り、冬でも室内温度は20度以下になることがない。

 建材には自然素材を惜しみなく用いた。外壁は屋久島の地杉を板張りとして採用。室内は杉天井や栗の無垢材で木のぬくもりを感じる。経年劣化ならぬ、時間を経ることで美しさを増す「経年美化」が味わえる住宅を目指した。

 衰えることがない美観を備えた物件は、入居者である子どもだけでなく地域の子ども達にとっても育ったエリアの「原風景」として、長く存在感を示していけるのだと考えている。価値を持つものがそこにあることで、子どもの記憶にベースとして残るのだ。

予算ありきはやめる

 だが、実需と違って賃貸住宅は収益性が求められる。そして高性能になればなるほどコストがかかり、収益性は下がってしまう。それは承知のうえで、小泉社長は設計を担当した1級建築士事務所、Ris Architectsの安藤理恵氏と共に「物件をつくるにあたっては、予算ありきで考えることは止めよう」と取り決めたという。

 「予算のことを話し始めると、結局私たちが願っていることがかなえられなくなります。オーナーがいかに収益を上げるかという議論になってしまうからです」(小泉社長)

 しかし、この取り決めは収益性を考えると合わなかった。実際、知人の不動産オーナーからは「これでは賃貸経営は成り立たない」という意見が聞かれたのだ。とはいえ、高性能は予算がかかる。投資資金を回収するために家賃を高く設定する。すると結局、経済的に恵まれた人しか住めないことになる。それは「オーナーがどのようにして収益を上げていくか」という既存の議論の延長線上でしかない。小泉社長が目指すのは、あくまでも「100年先の子ども達の未来をつくる」物件を手がけることだ。

表面利回りでは計れない価値

 1棟目は203㎡の土地が7000万円、建物が7000万円の総額1億4000万円のプロジェクトだった。横浜市の平均家賃が3028円/㎡であることを基に設定した家賃は共益費・駐車場代込みで22万円だった。だが、この家賃設定だけで見ると表面利回りは約3・8%で、知人の不動産オーナーが言うように「賃貸経営」として考えると厳しい数字だ。しかし、小泉社長は同プロジェクトの投資効果をIRRという手法で考えているという。

 IRRとは内部収益率のことで、投資した金額が、長期的に見て将来どれくらいの利回りで増えていくかを示す指標になる。「投資プロジェクトの期待利回り」とも言い換えられる。

 特に小泉社長が重視し「100年後の子どもたちの未来」を見据えているのが社会IRRだ。これは高性能賃貸住宅に住むことによって生まれる光熱費などの削減を、子どもたちの学びや体験に再配分することで生まれる投資効果を指す。

 同物件に住むことで削減される光熱費や、家賃に含むことで支払わずに済む共益費・駐車場などの諸経費の試算は月に3万5000円。

 「入居者には、高性能賃貸住宅の性能がもたらす経済的な『余白』を子どもたちの学びや体験に使ってほしいと伝えています。そうした学びを通して人生の幅が広がります。将来、いい学校に行くのかもしれないし、プロ野球選手になるのかもしれない。その未来の幅が広がればいいなと思っているのです。彼らの未来の幅が広がれば広がるほど、僕たちが投資をしてきた意味があるということです」(小泉社長)

 また小泉社長は、自身が65歳になる15年後にこの物件を含めて息子へ事業承継を念頭に置いているが、その際には「高性能賃貸住宅」ならではの税金の圧縮効果も期待できるという。築15年、20年と経過すれば税制上の資産価値は大きく下がる。しかし、物件自体の収益力はそう大きく下がらない。法人が持つ資産を賃貸住宅にすることにより、評価減の効果も大きい。

 「次世代に引き継いだ時に、安定した事業の柱になっていればいいなと考えて計算しています。価値が下がることがない家、かつ空室率の低い賃貸住宅を造ることで20年後、30年後も安定的に収益があがり続けていけるものを建てているのです」(小泉社長)

 このように「社会」「承継」そして「財務」などさまざまな側面からIRRを計算すると、同プロジェクトの投資効果は7・5%前後になるという。

 「この数字を見れば、プロジェクトをやる十分な理由になるでしょう」(小泉社長)

 さらに同社では、これを機にグループのホールディング化を決めた。M&Aによる事業投資を含めて、投資ポートフォリオの1つとして、この高性能賃貸住宅のプロジェクトを組み込もうという狙いもあった。

信金の融資を引き出す鍵

 しかし、小泉社長の信念に基づく計画は当初「融資」の壁に阻まれた。地元の信用金庫に融資を依頼したところ、当初の担当者は非常に懐疑的な反応だったのだ。

 「担当していた課長に『こんなことまでしてこのプロジェクトをやる必要がありますか』と言われた時は本当に悔しかったです」と小泉社長は振り返る。

 そこでどうにか説得する材料はないかと考えながら地元をそぞろ歩いていたところ、その信金の店頭ポスターに「挑戦する人を応援する」という言葉を見つけた。「これだ」と思った小泉社長は、この企業理念を引き合いに、プレゼンテーションの資料を練り直した。

 同社の賃貸住宅事業は地場の工務店による全く新しい挑戦だということ。その挑戦は、収益を念頭に置いたものではない、この地域で育つ子どもたちの未来にたくさんの選択肢を与えるものであること。そして、その子どもたちが成長した暁には、愛着のあるこの地域で新たに家庭を持ち、子育てをしてくれる、そんな好循環をつくることができること。まさに、持続可能な地域づくりに直結するプロジェクトであることをプレゼンにぶつけた。

 そんな折、信金の担当者が若手女性社員に交代になったことも流れを変えた。若い担当者は小泉社長のプロジェクトこそ信金が融資すべきものだと、支店内で奔走してくれた。融資に対して懐疑的だった上司と激しい口論までしながら、融資につなげるべく尽力してくれたのだった。その結果、無事に融資を受けることができた。

 「彼女が後日、ぽろっと『これが通らなかったら辞表を出すつもりでした』と言ってくれたのです。本当にうれしかったですね」(小泉社長)

 こうして竣工した1棟目は、1戸が竣工後3日で、もう1戸も2週間で入居が決まった。

 「3日で入居を決めた人は、物件の目の前で登下校の見守りをしている人でした。ずっと実需向けの家だと思っていたそうなのですが「インスタグラム」で同物件を見て『賃貸物件なのか』と思いすぐに見学の申し込みをしてくれました」(小泉社長)

 入居者からは「この物件を自宅として建てたらどれくらいの費用で建てられるのか」との質問も寄せられているという。

 そして、同物件は高性能賃貸住宅としての入居者だけでなく、業界からも認められるものとなった。その性能と設計思想が高く評価され、脱炭素社会の実現を目指す設計実例コンテスト「日本エコハウス大賞」2025年グランプリを獲得したのだ。不動産のプロや金融機関からはダメ出しをされた賃貸物件が業界の第一線から認められたことになる。

 「これから日本の住環境は変わっていかなければならない。でも住宅事業のど真ん中にいる大手からは変革は絶対に起きない。だから私たちのような中小企業かつ地方にいる、メインストリームではないポジションから変えていくんです」(小泉社長)

▲日本エコハウス大賞授賞式にて。左端は、高性能賃貸住宅研究会を主宰する東京大学工学部建築学科の前真之准教授


 1棟目の竣工から時を置かずに2棟目「Kizuki Terracehouse川和台」のプロジェクトを開始し、25年12月に竣工。3戸のテラスハウスから成るこの物件も、竣工直後に1戸の入居者が決まった。

 現在、中央の1戸を自社の事務所としてモデルハウス的に利用しているため、不動産オーナーからの見学申し込みも入っている。そうした見学者の中から「同じような賃貸物件を手がけたい」と相談する人が現れるようになった。

 「横浜市で不動産投資を行うオーナーからの相談でした。土地が1億8000万円、建物は建築費高騰を受けて1億2000万円、合計3億円という金額の大きいプロジェクトになりますが、現在オーナーは融資獲得に向けて動いている段階です」(小泉社長)

 またプロジェクトについてSNSや「ユーチューブ」で積極的に発信することで、エリア外の地主から問い合わせも来た。

 「山形にある土地を受け継ぐ地主から問い合わせを受けました。『鉄骨やRC造のアパートがどんどん建てられていくのを見て、地域が持つ景色が壊されていく。私の土地にも、景観を守れるようなキズキテラスハウスを造ることはできるか』という問い合わせでした」(小泉社長)

 どちらのオーナーも賃貸経営とはいえ、短期間で収益をあげることを目指してはいない。小泉社長の唱える100年先の子どもたちの未来を見ながらの長期的なプロジェクトを開始しているのだ。

 「住まいは、暮らしのOS(基盤)です。そのOSが変われば、家族に余裕が生まれ、地域が変わり、社会が変わる。私たちはその入れ替えを、事業として成り立つ形でやろうとしています。その部分に、オーナーたちも共鳴してくれているのでしょう」(小泉社長)

■吹き抜けは外せない理由 設計と家族の関係性

 子どもたちに心豊かな体験を残すというモットーは設計にも表れている。その1つが「吹き抜け」だ。

 「吹き抜けを造ると、その分床面積が減るため、収益を真っ先に考えると非効率です。それでも私のつくる住宅には絶対に必要なものです。例えば、吹き抜けから夕飯のおいしそうな香りがただよってくる経験すると、この家で育った子どもたちが成長した後にも『お母さんの作ってくれたおかずが好きだったな』などという意識が生まれます。そういう家族の記憶や距離感、そして関係性を紡げる形を設計に落とし込みたいのです」(小泉社長)

 外の風景が見える大きな窓も同じ理由だ。昔住んでいたあの家の窓から、春になると桜が見えていた、その桜を見ながら母親が読み聞かせをしてくれたな…そういった幼少期の記憶と家族との絆は、のちのち子どもが成長したときに必ず思い起こされる一風景になる。そしてその体験と関係性は、必ず子どもの人生を豊かにする。

 子どもが「家」で体験する家族の関係性や美しさにここまでこだわる理由は、小泉社長が育った家庭環境に起因する。

 「残念ながら、私は小さい頃から【家】の中であまり関係性を持てなかったので、家と家族の価値観を持つことができませんでした」(小泉社長)

 その価値観に初めて触れることができたのは、パートナーとなる女性に出会い、彼女と家族が、お互いをさらけ出し、そして笑いながらつくり出していた関係性を見てからだった。

 「自分が子どもの頃に持てなかった家族との関係性を再現できるような家。それを設計に落とし込み、入居者に持ってもらいたいという思いが、きっと私の中に根源としてあるのでしょう」と小泉社長は話す。

(2026年8月号掲載)

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