「正直者がばかを見ない」賃料増額交渉 ―ブエナビスタ

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「正直者がばかを見ない」賃料増額交渉
納得感と公平性を軸とした方針で8割が同意

 賃料の上昇が続く昨今、長期で借りられている部屋の賃料が低いままであることに悩むオーナーが多くなっている。さらに、賃料の増額は入居者の承諾なしには基本的に難しい。そんな中、交渉した入居者のうち8割から賃料増額の承諾を得たオーナーがいる。大阪を拠点に賃貸経営を手がけるブエナビスタの図越寛社長だ。対象は144戸。1月16日に通知を送り、わずか1カ月半でそのすべてと接触。およそ8割から同意を取り付けた。「結果的には100点」と振り返るその裏には「納得感」と「公平性」というキーワードがあった。

ブエナビスタ(大阪市)
図越寛社長

金利上昇と賃料乖離

 ブエナビスタが運営する物件は、現在8棟275戸。建築中を含めれば11棟約400戸にのぼる。そのうち今回、賃料増額の対象としたのが4棟144戸だ。

 きっかけは金利上昇だった。政策金利は2024年3月のマイナス金利解除後、25年12月までに、3回にわたって引き上げられた。ブエナビスタの借入金利もその2年間でおよそ0・85%上昇したという。

 しかし、家賃値上げの理由は金利だけではない。

「新規募集賃料をインフレに合わせて引き上げても、入居者がすぐに決まっていました。そのため既存の入居者と新規の入居者の賃料の差が、1万円から大きくて2万円ぐらいになっている状況でした。当社の物件はだいたい賃料10万円程なので、1割から2割の開きがあったのです。金利負担と、その賃料乖離かいりの幅が看過できなくなってきたこと、この2つの理由で決断しました」(図越社長)

ブエナビスタが所有する物件

 それでも、金利が上がり始めてから2年間は据え置いた。なぜ、あえて「今」だったのか。この点についても図越社長の答えは明快だ。

「タイミングは逆説的に言うと合理性はあるので、いつでもよかったのです。その中で、なぜ26年1月に賃料改定通知を出したのかと問われれば、その1カ月前の25年12月に3回目の利上げが実施されたので、というのが答えになります。また契約更新の時期は考慮せず、一斉に通知しました」(図越社長)

 金利引き上げと賃料乖離。この2つが重なったタイミングで、図越社長は動いた。

「5000円上げます、以上」はNG

 図越社長が最も神経を使ったのが通知文の作成だった。実際に他社の実例を集めると、その多くが素っ気ない1枚の紙で済まされていた。

 「『近隣相場が5000円上がったから5000円値上げしますね。はい、以上です』という趣旨の簡素な内容が多かったのです。『インフレなので、よろしくね』という文面。でも私としては、入居者目線を考えた時に納得感が必要だと思いました。入居者は普通借家契約のため、納得しないと当然合意のハンコは押してくれませんので」(図越社長)

■最初に送った告知文

 文面は、顧問弁護士任せにせず、あえて自身の考えを軸に、そして同業他社から集めた実際の改定文面やAIのアドバイスなどを総合して練り上げた。通知文は複数回内容を変えて配ったが、最初は裏面なしのA41枚。そこにどれだけ納得感を盛り込めるかに苦慮したという。

借地借家法第32条

 文面作りを進める中で、図越社長は新たな、そして大きな問題にぶつかる。賃料増額請求に強制力はなく、拒否する権利は入居者にある。すると何が起きるか。同意した人が事実上損をし、拒否・据え置きの人が得をするという不公平な状態になってしまうのだ。

 「例えば同意してくれた人の賃料が月額1万円アップで、隣の拒否した人の賃料は据え置き。もしそれが発覚したら、絶対にクレームになるでしょう。せっかく同意したのに、なんでやねんって。これだと、同意してくれた人に対して、非常に不公平です。『正直者がばかを見る』のような感じで、拒否した人が結果的に得をする。これは私の意図するところではないのです」(図越社長)

 納得感と公平性。この2つを貫くため、図越社長が出した結論は、借地借家法第32条に基づく調停、そして裁判だった。

 業界の常識では、これは「やらない」とされている。この裁判に関わる費用相場はおおむね20万~30万円。賃料1万円程度の増額のために、この費用をかけて裁判を起こし仮に認められても、経費回収だけで2年以上かかる。これに対して、図越社長の物件ではメインの間取りである1LDKの入居者が平均2〜3年で退去してしまう。つまり、割に合わないのだ。しかし、図越社長は納得感や公平性を追求するために、自社の利益は関係なく裁判所を頼ることに決めた。

 「SNSや『ユーチューブ』でも『裁判を起こすと言ってくるオーナーや管理会社がいるけれど、そんなの脅し文句だから、無視しとけ』と解説されている。コストが合わないから、普通はやらない。でも、ここは会社の利益よりも入居者の『納得感』と『公平性』のため裁判まで行うことに決めました」(図越社長)

 図越社長は早々に弁護士の元へ走った。何件が裁判になるかはわからない。それでもゼロではないと想定し、前もって弁護士と裁判まで進んだ際に備えて準備を整えていた。そして、実際に2通目、3通目の文面には、回答がない場合などには調停を申し立てる予定がある旨を明記した。

全戸に必ず届ける

 図越オーナーが最大の難所だと思っていたのは、同意でも拒否でもない「無視」への対応だった。通常であれば少なくとも3〜4割はこの「無視」が出ると覚悟していた。電話に出ない、郵便受けを見ない若い入居者も少なくない。

 そこで図越社長は連絡を徹底する。委託先である管理会社の社員の心理的負担にも配慮しながら、まずSMS(ショートメッセージサービス)をいくつも送ってもらい、それでも反応がなければ玄関扉に通知文を貼った。

 「翌朝見に行ったら剥がされている。それなのに連絡が来ない。もう1回貼る。連絡が来るまで毎日貼る。毎日行って毎日見る。最後は私からSMSを送りました」(図越社長)

■再度送った告知文

 最後まで連絡が取れなかった人には勤務先まで訪問するなど努力を重ねた。その結果、144件すべての入居者と接触。「無視ゼロ」を達成した。そのうち同意は約8割で退去が約1割、裁判が約1割の結果になったという。

 これだけのことをやり切れた理由として、図越社長は2つの土台を挙げる。1つは「物件力」だ。

 「物件力は、都心の物件だからあるというわけではないのです。地方や郊外でも、お客さんに選ばれている物件なら物件力はあると言えます。管理、運営、清掃が行き届いていて、満室経営をしている物件、ということです。物件をほったらかしの人が値上げすると言っても、入居者の納得感は得られないでしょう」(図越社長)

 そのために、図越社長は自ら定期的に物件を巡回し、状態をチェックする。ブエナビスタが所有する物件では、ほとんどの入居者が図越社長の顔と名前を知っているという。物件所有者の労力を入居者が感じているからこそ、納得感が生まれる。

管理会社との関係

 もう1つの土台が、管理会社との関係だ。

 「管理会社は下請け事業者ではありません。対等なビジネスパートナーです。普段から付き合いもないのに、こんな気の重い仕事をやってほしいと言われても、やる気にならないでしょう」(図越社長)

 懇親会の費用はブエナビスタが負担し、日々のコミュニケーションを絶やさない。今回は2〜3カ月前から協力を再三お願いし、管理会社の負担を可能な限り減らした。加えて、非弁行為を避けるため、入居者への返信文面はすべて図越社長自身が作成し、判断が必要な部分はささいなことでも必ず図越社長が対応するよう徹底した。

 今回の144件は、図越社長にとってはまだ通過点だ。

 「当初の想定よりも多くの同意を得られたのは、私の主張に対して納得してくれる人が多かったのだと考えます。何より、無視する人を1人も出さず全入居者に接触できたのは大きな成果でした。だから、結果的には今回は100点と言っても語弊はないかなと思います」(図越社長)

 正直者がばかを見ない仕組みをつくる。図越社長の今回の取り組みは、難題とされる賃料増額問題に、納得感と公平性という定性的で普遍的な方針で取りかかった挑戦だった。
(2026年 9月号掲載)

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