新型地面師事件 ―登記を書き換える詐欺

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実録・新型地面師事件 ~登記を書き換える詐欺~

2026年に入り、大阪市北区中津の不動産を巡り、司法書士が関与した「地面師」詐欺事件が発生したことが不動産業界を騒がせた。地面師という言葉は近年有名になったが、この事件は新たな形の地面師詐欺として注目されている。新築RC造物件を複数手がけるブエナビスタの図越寛社長は、前出の司法書士が関与していた物件の購入を勧められた際、15年の不動産業界歴で初めて地面師だと確信したという。そこには4つの理由があった。

危うく4億円取られていた

 「これはアカンやん。もう少しで4億円を丸ごと持っていかれるところでした」(図越社長)

 26年春、大阪市北区で発覚した地面師詐欺事件。司法書士の男ら2人が電磁的公正証書原本不実記録などの疑いで逮捕されたこの事件に、図越社長は巻き込まれかけていた。

 従来、地面師詐欺といえば「売主になりすました人物が決済の場に現れ、金銭をだまし取る」手口が主流だった。Netflixのドラマ「地面師たち」でもこの手口が描かれ、積水ハウスが55億円を失った事件でも同様の手法が使われた。しかし今回は、その構造が根本から異なる。

 首謀とみられるグループが使ったのは「登記そのものを先に書き換える」という手法だ。80代男性が所有する土地と建物の登記を不正に変更し、架空の法人名義に移転。犯行グループは、その法人の代表者として売却交渉を進めていた。すなわち、従来の事件のように対面で偽物の売主が登場するのではなく、登記簿上では「本物の所有者」として振る舞っていたのだ。

ブエナビスタ(大阪市)
図越 寛 社長

 

なぜ登記が変更できたのか

 今回の事件は「登記」という制度の隙を突く手口だった。不動産取引の安全性を支えているように見える登記制度だが、実は根本的な弱点を抱えている。日本の不動産登記法において、登記には「公信力」がない。つまり、登記簿に記載された内容が真実であることを法律が保証しているわけではないのだ。登記はあくまで第三者への対抗要件に過ぎず「誰が真の所有者か」の証明にはなり得ない。

 では、なぜ不正な登記申請が通ってしまうのか。法務局は書類主義であり、提出された書類の形式が整っていれば受理される仕組みになっている。さらに司法書士などの士業からの申請については、基本的には士業への信頼から性善説で処理される。

 今回逮捕された司法書士が関与していたのは、まさにこの「士業による申請への信頼」を悪用した手口だった。申請書類に使われていた運転免許証は実際には偽物で、真の所有者の運転免許証は20年以上前に失効していた。また運転免許証の写真も所有者本人とは別人だったことが後に判明している。書類の外形さえ整えれば、法務局の審査を通過できてしまうという現実が露呈した。

 なお、この点における抵当権の有用性について図越社長はこう考えている。

 「抵当権が設定されている物件の場合は、その抹消登記が必要。銀行の印鑑証明書と銀行実印の捺印を含んだ抹消書類が必要なため、登記改変の不正は格段に難しくなります。そのため抵当権の存在が一定の抑止力として機能すると思います」

登記簿が語った「4つの懸念」

 図越社長がこの物件の情報を受け取ったのは25年2月のこと。大阪の土地なのにまず東京の事業者から一度打診があったという。しかし、東京の事業者のため物件から遠いことや、物件自体の前面道路幅が図越社長の希望より狭そうだったことから見送ったという。だがその約1カ月半後、大阪を拠点とする知人業者からも同じ物件が再び持ち込まれたのだ。その物件について改めて考えると、自宅から車で5分と距離が近いことや、そもそも立地が良かったことから、この2回目の打診を機に同物件取得の検討を具体的に始めていった。

 しかし、取得にあたって行った売主調査で、次々と不審点が浮かび上がってきたという。特に懸念に感じたのは以下の4点だった。

懸念① 無抵当・数億円で物件取得の法人

 登記上の所有者は大阪府でもなければ東京都でもない、三重県の法人だった。また登記上この法人は数億円規模の同物件を、銀行融資なしの全額自己資金で取得していた。大手の宅建事業者でもない法人がそれほどの資金力を持つこと自体、通常ではあり得ない話だと感じたという。

懸念② 設立からわずか半年の新設法人

 さらに物件所有法人の登記を調べると、設立からまだ半年しか経過していないことがわかった。なぜ設立間もない会社が数億円の物件を取得できるほどの資金を持っているのか、疑念はさらに深まっていった。

懸念③ 代表者の素性がネット上に皆無

 所有法人の代表者氏名を検索しても、関連する事業実績や人物情報が一切インターネット上になかった。そのため、ほかに収入源があるとも思えず、物件取得に要したはずの数億円の原資がどこからのものなのか説明がつかなかった。

懸念④ 物件所有法人代表者住所の表札と代表者名が違う

 新設法人の履歴事項に記載された代表者住所を住宅地図サービスで調べ、該当する戸建ての表札を見てみると、代表者の名字と異なっていた。これが「『これはアカンやん』と確信した瞬間だった」と図越社長は話す。

 

不動産登記には「公信力」がない

 公信力とは、登記に記載された内容に効力が生じること。登記に公信力があれば、登記の記載を信用して不動産取引をした人は、登記上の名義人が真の権利者でないとしても保護される。

 しかし日本の不動産登記には公信力がないとされるため、本当の権利関係と登記の記載が異なる場合に、仮にその登記の記載を信用して取引しても保護されない。つまり登記の記載よりも、真実の権利関係が優先されることになる。

 不動産を購入する場合は、登記内容をうのみにせず、本当の所有者が異なる可能性や、ほかの占有者がいる可能性を考慮し、現地確認や周辺住民への聞き取りを行うことが重要だ。

 

狙われやすい土地の条件

 今回狙われた大阪の物件について「地面師の標的になりやすい典型的な条件がそろっていた」と図越社長は指摘する。実際にはどのような条件が重なると危険なのか。

 まず「無抵当」であること。前述のように、抵当権がなければ銀行の関与なしに登記変更を行うことが可能となり、不正のハードルが下がる。次に「相続登記未了」や「相続人間の紛争により放置されている」土地。所有者本人が登記の異変に気付きにくい状況を生むという。

 「長期放置」「所有者が高齢」という要素も危険を呼ぶ。今回の物件も、建物の一部は朽ちており、住人の気配が全くなかったという。所有者が高齢で施設に入っていたり、遠方に転居していたりすると、登記変更の通知が届かないまま時間が経過するケースがある。

 さらに「都心部の一等地」は、デベロッパーからの引き合いが強く、高値での売買が成立しやすい。詐取できる金額が大きいほど、犯行グループの動機も強くなってしまう。

 「これらの条件が複数重なった物件が狙われやすい」と図越社長は言う。

大阪市北区の現場となった場所(事件当時)

資産を守るための実務

 図越社長が今回の経験から導き出した教訓は、一言でいえば「事件は現場で起きている」ということだという。

 もちろん登記簿は当然「なめるように」読む。現在の所有者だけを確認して満足するのではなく、その前の所有者、さらにその前までさかのぼって精査する。取得価格の妥当性、抵当権の有無、法人であれば設立時期や代表者情報まで確認する。今回感じ取った4つの懸念はすべて、不動産と法人の各登記簿の確認、そしてネット検索という基本的な調査から見えてきたものだ。

 そのうえで、現地確認も不可欠。建物の状態、周辺環境、そして近隣への聞き込み。物件に住んでいる人がいるのか、誰が管理しているのか、最近売却の話が動いているという情報はないか。こうした現地での観察と聞き込みは、登記簿では見えない実態を教えてくれる。

 さらに、士業を盲信しないことも重要だという。「司法書士が持ち込んだ案件だから安心」「弁護士が関与しているから大丈夫」という発想になりがちだからこそ危険だ。今回の事件は、まさにその士業への信頼が悪用され、ともすると不動産のプロでも危ない事件であった。実際に図越社長が持ち込んできた仲介事業者へ懸念を伝えた際も「どこか変な感じありましたか?」と気付いていない様子だったという。

 不動産業界15年の図越社長だが「今回初めて、地面師事件だと確信した」と言うほど、突然詐欺の危険性はやってくる。経験や勘だけでなく、怪しいと思った場合にはしっかりと調査をすることが必要だ。

(2026年5月号掲載)

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