賃貸住宅が人を呼び込み、まちをつくる
東京都東久留米市で300年以上の歴史を持つ秋田緑花農園。その12代目である秋田茂良オーナーは東日本大震災をきっかけに、地主として、人のつながりの温かさを感じられるまちづくりに乗り出した。
秋田茂良オーナー(48)(東京都東久留米市)
人の交流を生む賃貸づくり
西武鉄道池袋線東久留米駅から車で10分ほど行ったところに、立派なケヤキの木と、その足元に広がるいくつものビニールハウスが見えてくる。「秋田緑花農園」だ。江戸時代より、先祖代々受け継いできた土地でこの農園を経営しているのは、12代目の秋田オーナー。花農園のほか、3棟28戸の賃貸物件や複数の駐車場を所有する。
秋田オーナーが家業に入ったのは2003年。それ以来、これまで2棟の新築物件を竣工している。1棟目は、共同畑を持つ7戸のテラスハウス「ツクルメの家」だ。もともと駐車場だった場所だが、若い世代の車離れの影響で空きが目立つようになった。駐車場以外での活用を考える中、隣が雑木林という環境を生かした物件を思い描いた。
イメージを具現化したのが、過去にリノベーションを通じて知り合ったa-tech(エーテック:東京都目黒区)の板坂宜昭代表取締役だった。個別の居室がありつつ、共通で楽しめる場があることで、人のぬくもりを感じられる物件を考えた結果、共同作業ができる畑を物件の中心に据えることにしたのだ。ファミリーでも、2人入居でも共通するのは「自然を愛する」ところ。オーナーが音頭を取って2〜3カ月に1回、入居者全員で畑仕事を行っている。オーナーと入居者の交流がきっかけで、農園で働き始めた入居者もいるという。
2棟目は「やなぎ荘」。秋田オーナーの父親が1982年に初めて建てた木造アパートを建て替えた。1Kを中心にした6戸で、1階にシェアキッチンのあるコモンスペースをつくった。窓辺にはカウンター席もあり、まるでカフェのような雰囲気だ。「駅から近いので、ツクルメの家ほど広い土地に建っているわけではありません。限りあるスペースで人がつながれる仕掛けを考えたとき、入居者が自由に使えるコモンスペースになりました」(秋田オーナー)
被災地で見たまちのつくられ方
▲自由に土に触れられるぜいたくな環境がツクルメの家の魅力だ
ツクルメの家ややなぎ荘のような、入居者同士が緩くつながれる賃貸物件をつくろうと思った背景には、2011年3月の東日本大震災がある。震災が起きた翌月に、支援物資や寄付金、そして農園で育てていたヒマワリを携えて、宮城県石巻市にいる友人の元へ向かった秋田オーナー。その後も足しげく被災地を訪れ、支援活動を続けていく中、復興を通してどのようにまちがつくられていくのかを目の当たりにした。今までは漠然と目の前にあった「まち」という存在が、人によってつくられていくことがわかった。「そこにいる人間によって、まちの姿は変わっていくことを視覚的に理解できたのです」(秋田オーナー)
震災の翌年からは社会工学を学び始めた。賃貸経営やまちづくりに反映させるためだ。社会工学の側面から見ると、共同住宅は安全で安心を与えるものであるべき。安心とはつまり、自分を脅かす人が住んでいないということだが、同じ物件に誰が住んでいるかわからないと安心はできない。「入居者は一人一人違う中で、共感し合えるものがあることによって、緩くつながることができる。同じ方向を向くことで結果的に協調し合える、そんな物件をつくっていこうと決めたのです」と秋田オーナーは話す。
いい賃貸物件が人を呼ぶ
▲やなぎ荘ではワークショップも計画している
住んでいる人たちが交流を持ちつつ、生活を楽しめば、結果として、それがそのまちの良さになっていく。持っている土地を生かして、まちにいい影響を与える人を呼び込むことが、地主の大切な役割だと考えるに至った。
東久留米の土地に初めて住む人が賃貸物件を探す際の窓口になるのが不動産会社だ。そこで、23年6月に「タネニハ不動産」を立ち上げた。「東久留米の印象は、最初に接する不動産会社によって決まるからです」と秋田オーナーはその意義を語る。
▲荒川博典氏(右)は20年来の同志だ
心強いパートナーとして同社の共同代表取締役に就いたのは荒川博典氏。秋田オーナーの所有物件を20年来管理する管理会社の担当者だった。荒川氏はツクルメの家や、やなぎ荘にもプランから関わっていた。四半世紀にわたる管理会社の勤務経験を経て、独立を考えていたとき、秋田オーナーから声をかけられた。「物件から始まるまちづくりについて、ずっと仕事を超えて共感しながら付き合ってきました。そのため、二つ返事で受けました」(荒川氏)
24年には農園と秋田オーナーの自宅のすぐそばにある土地を使って農園レストラン「タネニハカフェ」をオープンする予定だ。野菜の収穫体験をしたり、収穫した野菜をその場で味わったりすることができるほか、タネニハ不動産のオフィスが入る。「不動産会社というよりは、どちらかというと『まちづくり会社』です。自然の癒しと人の温かさを感じられる『場』を地域に増やし、広げていく活動を通して、東久留米のほかの地主を『私でもできるかもしれない』と勇気づけるきっかけになれればいいなと考えています」。それがひいては東久留米市全体のまちの盛り上がりにつながると考えているのだ。
「不動産投資、賃貸経営といっても、そこには住む人がいます。そうであれば、採算といった数字だけで物事が決まっていくのは、よくないと思うのです」と秋田オーナーは話す。不動産会社として、物件を建てた後にどう入居者と関わっていくか。東久留米のまちづくりがここから始まっていく。
(2024年1月号掲載)
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