不動産再生学講座:まちを再編集する(後編) ~振り返り・総まとめ~

賃貸経営不動産再生

<<次世代不動産経営実務者養成カレッジ 第3期 by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー>>

前編に続き、九州産業大学建築都市工学部で行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座の講義を主宰の𠮷原勝己オーナーに振り返ってもらう。

不動産再生学の真髄・まちを再編集する現代の錬金術
〜教科書なき世界を切り拓く「人」の力〜【後編】

有限会社𠮷原住宅(福岡県福岡市)
代表取締役 𠮷原 勝己氏

不動産再生は目的ではない
「まちの再編集」とクオリティ・オブ・ライフの向上

前編の最後で、私は「不動産を再生すること自体は、実は本質的な目的ではない」とお話ししました。これは、実務を通して、そしてこの講義を通じて私自身がたどり着いたひとつの大きな確信です。

私たちは不動産再生の技術を獲得し、それを広めようとしていますが、それはあくまで手段に過ぎません。本当の目的は何かといえば、特に地方都市において顕著な「消滅可能性都市」の危機を防ぐことです。自分の子どもたちの世代に、このまちを残せるかどうか。これは決して他人事ではありません。そのために何より必要なのは、まちに経済を回す仕組みをつくることです。

極端な話、まちさえしっかりと維持されていれば、まちの人にとって空き家がいくらあろうがどうでもいいことなのです。しかし、なぜ私たちが空き家を動かさなければならないのか。それは、次の世代にとって、一番コストパフォーマンスが高く、安全に動かせる資産が空き家だからです。空き家は安く手に入り、リスクがありません。それを動かすことで、価値ゼロ、あるいはマイナスだった資産が、プラスの資産へと生まれ変わる。これはまさに現代の「錬金術」です。都会での「リノベーション費用を3年で回収できました」といった話とは次元が違い、地方においてはこの錬金術が「まちをなくさないための手段」として機能するのです。

最終的なゴールは、いわゆる従来型の「まちの再生」や「再開発」とは少しニュアンスが異なります。私はそれを「まちを再編集する」と呼んでいます。まちにすでにあるものを再編集し、そこに住んでいる人たちの「クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)」を高めることができれば、収入の多寡や空き家の数に関わらず、人は幸せを感じることができるのかもしれません。不思議なことに、不動産再生に本気で関わっていると、結果としてお金が生まれ、仲間が集まり、そこに確かな「幸せ感」が生まれてきます。このプロセスを通じて「自分たちのまちが元気になっていっている」という実感を持てること。それこそが、この活動の最も本質的な部分なのだと、講義を重ねる中で痛感しました。

若者たちへの処方箋
「空き家世代」はラッキーな世代である

今回の講義が持つもうひとつの大きな意味は、これからの社会を担う学生たちにどのような影響を与えられたかという点にあります。実は、講義のスタート前と終了時に、学生たちに向けて「あなたは日本の将来に期待していますか?」というアンケートを実施しました。

その結果は、私自身も驚くほど劇的なものでした。講義前のまっさらな状態では、「期待していない」と答えた学生が56%もいました。しかし、全14回の講義を終えた後には、それが20%にまで激減したのです。逆に「期待している」と答えた学生は14%から47%へと跳ね上がりました。統計学的にもはっきりと有意差が出るほど、この講義は若者たちの将来への希望を有意に増やすことができたのです。

なぜ、彼らは希望を持てたのか。それは、彼らが自分たちのことを「空き家世代」という、極めて特殊でラッキーな世代だと認識できたからです。今の日本には、かつての世代には考えられなかったほど、資産価値のない空き家が巷にゴロゴロ転がっています。一見すると負の遺産ですが、見方を変えれば、これほど安全に、自由に動かせる資産が転がっている時代はほかにありません。自分が主体的に動きさえすれば、それを価値ある資産へと変えられる。そのことに気づいたとき、彼らは「自分たちは、実はすごくラッキーなんじゃないか」と思い始めたのです。

講義のゲストとして登壇してくれた実践者たちは、世間一般の基準から見れば、決して安定した大企業のエリートばかりではありません。収入や生活が不安定に見える時期があった人たちもいます。しかし、彼らは必死になって目の前の空き家と向き合い、結果的に世界を変えるような面白い現象を引き起こしています。

メディアを通すと彼らはスーパーマンに見えるかもしれませんが、生身の彼らが目の前で熱く語る姿に触れることで、学生たちは「もしかしたら、自分にもやれることがあるんじゃないか」という、いい意味での錯覚を起こすことができたのだと思います。「ああしなさい、こうしなさい」と他人の人生を生きるのではなく、「空き家」という舞台で、自らが主体的に生きられる可能性がある。その感覚が、彼らの未来への期待を大きく膨らませたのです。

100万分の1の存在へ
人生100年時代を豊かに生きるための舞台

出演できる舞台があるとして、ではその舞台をどう回していくのか。ここで求められるのが「場づくり」、つまりコミュニティをデザインする力です。これは誰かを幸せにするための自己犠牲ではなく、自分自身がその舞台で活躍するために絶対に不可欠なスキルなのです。特別な才能がなくても、「共感不動産」の理論や「主体性」を持っていれば、誰もがこの舞台を回す名プロデューサーになることができるのかもしれません。

この講義の冒頭で、樅山さんが学生たちに大切なメッセージを送っています。それは「100万分の1の人間になれ」という話です。ひとつの領域に1万時間の努力を注げば、誰でもその道のプロになることができます。

しかし、人生100年時代といわれる現代において、ひとつの領域の知識だけで一生食べていくことはできません。必ず賞味期限が切れます。だからこそ、2つ目の領域を見つけてさらに1万時間頑張り、「1万分の1」の存在になる。そして3つ目は全く違う分野に飛び込み、また努力を重ねる。この3つの異なる領域の三角形を広げていくことで、「100万分の1」、つまり日本人で唯一無二の存在になることができるのです。

20代の学生たちには、まだその時間はたっぷりと残されています。不動産再生学の講義の中には、その2つ目、3つ目の領域を見つけ出すためのヒントや実例がいくらでも転がっています。この三角形をどう配置するかを自ら考え、行動していくことこそが、仕事の楽しさを失わずに100歳まで豊かに生きていくための、現代の日本人にとっての新しい生き方のモデルになるのだと信じています。

次なるステージへ
「不動産再生学」を社会のシステムへ

ここまで1年間にわたる「不動産再生学」の中で、多様な実例と理論を提示してきました。私個人としては、自分が持っている知識や経験、そして考え得る限りのことはすべて注ぎ込み、ほぼやり尽くしたという実感があります。

では、次の一歩はどうなるのか。私の目の前にある最大の課題は、この膨大な内容を体系的にまとめ上げ、広く社会に向けて発信していくことです。現在、各地で同時多発的に新しいプレイヤーが生まれ、信じられないスピードでまちを動かし始めています。彼らがさらに躍進していくための道標として、この「不動産再生学」をまとめたテキストが不可欠だと思っています。

私はこの「不動産再生学」を、理工系ではなく社会学や心理学といった「人文系の先生方」にも興味を持っていただきたいと思っています。これまで話してきたとおり、不動産を再生すること自体はただの手段であり、私たちの真の目的は「人が生き生きと生きるとはどういうことか」「コミュニティの形成が人々のクオリティ・オブ・ライフにどのような影響を与えるか」といった、社会をどう良くしていくかという領域にあります。これらはまさに、社会学や心理学が対象とするテーマそのものです。例えば、人間の心理的な距離の変化や、かつての歴史上の長屋・集落のような共同体がもたらす影響などは、社会学的に説明がつきやすい領域です。私たちが現場で行っている「まちの再編集」は、こうした文系の学問にとって、人間の生活や心理を観察する最高の実験場になるはずです。

文理の壁を越え、彼らの視点が入ることで、単なるビジネスや建築の手法を超えて、「社会学」というさらに大きな文脈でこの学問が社会に根付いていくはずです。

国を動かし、未来のルールをつくる
規制緩和という次なる挑戦

そして、この「不動産再生学」の動きを全国規模で加速させるために、もうひとつ絶対に避けて通れないのが、「官公庁による法規制の緩和」と「制度設計」です。

現在、民間が主体となって古い建物を新しい目的で活用しようとする際、新築が念頭に置かれた建築基準法や防火基準などのさまざまな規制が大きな障壁となっています。事業者が身銭を切って公共の建物を再生させようとしても、法的なリスクや、数年後に契約が解除されてしまうかもしれないという不安定な条件を背負わされるケースが多々あります。本来、地域を元気にするための活動であるはずなのに、規制の壁が足枷となってしまっているのです。国や行政が「ここまでは国が支援するから、民間は思い切って再生に挑んでほしい」という仕組みを整えることが急務です。

実は今、国も変わり始めています。現在、2050年に向けた新たな政策が国土交通省で進められています。これまでは「後追い」の法改正が主でしたが、今回初めて計画的に未来を見据えた政策へのプロジェクトが動き出したのです。

私はそのワーキンググループに、現場の不動産オーナー代表として参加することになりました。そこで、全国で活躍する不動産再生の仲間たちから「現場でぶつかっている規制の課題」と「それをクリアするための具体的な案」をアンケートで集め、国に直接提言する準備をしています。現場のリアルな声と実践知をもって、未来のルールづくりに参画していく。規制緩和を実現することで、この不動産再生のうねりは、もっと自由に、もっと力強く日本全国に広がっていくと確信しています。

未来への定点観測
10年後、20年後の主役たちへ

「不動産再生学」という新たな分野の土台は、この1年でしっかりと形作られました。ここから先は私一人の力ではなく、この講義に関わってくれたすべての人たちの力で発展していくフェーズに入ります。

私が今、何よりも楽しみにしているのは、これから先の「定点観測」です。この講義を彩ってくれた、私が大好きな、そして卓越した能力を持つゲストの皆さんが、今後どのような進化を遂げ、どのような人たちになっていくのか。そして何より、講義を聴いて目の色が変わり、希望を持って社会に出ていく若者たちが、10年後、あるいは20年後に、どんな街でどんな役割を担っているのか。

「先生、あの時の講義がきっかけで、今こんな面白いまちをつくっているんですよ」

いつかどこかで再会し、彼らからそんな頼もしい話を聞ける日が来ることを、私は心から楽しみにしています。不動産再生学を通じて大空に放たれた無数の種が、全国各地でどんな個性豊かな花を咲かせるのか。私たちの「まちを再編集する」壮大な実験は、まだ始まったばかりなのです。

(2026年6月公開)

この記事の続きを閲覧するには
会員登録が必要です

無料会員登録をする

ログインはこちらから

一覧に戻る

購読料金プランについて

アクセスランキング

≫ 一覧はこちら