<<次世代不動産経営実務者養成カレッジ 第3期 by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー>>
不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。
当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと、全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部で行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介してきた。今回は、全14回の講義を主宰の𠮷原勝己オーナーに振り返ってもらう。
不動産再生学の真髄・まちを再編集する現代の錬金術
〜教科書なき世界を切り拓く「人」の力〜【前編】
有限会社𠮷原住宅(福岡県福岡市)
代表取締役 𠮷原 勝己氏

想像を超えて広がった「不動産再生学」の1年
九州産業大学で全14回にわたり開講した連続講義「不動産学入門」。私たちが「不動産再生学」と銘打ってスタートさせたこのプロジェクトが、ついにひとつの区切りを迎えました。1年間を振り返ってみると、当初思い描いていた構想がしっかりと形になっただけでなく、それをはるかに超える多くの発見があり、想像以上のものが生み出されたと感じています。
私自身としては、これまで現場で培ってきた経験や思考を注ぎ込んだという達成感すらあります。しかし、これで終わりではありません。この講義を通じて大空に放たれた「不動産再生学」という新しい分野が、ここで歩みを止めることなく、次の世代、そしてさらにその次の世代へと引き継がれていく必要があります。そのためには、私の手を離れた状態でも「不動産再生学とは一体何なのか」という問いに対して、皆さんが共通の認識を持てるようにしておくことが何よりも大事だと思っています。
そこでこの記事では、私たちがこれまでどのような道を歩み、なぜ不動産再生学という概念に行き着いたのか。そして、この学問がこれからどこへ向かっていくのかという未来の話を、前後編に分けてじっくりとお伝えしたいと思います。

新築偏重の業界への疑問と「DIYリノベーション」という大発見
「不動産再生学」という名のもとに講義をスタートさせるにあたり、その前段の背景として絶対に外せないのが、そもそもの不動産業界が抱えていた「新築偏重」という体質への強い疑問でした。
長らくこの業界では、「スクラップ・アンド・ビルド(壊しては建てる)」が当たり前のセオリーとしてまかり通っていました。しかし、私は2000年頃から、老朽化した不動産を目の前にして「これをどうすればいいんだ」と頭を抱え、実務として不動産再生に取り組まざるを得ない状況に置かれていました。実際にやってみたら、案外やれてしまったという実体験があるのですが、その当時からスクラップ・アンド・ビルドと対になるような考え方が世の中に絶対に必要だと痛感していたのです。それが、今思えば「不動産再生」という実務の始まりであり、最終的に今回の「再生学」へと結実する約20年から30年の道のりの第一歩でした。
ちょうど2000年代の初頭から、日本全体でリノベーションの波が始まりました。いわばリノベーションの石器時代です。この頃、「リノベーションが世の中を助けるのではないか」という期待とともに、2010年頃までの約10年間、全国各地でさまざまなセミナーや実験が繰り返されました。そして、その建物のリノベーションが結果的に「まちづくり」へとつながっていくという、非常に大きな発見がもたらされたのです。リノベーションスクールなどが生まれたのもこの時期です。
しかし、先行してリノベーションに取り組んできた私たちだからこそぶち当たった、地方特有の深刻な問題がありました。
当時、リノベーションを牽引していたのは主に中央(都会)の人たちでした。彼らがキラキラしたお洒落な物件をつくり、賑わいを生み出せていたのは、極論をいえば「もともと人がたくさんいる場所」でやっていたから成り立っていたということに過ぎません。私たちが同じことを地方でやろうとすると、全く意味が違ってきます。いくらリノベーションに投資をしても、地方ではその投資した金額の回収が全くできないという厳しい現実に直面したのです。結局のところ、リノベーションの本質は「投資」です。投資回収ができない手法は継続できません。
そこで私たちが設定したのが、「DIYリノベーション」という手法でした。徹底的にコストパフォーマンスを高めた改造を行うということです。当初は予算の制限がある中で、コスパ的にDIYを選ぶしかなかったという側面もありましたが、思いがけず、この手法が結果的に「まちを変える」という現象を引き起こすことが分かってきました。
さらに、誰かが目立つところでこのDIYリノベーションをやり始めると、SNSやYouTubeが広がり出した時代背景も味方し、ものすごい勢いで世の中に広がり、ひとつの大きなムーブメントが起こる時代に突入しました。一気に何百人単位で日本全国に仲間ができ、交流しながら動けるようになったことは、それ以前の時代とは全く違う、本当に大きな衝撃でした。建築というハード面に目が行きがちな業界の中で、DIYを通して生まれた「人のつながり」というソフトパワーの力が、これほどまでに大きいものかと驚かされました。
アマチュアが主役になれる「教科書なき学問」
初期のリノベーションの時代は、どうしても建築士などの専門家が中心軸になっていました。すべてをプロにお願いし、コストを試算して進めるというプロの世界です。しかし、私たちが「不動産再生学」を立ち上げなければならないと強く思った最大の理由は、DIYリノベーションには「アマチュアが関われる」という明確な違いがあったからです。関わる人の属性が全然違うのです。
プロしか取り扱えないような難しいことは、世の中に広く普及していくことはありません。私自身がもともと建築の専門家ではなくアマチュアから始まっているからこそ、そこが最も重要だという肌感覚がありました。
不動産再生であれば、誰しもが関わることができます。現在、日本は人口減少や縮小社会というフェーズにあり、次世代への不安という課題を誰もが抱えています。この共通の課題に対して、プロだけでなくアマチュアも、そして学生たちも混ざり合って取り組むことができる。むしろ不動産学を成立させるためには、プロだけで固まっている方がデメリットになるのではないかとさえ思えます。プロとアマチュアの知識や体験が融合しないと再生できないのが、不動産再生学のセオリーなのです。
講義の第2回で、AI(人工知能)の専門家である清田さんに登壇していただいた際、非常に勇気をもらうお話を聞きました。AIという分野は、実は「人間の脳の仕組み(真理)がまだ完全に分かっていないのにも関わらず、人工知能という実務を動かせてしまっている」という、学問領域としては不思議な分野なのだそうです。
通常の学問、例えば私のいた理学部などでは、まず確固たる理論があり、それを応用していくのが普通です。しかし、理論がないまま実践でガンガン動いていくAIの姿は、まさに不動産再生と全く同じだという認識で一致しました。つまり、私たちは「教科書がない世界」を新たに生み出していく立場にあります。これが不動産再生学なのだと確信しました。
では、教科書がないとしたら、一体何を教科書にすればいいのか。それは「人の経験」しかありません。
不動産再生を牽引する多様な「人」の力
「人の経験」こそが教科書である。その考えのもと、14回に及ぶ今回の講義全体では「人」にフォーカスを当て、4つの分類でスケジュールを組み立てました。
まず第3回から第5回では、個人の「プロフェッショナル」の能力がどれだけ世界を切り開いていけるかを設定しました。ここでいうプロとは、建築や不動産のプロに限りません。不動産のプロである「フジ開発」の上田さんはもちろん、自転車ツーリズムのプロである「ARCH」の高橋さん、新規事業開発のプロである脇黒丸さん、建築設計のプロである「つみき設計施工社」の河野さん、そしてイラストレーターのアラタ・クールハンドさんなどです。
彼らのような、全く異なる分野で突出したチカラを持つプロフェッショナルが、空き家などの休眠不動産に関わることで、思いがけない面白い現象が生み出されていきます。活用できていない資産にプロが入り込んで一歩前に進め、それをアマチュアが加速させていく。さまざまな領域のプロでも、関わることで発現していくこのプロセスは、まるで生物の進化の歴史を見ているかのようです。
続いて第6回から第8回では、大企業の中で組織を動かす「ビジネスパーソン」の力に焦点を当てました。住宅供給公社、都市再生機構(UR)、西部ガス、JR九州、長崎県庁といった大組織で働く人たちが不動産再生に関わると、一体何が起こるのか。
結論からいえば、これは今企業が一番必要としている「企業イノベーション」や「人材開発」の場として機能するということです。イノベーションというとすぐに独立や起業を思い浮かべがちですが、大組織のビジネスパーソンであっても不動産再生の主人公になれるのです。大企業がこの事例の本質を理解し始めれば、社会にものすごい大きなうねりをつくることができます。時代は待ったなしです。こうした動きを社内で許容できない企業は、今後ますます苦しくなっていくでしょう。
さらに第9回と第10回では、「コミュニティ」の力を掘り下げました。下関の橋本さんや下関市役所の皆さん、つみき設計の河野さん、コミュニティ大工の加藤さんなど、元々突出したコミュニティ能力を持つ人が関わった時に、まちぐるみ、あるいは県全体が変わっていく事例を見ていただきました。しかし、誰もがいきなりスーパーマンになれるわけではありません。
第12回と13回でお話しいただいた、九大でシェアハウスを行う大堂さんや、久留米で不動産再生を行う半田兄弟たちを見ていて分かるのは、「最初からコミュニティが目的だったわけではない」ということです。彼らは皆、何よりもまず「不動産や学生に対する深い愛」があり、自分の考えや理想の仕事をどう実現するかを真剣に考えています。その理想を実現するための手段として、後付けで「コミュニティデザインの能力」を獲得する必要があった、というのが正しい順番なのです。
特別なスーパーマンでなくても、主体性の理論や共感不動産の理論を知っていれば、誰もがこの舞台を回すプロデューサーになることができます。目の前に空き家や空きビルがあったとき、これらの理論を使えば、自分の手で動かすことができるのです。
人類普遍のメカニズムと、次世代へのバトン
そして講義の終盤である第11回では、韓国とメキシコでの事例を紹介してもらいました。これは、「地主と家主」編集部でも非常に話題になったそうなのですが、私たちがやっている不動産再生の動きは、決して日本独自のものではなく、国際的にも再現性のある「国際的な普遍の仕組み」であると知ることができました。
人類の生活史を振り返ると、集中と拡散の歴史の繰り返しです。ローマ時代の集合住宅や江戸時代の長屋など、かつてはとんでもなく過密な生き方をしていました。そこから個を尊重し、距離を離して広く住む時代へと移り変わりましたが、便利になればなるほど、人とつながることが面倒になっていきます。
しかし、物理的・心理的な距離が広がりすぎた結果、コミュニティへの帰属意識が希薄になりました。そして、その揺り戻しとして今の時代は再び「心の距離の近さ」や「安心感」に価値を見出し、そこにお金を払う社会背景が生まれつつあります。メキシコのゲーテッドコミュニティが象徴するように、みんなでまちを守り、安心な生活を確保するというのが世界標準の原点です。それに逆行するかのように、今回の講義ではつながることの安心と豊かさというゲートを壊すことの新たな作用が見直されています。
ただ入居者を集めるために家賃を下げるのではなく、経済性と両立させながら、マイナス資産である空き家をプラスの資産に変えていく。これはまさに、まちに与えられた現代の「錬金術」なのです。
では、この錬金術を手にした私たちが、その先で最終的に目指すべきゴールとは一体何なのでしょうか。不動産を再生すること自体は、実は本質的な目的ではありません。
(後編へ続く)
(2026年6月公開)






