<<名作に学ぶ地主と相続>>
第2回 今月の作品「嵐が丘」
地主家の「許せない相続」
描かれた感情の爆発
─兄貴ばっかりずるいんだよ!
地主家の相続の現場では、実際によく飛び出す言葉です。
ある地主家の相続で、こんな場面がありました。被相続人は父。相続人は母と長男、次男、長女の子ども3人。中心となる財産は先祖代々の農地と賃貸アパートでした。長男は地元に残り、長年父と一緒に農地や賃貸物件を管理してきた人です。その一方、次男は都市部で会社員となり、長女も結婚して家を出ていました。遺産分割の話し合いが始まると、次男がぽつりと言いました。
「結局、兄貴だけが得しているよな」
長男もすぐに言い返します。
「こっちは親の面倒を見てきたし、農地も守ってきたんだよ。自由なんかなかった」
どちらにも言い分があります。実際、長男には農地や賃貸物件の管理負担がありました。しかし、次男からすれば「兄ばかり大事にされてきた」という感覚が消えないのです。
相続の現場で私がいつも感じるのは、人は単に損をしたから怒るわけではない、ということです。
─昔から軽んじられてきた!
そう感じた瞬間に、感情は爆発します。この構造を、19世紀イギリス文学の傑作「嵐が丘」は、恐ろしいほど鮮明に描いています。

著者:エミリー・ブロンテ 訳者:鴻巣友季子 出版社:新潮社(新潮文庫)
受け継がれる記憶と感情

嵐が丘は、エミリー・ブロンテによって書かれた長編小説です。舞台は、イギリス・ヨークシャー地方の荒涼とした土地に立つ屋敷「嵐が丘」。主人公ヒースクリフは、孤児としてアーンショー家に拾われます。しかし、同家の長男ヒンドリーから激しく憎まれ、虐げられながら育ちます。
一方、その妹のキャサリンとは深く愛し合うようになりますが、キャサリンは最終的に裕福なリントン家の息子エドガーと結婚します。階級や財産について考えた結果でした。
深く傷ついたヒースクリフは姿を消し、数年後、莫大な財産を持って戻ってきます。そして、自分をさげすんできた人々への復讐を始めるのです。彼は、借金や結婚、相続を巧みに利用しながら、アーンショー家とリントン家の財産を次々に手中に収めていきます。しかし、すべてを手に入れても、ヒースクリフは幸福になりませんでした。
嵐が丘は、復讐小説として読まれることが多い作品です。しかし、相続実務の視点から読むと、違った面が見えてきます。これは「長年積み重なった感情が、相続と共に噴き出す物語」ともいえるのです。
ヒースクリフは、法的には非嫡出子ではありません。しかし、家の中で「よそ者」扱いをされ、差別される存在として描かれています。
相続の現場でも、似た構図は少なくありません。
「長男だけ住宅資金を援助された」「姉ばかり親にかわいがられていた」「自分だけに介護を押し付けられた」
もちろん、親にも事情があります。地主家では特に「家を守る人」に財産や責任が集中しやすいのです。しかし、その事情がきちんと言葉として共有されなければ「差別された」「軽んじられた」という感情だけが残ります。そして、その感情は何十年も消えません。嵐が丘が描く恐ろしさは、この感情が世代を超えて連鎖していくところにあります。
地主家でも、実際に似たことが起きます。
「父は祖父から冷遇されていた」「母は本家との関係で苦労していた」
こうした記憶が、現在の相続にも影を落とします。相続で争われているのは、現在の財産だけではありません。「自分は家族にどう扱われてきたか」なのです。
財産だけでなく、憎しみそのものが相続されていく
お互いの背景を思いやる
では、どうすればいいのでしょうか。私は嵐が丘が最後に示しているのは「許し」の重要性だと思っています。
ヒースクリフは、復讐に人生をささげました。しかし最後には、憎しみを少しずつ手放していきます。そして物語の終盤では、次世代の若者たちに穏やかな関係が生まれ、ようやく嵐が丘に静かな平和が訪れるのです。
相続でも同じです。完全な平等は、現実には難しい。感情を完全に整理することも難しい。だからこそ必要なのは「譲る」という感覚です。
地主家では特に「自分ばかり苦労した」という感覚が強くなりがちです。地元に残った側にも、外に出た側にも、それぞれ苦労があります。その時「自分だけが被害者だ」と考え始めると、ヒースクリフのように復讐の論理へ入ってしまう。だから私は、相続において大切なのは「正しさ」だけではないと思っています。
「この人にも事情があったのかもしれない」「このネガティブな言葉は本心ではないかもしれない」「悪く見えるが、善に捉えられるのかもしれない」
そう考えられる余白を持てるかどうかです。
そして嵐が丘でもう1つ重要なのは「母親」の不在です。この作品では、母親たちがほとんど機能していません。「リア王」でもそうでしたが、母親が不在になると、父と子、兄弟姉妹の感情を翻訳する存在がいなくなります。
現実の相続でも、母親の一言で争いが収まる場面を、私は何度も見てきました。
「お兄ちゃんも大変だったのよ」「あなたも我慢してきたわよね」
その一言があるだけで、人は少し冷静になれるのです。もし母親がいない場合でも、親族などその役割を担う存在は必要です。相続の専門家もまた、単に財産を整理するだけでなく、家族の言葉にならない感情を翻訳する役割を担っているのだと思います。
嵐が丘は単なる復讐小説ではありません。許されなかった記憶と、許すことの難しさを描いた作品です。地主の相続とは、土地の承継である前に、感情の承継でもあるのです。
税理士法人レガシィ(東京都中央区)
天野大輔代表社員税理士・公認会計士
慶応義塾大学大学院文学研究科修了。2015年、税理士法人レガシィへ入社。相続実務、事業承継・M&A(合併・買収)コンサルティング、デジタルサービス企画・開発に従事。21年、グループ代表に就任。
(2026年8月号掲載)






