<<文化財を生かす>>
歴史的建物は使ってこそ残る
内蔵を核に人を呼び込むまちづくり
歴史ある商家の主屋の奥にひっそりとたたずむように建てられた「内蔵(うちぐら)」。秋田県横手市増田町には、全国でも極めて珍しいこうした座敷蔵が数多く残っている。これまで地域外の人にはその存在すら知られていなかった内蔵が今、全国から多くの観光客を呼び寄せる場所になりつつあるという。
日の丸醸造と増田町の今
増田町には、商家の主屋の奥に内蔵と呼ばれる座敷蔵が数多く残る。現在は人を呼び込む資産となった内蔵の多くも、かつては長く閉ざされ、物置になっていたという。日の丸醸造も、この内蔵を所有する酒蔵だ。同社の内蔵は、物品を収納する文庫蔵。同社では、20年ほど前からその価値を地域外にアピールする活動を行っている。観光客を増やす呼び水として発信することで、本業にも大きなメリットをもたらしているという。

▲販売所の奥に内蔵(文庫蔵)の入り口が現れる
同社は、増田町で日本酒「まんさくの花」などを製造する酒蔵。1689年(元禄2年)に創業、300年以上の歴史を持つ老舗だ。
増田町に残る内蔵は醸造蔵などの外蔵とは異なり、外からはその姿を見ることができない。建物の中に入り、奥へ進んで初めて蔵を確認できるのが最大の特徴だ。そのため、近年までその存在は地域の人にさえ知られていなかったという。日の丸醸造の内蔵は国の登録有形文化財となり、また周囲の内蔵を持つ建物の街並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
同社ではこの内蔵を2004年から一般公開。現在、増田地区では日の丸醸造だけでなく、12の内蔵が公開されているという。
「この地域の内蔵は、家族が暮らしたり商売をしたりする“普通の生活の場”です。それを不特定多数に公開するとなれば誰しも抵抗を感じるものでしょう。しかし、その希少性ゆえに多くの人を呼ぶことができました。内蔵はエリアの財産だという認識が徐々に育ってきたように感じます」(佐藤会長)
増田地区の人口はわずか約5000人。それに対して、年間約10万人もの人が観光で同エリアを訪れる。そのうち日の丸醸造の内蔵へ訪れる人は約2万4000人にもなるという。人口規模を大きく上回る交流人口を、歴史的な街並みが呼び込んでいる。
- ▲漆塗りの通し柱が並ぶ内蔵(文庫蔵)の内部
- ▲文化イベントを開催し人々が集う場所に
保存するために「使う」
日の丸醸造の入り口をくぐると、まんさくの花などを販売する日本酒直売所があり、その左奥に内蔵、右奥に日本酒を製造する酒蔵(醸造蔵)がある。雑菌による汚染などの酒造りへの悪影響を避けるため、一般客への酒蔵の公開は行っていないが、そのほかの場所は一般公開している。内蔵の見学料は1人200円。試飲付きは500円で、いずれも直売所で利用できる200円分の買い物割引券が付く。
同社の内蔵はただの倉庫ではない。豪華で繊細な装飾を持つ美しい“お座敷”だ。1908年(明治41年)築の2階建てで、外壁は全面が黒漆喰(しっくい)仕上げ。内部には漆塗りの青森ヒバの通し柱が約30㎝間隔で並び、欄間や障子、土扉(つちど)には亀甲(きっこう)模様の組子細工が施されている。築100年を超えてなお現役の輝きを失わず、当時の職人技を随所に見ることができる。

▲酒蔵へと続く廊下
実際に内蔵に足を踏み入れるだけでも非日常を味わえるところ、同社では落語や朗読、琴、講談などの文化イベントを不定期に開催。こういったイベントでは、内蔵を人が集まる場所として大いに活用している。
「登録有形文化財だからといって、何か立派なことをしなければならないとは思っていません。せっかくの内蔵だから、ここを訪れる人に楽しい思いをしてほしいのです。だから、まずは自分がやりたいと思ったこと、会いたいと思った人にまつわるイベントを企画しています」(佐藤会長)
蔵を訪れる人からの見学料収入は、単体で見ると年間100万円未満。しかし、ほとんどの客がお酒を購入するので、見学料よりもお酒を購入してもらうメリットのほうが大きい。古い建物ゆえに修繕費がかかることに加え、豪雪地帯であるため除雪(雪下ろし・排雪)費用が年間100万円以上に上る。「お酒を飲んでもらうことが建物の維持に役立っている」と佐藤会長は話す。
さらに、同社にとって内蔵の公開・活用は、単に建物の保存やエリアの活性化だけでなく、本業にも大きな好循環をもたらしているという。見学に訪れた人が日本酒に親しむことで、おのずと日の丸醸造のファンが増えるからだ。
「私たちは、この場所を訪れる人に自社の味を直接伝えたいと考えています。その点で、内蔵を見学に来てくださったお客さまが直売所で日本酒を試飲され、買ってくださるのは本当にありがたいことです。その後も、通販で購入してくださる方が増えています。経営的にも直販は利益率が高い。内蔵をきっかけにファンが増えることは、直販比率・利益率の向上にもつながっていると感じます」(佐藤会長)
放置されていた蔵が文化財に
内蔵はかつて応接間として使われていた。来客の宿泊場所としても活用されていたという。
しかし、次第に使われなくなり、70年代ごろには不要な物を置く場所になってしまった。“文化財”と聞くと、代々大切に保存されてきた建物を想像しがちだが、実際には使い道のないデッドスペースになっていた時期があるのだという。
90年代からは自治体による歴史的建造物の調査こそ行われていたものの、近隣の内蔵も似たような状況だった。内蔵やまち並みが貴重な財産であるとの認識が薄いまま解体や改造が進み、商店街としてのにぎわいも徐々になくなっていった。居住人口の減少や空き地・空き家が目立つようになっていたという。
99年、増田町商工会が一念発起。歴史あるまち並みを生かして地域を活性化させようと、商店街の通りを「くらしっくロード」と名付け、案内板や説明板を設置する取り組みを始めた。これをきっかけに、佐藤会長も増田町へ戻るまで長らく使われずに閉ざされていた内蔵の整理に着手したという。
「約40年も鍵が閉められたままで、こんなに大きなスペースなのに有効活用できずに従業員からも忘れ去られていた場所でした。再び片付けを始めた際には、白骨化した猫まで見つかったんですよ」(佐藤会長)
2002年には、日の丸醸造の店舗や外蔵(醸造蔵)などが国の登録有形文化財となった。10年には、現在一般公開している内蔵(文庫蔵)も登録された。
その前後で、増田地区では日の丸醸造以外にも複数の内蔵が登録文化財や重要文化財に登録・指定された。こうした中、06年に蔵の所有者を中心に「増田蔵の会」を結成。同年、普段は見ることのできない地区内の内蔵を一斉に公開する第1回「増田蔵の日」を開催した。初回から約1500人が訪れる大盛況となった。その後も増田蔵の日は毎年開催され、地域を代表するイベントへと育っている。
「増田蔵の日にしか公開しない内蔵もあり、それ目当てで訪れる人もいます。今ではエリアを象徴する大イベントとなりました」(佐藤会長)

▲蔵の日ににぎわう「くらしっくロード」
現在は、登録有形文化財のブランドの力を確かに感じているという佐藤会長だが、当初は登録にそこまで積極的なわけではなかった。
「所有者にとっては、固定資産税が少し安くなるくらいでメリットがよくわからなかったのです」(佐藤会長)
しかし、閉ざされていた蔵に、地域の外からも多くの人が訪れた。所有者にとっては、見慣れた古い建物。しかし、外から訪れた人の目には、価値ある地域資源として映ったのだ。
徐々に住民と行政双方で歴史的なまち並みを保存しようという機運が高まっていった。その後、歴史的建造物の調査や保存に向けた取り組みが相次ぎ、13年には増田地区が国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された。
外から訪れる人の反応によって、地域の人たちも身近にある建物の価値を再認識していった。
- ▲かつての商品の展示
- ▲複数の銘柄のお酒を試飲できる
環境を整え次世代につなぐ
とはいえ、歴史的建造物を残し続ける環境は厳しさを増している。佐藤会長が会長を務める「秋田県登録文化財所有者の会」では、所有者の高齢化に伴う承継の難しさに加え、建物の老朽化、雪害の問題や、活用のビジネス化に課題感を持つ。
中でも一番大きな問題は承継だ。「建物を残したい」という思いだけでは、次世代への承継は難しい。維持するための収益や使い道を考え、うまく引き継げる環境を整える必要がある。
日の丸醸造が内蔵を開いて約20年。その間、多くの人を呼び込み、訪れた人が地域や酒蔵のファンとなり、地域にお金を落とす。本業にもいい影響を与える。そんな好循環が生まれてきた。
日の丸醸造では、次世代へのバトンも渡り始めている。現在社長を務める長男の公治氏も、酒蔵の伝統を守りながら、その経営に積極的にDXやICTを取り入れる。一般公開していない酒蔵内部を見られるVR見学をいち早く導入するなど「不易流行」の精神で新たな取り組みを進めている。
かつては物置となり、家族や従業員からも忘れられていた内蔵。それを開いたことで人が訪れ、建物そのものの価値をも見直すに至った。
「当初は、やらざるを得なかったから内蔵の活用を進めていたように思います。しかし今は、内蔵やこの地域への感謝しかありません」(佐藤会長)
建物は、ただ守るだけではなく、使い続けることで次代へつながっていく。

(2026年11月号掲載)






