※この記事は地主と家主(旧家主と地主)2023年11月号から抜粋した記事で、内容は取材時の情報です。
<<トラブル回避の選択>>
「定期借家契約」活用法
一般的に知られている普通借家契約と比べて、認知度、普及率が低い定期借家契約。貸す側の家主の不利を是正することを目的に導入された制度だ。そこで改めて、定期借家契約を利用するオーナーや賃貸仲介・管理会社に、活用法を聞いた。
契約期間が終了したら、「更新」がない
「再契約」するのが定期借家契約
定期借家契約(以下、定借)は、契約で定めた期間が満了すれば、更新はなく、契約が終了するというもの。貸主と借主の双方が合意すれば再契約することは可能で、シェアハウスや事務所、高級賃貸住宅において利用されている賃貸借契約だ。
従来の普通借家契約(以下、普通借)では、借主が騒音などのルール違反を繰り返しても、貸主からの一方的な契約解除はできない(表1)。借主は更新して居座ることができるため、こうした貸主の不利を是正しようと2000年3月に導入されたのが定期借家制度だ。

海外における賃貸借契約では、定借が一般的な契約形態でありながら、日本ではグラフ1のように、認知度は約15%と低い。グラフ2の普及率においても、全賃貸住宅戸数のうち普通借の割合は96 ・0%で、定借は1・9%と圧倒的に少ない。
メリットは万一のとき 立ち退き料が不要
家主にとって、定借のメリットは主に三つある。
①良識のない入居者を退去させやすい
②立ち退き料が不要
③家賃減額請求権を排除できる
まず①について解説すると、定借は期間満了により終了し、更新はしない契約である。そのため、家賃の未納やほかの入居者に迷惑をかける入居者を、期間満了後に退去させやすい。
②はいざというときに立ち退き料がかからないこと。普通借では立ち退き料が高額になりがちなので、払う必要がないというのは家主にとって大きなメリットだ。
③は普通借では、借主が強く保護されているため、家賃の不減額特約を定めても無効で、家主にとって賃料減額を阻止する方法がない。定借なら、不減額特約が有効であるため、入居者から家賃の減額を求められるリスクがなく、契約期間中の家賃を固定することができる。
このほかにも、契約期間の設定が1~20年といったように短期から長期間まで自由に設定が可能。自宅を一定期間貸したいときや、建て替えるまでの数年間だけ貸すときに便利な契約だ。
普及しない背景にある 不動産会社側の事情
普通借と比べると、家主のほうにメリットが多い契約であるため、不動産会社は入居付けが難しいと判断し、定借物件の取り扱いを拒否することが多い。取り扱いに応じる不動産会社でも、家主に対して家賃を低く設定する条件を提示するケースが大半だ。
また不動産会社にとっては、普通借と契約の進め方が異なり、不慣れなことから面倒だという意識も強い。定借では事前説明書面の作成や説明、終了通知の管理と送付など、普通借に比べて作業が増えて責任も増すからだ(図1)。こうした理由から、定借の物件数や契約数が伸びない現状がある。

暮らしやすい住環境は不動産会社にもメリット大
実は、入居者や不動産会社にとっても定借は利点がある。まず入居者は、良好な住環境で生活することができる。周囲に迷惑をかける入居者に対して、家主は再契約をしないことで退去させられるからだ。普通借では、良識ある入居者が退去して、不良な入居者が居座るケースが多かったが、定借ではそうした事態を防ぐことが可能となる。
不動産会社にとっては、特に管理会社のメリットが多く、トラブルへの対応が少なくなる点だ。良識のない入居者と再契約しないことが、トラブルの抑止にもつながり、管理しやすい物件になるといえる。
次に、実際に定借で賃貸経営を行う家主に聞いた活用術を紹介する。
オーナーに聞いた定借物件活用のポイント
定借の物件が不動産会社に敬遠されるなか、上手に活用しているオーナーがいる。客付けしやすい工夫など、定借活用のポイントを紹介する。
入居者メリットを書いたマイソクが吉
安心して暮らせる環境を守り続ける
林浩一オーナー(横浜市)
横浜市にアパートや学生寮を所有する林浩一オーナー(横浜市)は、不動産事業を始めた11年から、再契約型の定借を利用している。林オーナーはもともと旅行業に携わっており、海外で生活していた経験がある。海外では定借が一般的な契約形態であるため、林オーナーは普通借と定借の違いを把握していて、自身が家主となる際、定借を選択するしか頭になかったという。
「騒音問題や家賃滞納に悩む家主の話を聞いていました。騒音被害に遭った入居者が退去し、迷惑な入居者には立ち退き料と引っ越し代を支払っていたなど。快適な住環境と善良な入居者を守るためには定借だと思ったのです」と林オーナーは話す。
新築で魅力的な物件でもぶつかった定借の壁
最初の所有物件は、全6戸のファミリー向けテラスハウス。最寄り駅からバスで15分という立地でありながら、林オーナーは建物のコンセプトやデザインにこだわって新築した。洋風な外観が特徴で、白い両扉のドアがあるエントランスはレンガでつくられ、海外の雰囲気が漂う。

▲緑があふれている︎テラスハウスの玄関
林オーナーは、入居者を募集するために最寄り駅にある不動産会社に行ったところ、担当者の反応はよかった。しかし、持参した物件資料を見せると、担当者は険しい表情になり、「定借なら家賃を1割は下げないと決まらない」と言う。林オーナーは納得がいかず、地元だけでなく沿線の不動産会社にも足を延ばして客付けを依頼。しかし、どの不動産会社も同様の反応で、仲介会社探しは実に200社近くになったそうだ。
諦めないで出合ったのが、今も管理を委託しているストーンズ本店(川崎市)だ。同社は2000年に定期借家制度が施行されてから定借を導入し、新規契約をすべて定借で締結していた。
同社へ依頼したところ、募集開始から1カ月以内で全6戸の入居が決まった。家賃は周辺相場より7000~1万円高く、敷金・礼金も周辺相場に合わせた3カ月での募集だった。入居者は再契約ができる定借だということで納得し、契約を問題視することはなかったという。
定借への理解を深める 活動に力を尽くす
林オーナーはその後、相続で引き継いだ物件においても、定借を選択。そのため、入居者のメリットを全面に打ち出した自作のマイソク(不動産物件情報)を持って各不動産会社に営業しに行き、定借のメリットを説いている。15年には定借に関する書籍も出版して、定借への理解を深める活動にも打ち込んだ。こうした努力が実り、理解を示す不動産会社が増えてきた。
「定借を活用して12年になりますが、満室経営ができています。入居者自身が敬遠することはほぼなく、法人契約でも同様です。入居者からのクレームもないので、管理もしやすい。定借にすることで入居者と家主の立場が対等になり、私は、家主業が素晴らしい仕事だと思っています」(林オーナー)
家主自身で定借の契約書を用意
不動産会社の心理的ハードルを下げる
馬橋令オーナー(東京都渋谷区)
「家主業を始めて12年以上、定借を利用しています。入居者から敬遠されることはなく、定借の意義を説明すれば歓迎してくれます。再契約が可能であるため、10年以上住んだ入居者もいました」。こう話すのは馬橋令オーナー(東京都渋谷区)だ。
馬橋オーナーは大学卒業後、総合商社や広告代理店勤務を経てFIRE(経済的自立と早期リタイヤ)。賃貸経営に興味を持ち、不動産関連書籍を100冊以上購入し、読破したという。門外漢ゆえ知識武装は必須と考え、家主向けセミナーにも可能な限り参加。さらに、宅地建物取引士の資格も取得した。
賃貸経営を学ぶ中で、普通借が借主を保護する一方で、家主にとってはリスクが高いことを痛感。実際に賃貸経営を始める際には、再契約も可能な定借を選択した。「素人が始める家主業で、想定外のトラブルがあったときに、定借は〝盾〟になると思いました」(馬橋オーナー)
東京都世田谷区にメゾネットタイプの木造3階建てアパートを新築。近隣には100軒を超える不動産会社があった。幸い、定借を敬遠する会社はほぼなく、全16戸の入居募集はスムーズに進んだ。

▲メゾネットタイプの木造3階建てアパート。広めの1LDKだ
契約書に特記を行い 家賃の振り込み遅れも抑止
馬橋オーナーは、定借の契約書を自身で作成し、不動産会社に渡している。「仲介・管理会社の心理的ハードルと、事務負担を軽くするためです。賃貸物件は仲介事業者に取り扱ってもらうことが第一ですから」(馬橋オーナー)
契約書は、国土交通省の「定期賃貸住宅標準契約書」をひな型に、民法の知識を活用しながら、特記を行っているという。
馬橋オーナーは「特記は例えば、『家賃督促手数料』です。家賃の振り込みをうっかり忘れてしまうことを抑止するためで、効果を感じています」と話す。
馬橋オーナーも21年に賃貸経営指南書を出版し、著書の中で家主にとっての定借の意義を唱えている。「賃貸トラブルに備える〝家主の盾〟として、定借は有効です」(馬橋オーナー)
内見者を逃さず、まずは入居へ
定借期間中に暮らしぶりを見極める
長谷川正明オーナー(福島県いわき市)
福島県いわき市を中心に、戸建て7棟、アパート7棟の計75戸を自主管理する長谷川正明オーナー(福島県いわき市)。相続をきっかけに20年前から賃貸経営を始め、定借は4年前から利用している。
「これから就職活動をする無職の人や水商売の人、外国人就労者など、一般的に入居を敬遠される人の場合、定借を活用しています。人口が少ない地方都市ですから、まずは入居してもらうことを第一に考えています」と長谷川オーナーは話す。
地元の不動産会社の中に、入居希望者の属性に合わせて定借を提案してくる会社もあり、仲介で定借が問題になることはないという。長谷川オーナーは、定借でも不安な入居希望者の場合、契約前に直接会って話すようにしている。互いの人となりを知ることで、入居後、問題を起こすことがほぼないからだ。

▲中古で購入したアパート。購入後に外壁の一部にタイルを貼るなど改修した
問題がなければ普通借に切り替えも
長谷川オーナーは、清掃業務で物件に行った際、入居者に声をかけるなど、コミュニケーションを大切にしている。「外国人の入居者が料理で使った油をそのまま下水道へ流して、排水口が詰まったことがあります。捨て方を教えたら改善されて、以降、契約満了まで問題ありませんでした。1回でもトラブルを起こしたら駄目ということではありません」(長谷川オーナー)
契約期間が無事に終わったら、入居が10年を超えることが多い土地柄のため、自動更新のある普通借で賃貸借契約を結び直す場合もあるという。所有物件はほぼ満室で、定借の割合は1割程度だ。「定借を使うことで入居者のハードルを下げられるので、空室対策の一つだと考えています。まずは入居していただくことが地方では大事です」(長谷川オーナー)。
また、定借の契約書を長谷川オーナーも自作している。国土交通省の定期賃貸住宅標準契約書を基に、退去後のひどい汚れを想定し、原状回復費を借主に請求できるなどの特約を付加している。金融機関に長く勤めていた経験から、書類の作成が得意だという。
Q.終了通知はどうするか?
A.契約期間満了の1年前から6カ月前までに終了通知を入居者へ書面で知らせる。遅れた場合は、改めて終了通知を行い、その通知の日から6カ月後の契約終了となる。
Q.再契約における敷金の取り扱いはどうなる?
A.理論上は、再契約の場合でも旧契約は終了し、明け渡しがあったものとして返還する必要がある。しかし、実務上は、いったん敷金を返却し、再契約締結時に再度入金してもらうということはせずに、旧契約の敷金を、新契約の敷金に充当するという対応を取ることが多い。なお、敷金の預かり証を発行している場合には、従前のものを回収し、新たに発行することが一般的である。
Q.再契約時の原状回復はどうするか?
A.原状回復義務は、再契約後に引き継がれるため、契約終了のたびに行う義務はない。再契約における敷金・原状回復の取り扱いは、特約として記載する条項だ。特に、「原状回復」が、一番最初に契約を締結したときの「原状回復」を意味しているということを明確にする必要がある。
回答:MSみなと総合法律事務所 清水将博弁護士
トラブル対応が少なく、管理しやすい
資産価値を向上することができる
アートアベニュー(東京都新宿区)
藤澤雅義社長
1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)を中心に7300戸を超える賃貸住宅の管理を受託しているアートアベニュー(東京都新宿区)。定期借家制度が施行された2000年から運用を始め、現在はほぼすべての契約を定借で行っている。
同社の藤澤雅義社長は「定借が始まった際、これこそ不動産オーナーの権利を守ることができる契約だと感じました。従来の普通借は、建物が老朽化して危険なので建て替えたい場合でも、高額な立ち退き料を払わないといけないとか、入居者の権利を守りすぎている部分があるからです」と話す。定借を導入して 23年、管理上の効果を大いに感じているという。「入居後にルールを守らない入居者に対しては、再契約をせず契約期間終了とともに退去してもらうこともあります。また、入居募集時にそうした内容を伝えることで、ルール違反に対して身に覚えのある方が私たちの物件を避けてくれる効果もあるように思います」(藤澤社長)
「定借と建物の建て替えは相性がいいです。将来の建て替えを見据えて、定借に切り替えていくことで、スムーズに建て替えができます。賃貸経営に定期借家を有効活用してみてください」(藤澤社長)
デメリットやリスクも把握し
定借を選択してほしい
松屋不動産(福島県いわき市)
作山勝広代表取締役
「家主が定借を希望する場合、目的を聞いて、納得できたら受けています」と話すのは、松屋不動産(福島県いわき市)の作山勝広代表取締役。同社は1985年創業の、地域に根差した不動産会社だ。作山代表が理由を聞くのは次の事情からだという。一つ目は、地方ではいったん空室となるとすぐに埋まらないことが多く、普通借で長く入居してもらったほうが家主にとってメリットがあるため。
二つ目は、普通借をメインとした業務の流れの中、数少ない定借において、半年前の契約満了通知を忘れるなど、もしミスが起きたら不動産会社側の責任となる。その点を危惧し、家主の目的や知識レベルを事前に把握するため。
三つ目は、定借で短期間貸したいという家主の中には、相続問題で宙に浮いている物件をこっそり貸すケースがあり、トラブルを回避するため。
「家賃債務保証会社の利用が一般化するまでは、家賃滞納で毎年裁判になる物件を抱えていたこともあり、定借の重要性は理解しています。事業収支計画を踏まえ、家主がデメリットもきちんと把握したうえで定借を利用してほしいです」(作山代表)
(2026年10月公開)

【特集】「定期借家契約」活用法
所有不動産記録証明制度が施行



