<<老舗企業と不動産>>
林業と不動産事業における“両利き”の経営
山に木を植え、街に不動産を建てる
中江産業は大阪市に本社を置く創業141年の会社だ。経営の柱は林業と不動産事業である。「林業は国家百年の大計なり」とは創業からの信念だが、100年先をも見据えるという経営哲学は林業にも不動産事業にも相通じるものだ。山に木を植え、街に不動産を建てる。同社はまさに立地に合わせた土地活用により、林業を守り育て、価値の高い不動産を増やしてきた。

中江産業(大阪市)
中江康男 社長

所有不動産は国内に加え海外7カ国にも
同社は林業と不動産事業という事業の2本柱による“両利きの経営”を行っている企業だ。林業においては「国土の6000分の1」という広大な森林を保有する一方、不動産事業でも大阪、京都、東京、北海道、そして海外7カ国においても住宅、ホテルなどの物件を所有している。
不動産事業における国内の所有地の総面積は3万2254㎡。不動産の多くは1970~90年代に、中江康男現社長と先代社長の父、孝男氏が取得したものだ。
そのラインナップは住宅からホテル、高級老人ホーム、事業用定期借地、定期借家、リゾート地のコンドミニアムまで多岐にわたる。
賃貸マンションなどの住宅が中心だが、住宅として向かない土地も、その場所の特性に合わせて活用している。
比較的面積の大きい地方の土地は、ドラッグストアや自動車ディーラーなどに定期借地として貸し出すことで安定収益を確保。一方で、都心部の高収益を期待できるような土地も所有する。例えば、大阪メトロ堺筋線北浜駅からすぐの場所にはハイエンドなビジネスホテルを、京都の御所に近い鴨川沿いの場所には高級な高齢者向け施設を建て、定期借家として運営会社に賃貸中だ。
さらに、分散投資の観点から、1998年より海外のコンドミニアム、アパート、テラスハウスなども購入している。アメリカ・ニューヨーク市のマンハッタンを中心に7カ国に35戸を所有。円建て以外の資産を確保している。物件を所有している国はアメリカ以外にイギリス、チェコ、マレーシア、インドネシア、エストニア、ポーランドだ。
- ロンドンの47Bezier Apartments0409
- 京都府のアリア京都鴨川御所東
不動産を取得する際のこだわりは明確だ。
「短期的な視点ではなく、長期保有で確実に利益が出るものを取得する、というのが弊社の方針です」と康男社長は話す。
- 東京都のコート本郷
- 高知県土佐町
そのため、国内に限らず海外の不動産を取得する際には必ず現地に足を運び、街や建物、利回りを自分の目で確認してから購入しているという。
一般的に、海外不動産投資はダイナミックに資産価値が向上するのも一つの魅力とされている。だが同社はあくまでもリスク分散の観点から、長期保有による安定収入確保の方針を維持している。
入居者ファーストで安全と品質確保
現在、所有する賃貸の集合住宅数は合計12棟459戸。稼働率は94〜95%を維持している。不動産開発の秘ひ訣けつは、人がしっかり集まるところに高品質、長寿命の建物を造ることだという。
また修繕については必ずしも費用対効果を優先しない。顧客の視点に立ち、安全性、機能性、利便性を重視し快適な住空間を提供するようにしている。
例えば大阪府の「メゾネット水無瀬」は築50年。長期的視野に立って相応のコストをかけ、外壁などのファサードをリノベーション。洗練されたデザインの外観に生まれ変わり、募集賃料を上げたにもかかわらず入居率がアップした。
- ニューヨークのTrump Palace
- 大阪府のホテルフォルツァ大阪北浜
北海道の学生マンション「ハイコート文京台」では、外壁のレンガタイル剥落の懸念があったため、多額の費用をかけて新工法「エバーガード」にて大規模修繕を実施。新築並みの外観を得られたうえ、メンテナンスフリーとなった。レンガタイル剥落の危険性がなくなったことで安全性を確保できたという。
昨今の世情もあり、特にセキュリティーを重視した。テレビモニター付きインターホンや防犯カメラの導入、利便性の向上もかねて宅配ボックスも積極的に設置している。
また、同社は街の活性化にも貢献している。例えば、大阪・梅田の歓楽街から少し離れた中崎町。このエリアはレトロな街並みを散策できるため人気の観光スポットとなっている。老若男女を問わず、国内外から多くの人々が行きかうこの場所に同社はいくつかの土地を所有している。かつて借地としていたため、古民家が残っているという。この古民家をリノベーションし、おしゃれなカフェやアクセサリー店など若者向け店舗に貸し出している。創業時は小さかった店舗が繁盛して東京のデパートなどへの多店舗展開を実現した例もあるという。

大阪・中崎町の土地を若者向け店舗に貸し出し
「林業は国家百年の大計なり」で、林業開始
同社は、高知県を中心に徳島県、京都府、福井県、岐阜県で森林6458ヘクタールを所有。これは前述の通り、国土のおよそ6000分の1に相当するという。
ここで50~60年育てたスギやヒノキの原木を、丸太の状態で年間1万5000㎥から2万㎥ほど製材事業者や木材専門商社および市場を通して販売している。
1885年(明治18年)、現社長である中江康男氏の曽祖父にあたる中江種造氏が会社を興した。
同社は、創業当初から林業を行っていたわけではなかった。創業当時は銅鉱山経営を行い、西日本の各地に展開、拡大していった。特に熊本県の五木鉱山が有名で、ここでは近代化が図られたことで高品質な銅を産出した。その後「林業は国家百年の大計なり」という信念の下、植林事業を開始し、1898年の高知県を皮切りに京都府、徳島県、岐阜県、福井県と、徐々に山林の所有面積を増やしていった。それ以来、中江家は家業として代々林業を営んできた。

高知県本山町
なお第2次世界大戦後の農地解放により、当時の会社に残された資産の大半は山林と宅地のみと記録されている。

中江産業社有林所在地
高度経済成長期には建築の急増とともに木材の需要が高まる一方で、海外からの輸入が解禁され、1960年代の木材輸入自由化(特に1964年前後)以降、国産材の競争環境は大きく変化した。安い海外産木材の流入により国産木材の価格が急落し続けた。そのインパクトは大きいものだったが、幸いだったのは同社が並材と呼ばれる比較的安価な材木を多く扱っていたことだった。もともとの売値がそれほど高くない分、経済的な損失は高級材を扱う事業者よりは少なかった。1966年には岐阜県での植林を開始する運びとなった。
不動産を第2の柱に据えて尽力
康男社長が大学卒業後に勤めていた商社を辞め、実家の中江産業に入社したのは1987年のことだ。父が車で移動中に怪我をしたのを機に急に呼び戻された形だった。幸い大事に至ることはなかったため、そこから7年間は父の下、自社で業務を学んだ。
バブル期に大型の不動産投資とは無縁だった同社も、それまでの無借金経営に柔軟な投資姿勢を加え、徐々に不動産事業を第2の柱に成長させていった。
その後、商社勤務の弟(現専務取締役)も入社し、同社は本格的な不動産事業部門を立ち上げた。社員の育成にも取り組む中、信頼できるコンサルタントとの出会いもあり、不動産部門の売り上げを着実に伸ばしていったのだという。
康男社長は1995年に社長に就任。「山に木を植えるように、街に建物を建てる」という理念の下、もともと所有していた土地の有効活用と新規仕入れ開発の両方を展開した。
一方、康男社長は、社長就任後に尽力したことの一つに底地の整理を挙げる。農地解放の際に残された土地の中には市街地のものもあった。前述の中崎町など、その多くが底地で、収益性は低かったのだという。
康男社長は弁護士をはじめとした専門コンサルタントにも相談しながら借地権の解消に努めた。その結果、現在では当初の底地のうち5分の4程度の件数を所有権に戻し、マンション建設地や定期借家として活用できるようになった。
借地権の整理においては“借りたものは返すのが当たり前”という考えの下、法に基づき誠実に辛抱強く対話を重ねて理解を得た。昭和から平成、令和と時代が移り、旧借地借家法が制定された時代とは住宅事情が大きく変わってきたことも追い風となったという。
豊岡の名士、中江種造氏

中江種造氏は1846年、豊岡藩の下級武士の家に生まれ、武家である中江家の養子となった。
鳥羽伏見の戦いの際、砲術家として名高い久世治作氏との出会いから西洋理化学の重要性と化学の専門知識を習得。明治初期にはその知識を請われ造幣局に技術者として入職し、その後フランスの鉱山技師コワニエの助手として生野鉱山に勤務後、古河市兵衛の顧問技師となり古河鉱業の隆盛に多大な貢献をした。
得た富は積極的に郷里に還元。生誕地である兵庫県豊岡市で1902年に育英基金「中江済学会」を創設し、1921年には水道料収益金の一部を奨学基金とする条件で豊岡市上水道建設費の全額を寄付した。これらの基金は今も豊岡市奨学金として受け継がれている。同市の寿公園には種造氏の功績を称えた銅像が立ち、毎年5月11日には種造氏への感謝を捧げる「水道まつり」が行われている。
林業の新しい可能性を模索
不動産と林業は一見すると異なるようでも「土地や山という保有資産の有効活用」という点で共通している。長年積み上げてきた歴史は、山林事業にも不動産事業にも大きく役立っている。
現在は不動産事業による収入のほうが多く、30年前には7対3だった林業と不動産事業の売上比率は現在、ほぼ逆転している。しかし、同社は林業を大切に考えており、完全に不動産事業にシフトしようとは考えていない。不動産の収入で会社経営を安定させ、林業の新しい可能性を模索していく構えだ。
「自然資本の宝庫といわれる山林を預かる者としては、日本の国土と環境を守り抜くという役割を担っていることも忘れてはいけないと考えています。持続可能な森林経営を通じて、CO2吸収や希少な生命を育む生物多様性の保全に貢献し、豊かな保水力を高めることで山地災害を防ぐなど、健全な森が持つ多面的な機能を、確かな形で次世代に伝えたい」と康男社長は語る。
またこれからの林業は木材を売るだけではない。大きなビジネスとなる可能性を秘めているという。それが「カーボン・オフセットクレジット」だ。日常生活や経済活動で排出されるCO2。CO2削減が困難な企業などが、森林が吸収したCO2を「森林吸収クレジット」の形で購入することで排出量を相殺できるという考え方である。
国が認めた信頼性の高い森林吸収クレジットである「J―クレジット」は、東京証券取引所ですでに取引が開始されている。CO2削減が困難な企業がJ―クレジットを購入して削減目標を達成し、森林事業者はその資金を持続可能な森林整備に活用する仕組みだ。
同社は自社の森林で創出したJ―クレジットの在庫を8万トン所有している。さらに今後も持続的な森林整備により年間2万トンのクレジットを安定的に生み出していくという。
現在の取引相場は1トンあたり5000~6000円ほどで、これはEU(欧州連合)の3分の1から半額ほどだ。これが今後EU並みの値段になっていけば、その収益が衰退しつつある国内林業の大きなサポートになる見込みだという。2026年度から、一部大手企業に対して一定量のCO2削減が義務化されたこともあり、需要増が見込まれる。
アメリカのトランプ大統領がカーボン・オフセット自体に懐疑的だという不安材料はあるものの、世界の大富豪が森林を購入しているという現状を見ると、50年後、100年後に再び林業が花形になる時代がやって来る可能性もあるだろう。
インバウンド向けリゾート投資に着手
不動産事業では国内のインバウンド需要を見据えたリゾート投資に着手し始めた。2024年に購入したのが、長野県白馬村の高級コンドミニアムだ。スキーリゾートを求めてやってくる海外からの超富裕層をターゲットにしている。

長野県白馬村のコンドミニアム
政府目標では2030年にインバウンド6000万人、15兆円の経済規模が掲げられている。白馬村、北海道ニセコ町、長野県軽井沢町などの人気リゾート地をはじめとして、将来性も考慮しながら先入観にとらわれずに物件を探したという。今後、不動産事業ではこういった分散投資も研究していく。
「“山があるから林業を、土地があるから不動産を”今ある『人・物・金・情報』をいかに有効活用するか常に模索している」と康男社長は話す。
果敢な挑戦とリスクヘッジの徹底
自然資本の宝庫といわれる山林を預かる者としては、
日本の国土と環境を守り抜くという役割を担っている
ことも忘れてはいけない
同社はこれからも林業と不動産事業を両輪として経営を推し進める。加えて、新しい分野へ果敢に挑戦していく社内風土を醸成することも会社の成長には欠かせないと考えている。
過去には新たな事業として飲食業経営に乗り出し、うまくいかなかったこともあるというが、失敗を恐れずに挑戦することで得られる貴重な知識や経験の蓄積、「人材の育成と定着」「組織の活性化」など、表面的な失敗の中にも、将来に向けた目に見えない大きな財産を得られるという。

京都府綾部市
ただし、やみくもに挑戦することを推奨しているわけではない。そこには、綿密な計画と実行力はもとより、行動の規範となる「法令遵守」と「リスク最小化」を課している。同社ではリスクマネジメント委員会を設け、部門にかかわらず全社員が集まり、リスク回避の方策を反復徹底し、新たなリスクの発見に努めているという。
どんなに儲かる種であっても、少しでも法令に抵触するものや公序良俗に反するビジネスは決して対象とはしない。また、リスク最小化については、長年、鉱山業や林業という、常に危険と隣り合わせの事業を行ってきた歴史から、同社が自然に身に付け、今も脈々と受け継がれている経営の根底にある考え方である。
(2026年6月号掲載)














