<<築古という財産>>
古民家起点のまちづくり180件超
築古特有の「寒さ」も体験価値に転換
日本全国で課題となっている「空き家問題」。その解決策として、古民家を宿泊施設として再生・利活用する手法がある。しかし、古民家を宿に変えるだけでは「まちづくり」は持続性を持てない。NOTE(兵庫県丹波篠山市)は歴史的建築物の再生を起点に、地域の担い手育成や資金調達、運営までを一体で手掛ける独自のモデルを展開。全国約30地域・180棟超の実績から、その手法を聞いた。

NOTE(兵庫県丹波篠山市)
藤原岳史社長

各地域のリーダー見出す
NOTEは、歴史的建築物の活用を起点とした持続可能なエリアマネジメントを展開している。同社が手掛けるまちづくりのブランド「NIPPONIA(ニッポニア)」シリーズは、全国約30地域で180棟以上の古民家再生実績を持つ。同社は単なる物件の改修企画だけではなく、調査、計画、開発、運営までを一貫してプロデュースする「まちづくり事業」を掲げている。
同社の事業モデルの特徴は、各地域に自治を任せ、持続性を持たせる点だ。地域ごとに、地元の有力者や若手プレイヤーが参画する「まちづくり会社」をNOTEが立ち上げ、同社はその伴走者として経営ノウハウを提供するスタイルをとる。
このまちづくり会社のリーダーを選定するプロセスは、例えるなら「就活」だ。同社は開発着手前の約1年間、地域住民と「100年後の地域ビジョン」を語り合うワークショップを複数回開催する。
「各地域に自治を任せる場合に問題となりやすいのが、『自ら判断し、決定すること』のできる人が限られるということです。参加者の中から自ら主体的に動き、最後には『自分が責任を取る』という強い意思決定ができる人物を、ワークショップを通して見出していく。適任者が現れるまで、5年、6年と、事業をスタートさせずに待つこともあります」(藤原岳史社長)
仕組み金融を活用
経済的な持続性も重視する。資金調達面では、不動産としての担保価値が低く見積もられがちな古民家に対し、事業のキャッシュフローや将来性を評価する「仕組み金融」を活用。約30地域での成功事例という実績を積み上げることで、金融機関からの融資を可能にした。
さらに、専門的な運営を担う子会社、NIPPONIAオペレーションズや、資金調達を専門とするNIPPONIAコモンズパートナーズも設立し、まちづくり事業をより強固なものにしている。15年~20年かけて資金を回収するような資金調達ルートを確立し、補助金に依存しない自律的な地域再生を目指す。

Before

After NIPPONIAシリーズの「篠山城下町ホテル」。丹波篠山市で開業した。街の中にフロント、客室、レストランをあえて分散させて利用客の回遊性を高める「分散型ホテル」の形をとる
「ファン」の利用が7割
事業エリアの選定基準は「明治時代までに暮らしや文化があった場所か」だ。
「かつて日本の人口が約3000万人だった江戸後期から明治維新にかけて、各地には深い歴史を持つ祭りや食文化が根付いていました。利便性の高い都市部へ一極集中が進めば、これらの地域アイデンティティーは消失してしまいます。当社はあえて歴史の深い地域を再生の拠点に選び、日本人が忘れてはならない文化の断絶を防ぎたいと考えています」(藤原社長)
そのためには、交通の便が悪い場所にも人を呼び込む必要がある。そこで同社が行うのは「ファンづくり」だ。同社は宿泊客を「一日からの村人」と定義し、施設を町の中に点在させることで、ゲストが散歩中に住民とあいさつを交わすような自然な交流を促している。こうした体験が関係人口を創出し、利用客の約7割がブランドの理念に共感するファン層で占められるという結果を生んでいる。
建築手法においても「アフター・ビフォー」という、建築当時の姿に戻すアプローチを徹底。改修費は数千万円から数億円。最新の設備は水回りに限定し、あえて古民家特有の「隙間」や「冬の寒さ」を体験の一部として残すことで、リゾートホテルにはない付加価値を創出する。
「故郷がなくなる」危機感
同社のまちづくり事業の原点は、藤原社長自身のルーツにある。本社のある丹波篠山市で生まれ育った藤原社長は、高校卒業後は「早く町を出たい」という一心で都会へ向かった。前職はITベンチャー企業に勤め、2007年の上場を経験。だが、その達成後に自らの人生の目的に対する迷いが生じ、35歳の時に地元にUターンしたという。

Before

After 京都府南丹市にあるNIPPONIAシリーズの「美山鶴ヶ岡山の郷」。古民家4棟を客室にコンバージョンし、活用している。宿泊客は地元の伝統技術であるしめ縄づくりやそば打ちなどを体験することができる
「地元に戻り、かつて活気のあった故郷がシャッターや空き家だらけで寂れている現状を目の当たりにし、『このままでは故郷がなくなる』という強い危機感を抱きました。古民家という負の遺産を、地域の資産へと変える必要があると感じ、それが事業の原動力になっています」(藤原社長)
(2026年10月号掲載)






