<<不動産トラブルはこう裁かれた>>
実は他人事ではない不動産を巡るトホホな事件を紹介します
第2回
こっそり売られた借地権、2700万円請求の行方
◼ひそかに借地権を売却し、電光石火の買取請求
徳川鉄道は都心の一角に立つ「天下ビル」の地主です。天下ビルを共有する豊臣家の4兄弟のうち3人の依頼を受けた明智五郎弁護士は、ある日、徳川鉄道の不動産担当部長にこう切り出しました。「共有者の3人が、建物の持分を第三者に譲渡したいと考えています」。この時、徳川鉄道の担当者はこの「第三者」が徳川鉄道に2700万円を請求し、果ては訴訟を提起することになるとは、想像すらしていませんでした。
父の代からこのビルの1室を借地権付きで所有していたのは、豊臣家の兄弟4人でした。父が亡くなり、建物と借地権は遺産分割によって4人の共有となりました。
ところが、末弟だけが売却に反対し、共有関係は膠着状態に陥ってしまいました。困り果てたほかの兄弟3人は、明智弁護士を通じて、自分たちの持分(4分の3)を、不動産会社「維新キャピタル」に売却する契約を結びます。ただし、借地権の譲渡には、地主である徳川鉄道の承諾が必要です。ところが、3兄弟は、承諾を得ないまま、借地権の持分の売却という手段に出たのです。
「地主に黙って借地権を売ったのなら、地主はタダで借地権を取り戻せるのではないか」―。そう思う人がいるかもしれません。しかし、借地借家法には、建物を手に入れた側を守る「建物買取請求権」という権利が規定されています(囲み参照)。
明智弁護士はその後、冒頭にあるように徳川鉄道に正式な相談を持ちかけましたが、徳川鉄道担当者は「借地の細分化は認められない」「社内の説明がつかない」と難色を示します。譲渡先の名前こそ伝えられていたものの、徳川鉄道はあくまで再検討を求めるにとどまり、明確な結論は出しませんでした。
そうして、維新キャピタルは徳川鉄道の返事を待たずに、交渉からわずか1カ月あまり後に、建物の持分について移転登記を完了させてしまいます。(建物の登記さえあれば、借地権を主張できるためです)
そして3日後には、維新キャピタルの代理人になった明智弁護士が内容証明郵便で「徳川鉄道に承諾を拒まれた」との理由で借地借家法14条の建物買取請求権を行使する旨を通知。さらに、その数カ月後、建物の時価に加え「場所的利益」まで上乗せした約2700万円の支払いを求めて、維新キャピタルは徳川鉄道を訴えたのです。
借地契約において、以下の①の場合は借地権者、②の場合は建物の譲受人が、借地上の建物を地主に買い取らせることができる権利です。
①借地契約の期間満了後、主に地主の意向で契約が更新されない場合
②借地上の建物が譲渡された際、地主が借地権の譲渡・転貸を承諾しない場合(今回のケースはこちら)
地主の意思にかかわらず、請求した時点で売買契約が成立したものと見なされる権利(形成権)で、地主は建物を時価で買い取ることになります。
◼「拒絶により建物買取請求権は発生している」
維新キャピタルは「徳川鉄道が一貫して譲渡に難色を示していた以上、承諾拒絶は明らかであり、買取請求権は当然に発生している」と主張しました。
他方で徳川鉄道は、一度も明確に拒絶しておらず再検討を求めていたに過ぎないと反論。さらに、維新キャピタルはすでに持分を取得していた事実を隠したまま交渉を進め、難色を示されるや否や、登記を移し巨額の買取請求に及んだと指摘し、その振る舞いこそ不誠実だと訴えました。
裁判は意外な結末を迎えます。

◼「承諾拒絶」「買取請求権の発生」認めた裁判所
東京地裁は、まず徳川鉄道が「借地の細分化は認めない」という姿勢を崩さなかった経緯から、承諾拒絶の事実自体は認めました。買取請求権は形成権であり、いったん行使されれば売買契約が成立したのと同じ効果を生むため、維新キャピタルに買取請求権は発生したと認定したのです。これは徳川鉄道にとってなかなか厳しい状況だといえます。
しかし、裁判所の判断はそこで終わりませんでした。維新キャピタルは交渉の最中、すでに持分を取得していた事実を隠して交渉を進め、徳川鉄道が難色を示すや間髪入れずに登記を移転し、考え直す機会すら与えませんでした。裁判所はこの対応を「誠実な対応とはいえない」と断じ、買取請求権の行使が信義則に反すると判断。維新キャピタルの請求は棄却されました。信義則違反という「誠実さの評価」に委ねられた、非常に際どい判断だったといえそうです。
「権利があること」を認めながら「その権利を行使できること」が制限されるのはまれなケースです。この事件は、明確な意思表示を先延ばしにすると「承諾を拒絶した」と評価されるリスクも教えてくれます。
借地権者が地主の許可なく借地権を売ると無断譲渡になります。この場合、信頼関係が破壊されたとして地主は借地権をただで取り戻すことができます。ただし、そのためには契約解除の意思表示が必要です。
また借地権者が借地上の建物について譲渡や転貸することを地主が認めない時、借地権者は借地借家法19条に基づき、裁判所へ地主の代わりに許可を求めること(借地非訟)ができます。
今回は、地主が譲渡を承諾したのか拒んだのかがあいまいなまま、建物買取請求権が使われたのです。
※東京地方裁判所令和5年12月18日判決を参考に一部事案を改変しています。
※登場人物、社名、建物名はすべて仮名です。
牧野総合法律事務所弁護士法人(東京都千代田区)
牧野剛弁護士

[プロフィール]
不動産やIT、企業法務、相続などの問題に対応。元J-CASTニュース記者、元東京地裁民事調停官(2021~25年)
(2026年10月号掲載)






