<<名作に学ぶ地主と相続>>
第4回 今月の作品『犬神家の一族』
本家にどのように集約し、分家にいかにして報いるか
他者の排除へ駆り立てる動機
「本家は長男に継がせる。それは家族みんながわかっていました。問題は、どの土地まで長男に集め、ほかの子に何を渡すかでした」
地主家の相続では、跡取りが決まっても話は終わりません。むしろ、そこからが難しい。自宅、先祖代々の農地、貸地、収益物件、管理会社の株式。これらを後継者に集めなければ、家の経営は弱くなります。かといって集めすぎれば、ほかのきょうだいには「長男だけが得をした」と映るのです。
しかも、渡す財産の性質によって受け取り方は変わります。預金は使えばなくなり、土地は代々残ると感じる人もいる。反対に土地を相続する側は、借り入れや修繕、管理の責任まで背負うと考える。同じ額面でも、重みは同じではないのです。

著者:横溝正史 出版社:KADOKAWA╱角川文庫
跡取りは決まっている。だからこそ悩ましいのです。後継者以外のきょうだいに何を渡し、その差をどう説明するか。地主家の相続は「集める」ことと「報いる」ことの間で揺れます。
この難題を、最も極端な形で描いた作品が、横溝正史の「犬神家の一族」です。以下、犯人を含むネタバレがあります。
第2次世界大戦後間もない信州。製糸業で巨万の富を築いた犬神佐兵衛が、奇妙な遺言を残して亡くなります。一族の外の人間と見られていた野々宮珠世に、全財産と全事業を譲る。ただし珠世は、佐兵衛の3人の孫、佐清 ・佐武 ・佐智 のうち1人を配偶者に選ばなければならない。誰が選ばれ、誰が生き残るかによって財産の行方が変わる、複雑な遺言でした。
やがて3種の家宝「斧 ・琴・菊」になぞられた殺人が相次ぎ、長女・松子が犯人であることが明らかになります。松子は、自分の息子である佐清を犬神家の後継者にするため、ほかの者を次々と排除していったのです。
ここで松子を動かしていたのは、金銭欲だけではありませんでした。犯行が露見すれば、自分の人生を失い、愛する息子にも消えない傷を残す。それでも実行したのは、財産を得るためというより、佐清を「正統な跡取り」として認めさせるためだったのです。
松子は3姉妹の長女であり、夫をすでに亡くしていました。自分こそが本家を支え、その息子こそが次の当主になる。その確信を、佐兵衛の死後、遺言によって覆されます。松子が奪われたと感じたのは、財産だけではありません。「誰が本家なのか」という正統性そのものだったのです。
地主家ならではの配分方法
佐兵衛の遺言は、均等に分ける内容ではありません。むしろ、家の財産と事業を1つの系統に集中させる意図があるものでした。珠世と犬神姓を持つ孫の1人を結婚させ、そこへ全財産と全事業を集めようとしたのです。婚姻によって、いわば「新しい本家」をつくる構想です。
しかし、珠世が承継できない場合には、全事業を佐清に継がせ、佐武と佐智に補佐させる。そして事業以外の財産は、別の系統にも配分する設計でした。事業の承継先と、それ以外の財産の行き先を分け、本家に経営を集中させながら、ほかの系統にも手当てをしていたのです。

この方法は、現代の地主家にも通じます。後継者には、自宅や中核の土地、管理会社株式を集中させる。ほかのきょうだいには、現金、換価しやすい資産、保険金で報いる。すべてを同じ割合で分ければいいわけではありません。公平と均等は、同じではないのです。
問題は、佐兵衛の配分に、家を守る合理性だけでなく、過去の愛情、罪悪感、復讐心まで入り込んでいたことでした。しかも、誰かが死ねば別の誰かの取得分が増える。遺言が、家族を競わせる台本になってしまったのです。
地主家に必要なのは均等な相続ではありません。理由のある不均等と、説明された配慮です。
家の方針は早めに共有すべき
実務でも、後継者に財産を集めること自体が悪いわけではありません。貸地や収益物件を細かく共有させれば、売却、建て替え、修繕、借り入れのたびに権利者間の調整が要る。世代が進むほど共有者は増え、経営判断が止まることもあるでしょう。
だからこそ、何を本家に残し、何をほかの子どもに渡すのかを、生前から設計することが必要です。後継者が背負う借り入れや管理責任は数字にして明示する。ほかのきょうだいには、代償金や換価可能な資産を用意する。
配慮は、代償金だけで終わりません。差をつける理由を言葉にする必要があります。後継者が引き受ける債務や管理負担、将来の修繕費まで示し、節目には経営方針を説明する。財産を持たないことと、家族として軽んじられることを、混同させない工夫が要ります。本家に財産を集めるのは、特権を与えるためではなく、責任を果たさせるためだと共有しなければなりません。
佐兵衛のもう一つの失敗は、その理由を伝えなかったことでした。なぜ珠世なのか。なぜ佐清に事業を継がせるのか。物語の最後まで読めば、その背後にある恩義や愛情が確かに見えてきます。しかし、松子たちはそれを知りませんでした。
理由の語られない差は、残された家族の目には、しばしば差別として映ります。
付言事項、特定の人への手紙、生前の家族会議、専門家を交えた説明の場。方法は1つではありません。大切なのは、遺言書を開封した日に初めて家の方針を知る、という事態を避けることです。
犬神家の一族は、莫大な財産が人を狂わせる物語である以上に、遺言によって「誰が本家か」を書き換えた結果、外された系統が反発する物語です。
本家を守る相続は、分家を切り捨てる相続であってはなりません。土地を集めるだけでは家は守れず、外された系統の不満は、いつか本家の経営そのものを揺らします。ほかの家族の納得まで設計して、初めて承継になるのです。
説明がないままつけられた差は悲劇を生む
税理士法人レガシィ(東京都中央区)
天野大輔代表社員税理士・公認会計士
慶応義塾大学大学院文学研究科修了。2015年、税理士法人レガシィへ入社。相続実務、事業承継・M&A(合併・買収)コンサルティング、デジタルサービス企画・開発に従事。21年、グループ代表に就任。
(2026年10月号掲載)






