登記忘れの隙を突き底地を買いたたいた末路

コラムこう裁かれた

<<不動産トラブルはこう裁かれた>> 

実は他人事ではない不動産を巡るトホホな事件を紹介します

第3回
登記忘れの隙を突いた底地買いたたき大作戦の末路

建物の登記をしていなかった借地人と、そこに目をつけた不動産のプロ。法律のルールだけを見れば、勝負は最初から決まっているようにも思えます。果たして――。

◼半世紀の「うっかり」が招く大トラブル

 80歳を過ぎた福田庄治氏は、およそ50年前に東京・目白に土地を借り、賃貸アパート「角福荘」を建てて賃貸事業を営んできました。持病を患い、高齢で就労が難しい福田氏は、この角福荘の家賃収入を生活の糧としてきました。建物は老朽化が進み、今では入居者も1人だけ。それでもこの家賃収入は生活を支える細い頼みの綱でした。

 しかし、50年以上前に建てた角福荘の所有権登記を、福田氏はずっと済ませていなかったのです。借地権は、建物の登記があって初めて新しい地主にも対抗できます。そして、半世紀も登記を忘れた福田氏と、その隙を突いた不動産事業者の攻防が、裁判所で繰り広げられることになります。福田氏は賃貸経営を始めて半世紀も過ぎた頃に、自分が「被告」として、この角福荘を守るために闘うことになるとは、知る由もありませんでした。

◼登記前にひそかに進められた底地の売却

 この土地の売却話が持ち上がった時、買い手の席についたのが不動産事業者・田中興産でした。担当者は物件を調べ、福田氏の借地権に対抗要件がないこと(角福荘の所有権登記がなされていないこと)を知りました。

 売主である列島改造不動産管理の担当者から田中興産に届いたメールにはこうありました。「借地人・福田さまへの連絡は、登記移転前は絶対にしないでください。建物が未登記のため、福田氏が借地権を有していることは前の地主と当社しか知りません」。

 これに、田中興産の担当者は「交渉難易度が高めということで1500万円なら購入します」と返信。成立した売買代金は1600万円、査定すれば1億円超にもなる土地が、相場の1〜2割の価格で取引されました。

 田中興産は「境界非明示や契約不適合責任の排除といった特約があり、不当な安値ではない」と主張していますが、実際には借地権価格(70%)が控除されたことで、売買価格が大幅に減額されていました。

 登記が完了した直後、田中興産は福田氏に「建物が未登記のため、賃貸借契約は当社には引き継がれません」と通知し、明け渡しを求めましたが、交渉は決裂。田中興産は、建物収去と土地明け渡し、賃料相当額の損害金の支払いを福田氏に求めて訴えを提起したのです。

 田中興産は、角福荘はすでに老朽化が進み入居者も1人だけであること、福田氏自身がそこに住んでいるわけでもないことを挙げ、「明け渡しを求めても福田氏に大きな不利益はないはずだ」とも主張しました。

対抗とは

自分の権利や法律上の地位を守るために、当事者間だけでなく第三者に対しても主張すること。借地人は借地上の建物を登記していれば、地主が変わっても借地権を新しい地主(第三者)に対抗(主張)できますが、今回のように建物が未登記の場合、原則として対抗できません。

 

◼「信義則上許される自由競争の枠を逸脱」

 裁判所も、田中興産の指摘どおり、アパートが老朽化し入居者が1人だけであることは認め、福田氏が土地を使う必要性は「相当程度低下している」としました。また福田氏が登記を50年以上怠っていた点も「相当に大きい落ち度」であると認めています。しかし、田中興産は現地調査などを通じて借地権の存在を十分に認識したうえで土地を仕入れており、福田氏の登記漏れによって「予想外の不利益を被ったわけではない」として、この登記漏れという落ち度を殊更に重視することはできないと退けました。

 決め手となったのは、借地権の負担を織り込んだ破格の安値(実勢価格の1~2割)で仕入れながら、福田氏が登記する機会を与えぬよう列島改造不動産管理と口裏を合わせ、登記完了と同時に態度を翻して明け渡しを迫った、という一連の振る舞いです。裁判所はこれを「信義則上許される自由競争の枠を逸脱するもの」と断じ、田中興産を「背信的悪意者」と認定。田中興産の請求をすべて棄却しました。

 法律のルールは冷酷です。しかしそれを悪用する不誠実な振る舞いに対しては、背信的悪意者として排除されるという鉄ついが下されることもあります。とはいえ、一番の自衛策は「権利関係(登記)をしっかり整えておくこと」。福田氏も、登記さえしていれば半世紀後にこんなトラブルに巻き込まれることはなかったはずです。

※東京地方裁判所令和7年2月27日判決を参考に一部事案を改変しています。
※登場人物、社名、建物名はすべて仮名です。

牧野総合法律事務所弁護士法人(東京都千代田区)
牧野剛弁護士

[プロフィール]
不動産やIT、企業法務、相続などの問題に対応。元J-CASTニュース記者、元東京地裁民事調停官(2021~25年)


(2026年11月号掲載)

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