<<THE 遺言書 ~遺言書を使いこなす~>>
第3回 遺言書作成の思わぬ落とし穴
6〜7月号で、遺言書があることのメリットと、遺言書の具体的な作り方について紹介した。では、遺言書があれば相続が万事うまく運ぶかといえば、実はそうではない。今号ではきちんとした遺言書があっても起こり得る意外なトラブルの事例を見ていく。
遺言書は万能ではない
遺言よりも優先される 最低限保障された遺留分
形式的に有効な遺言書であれば、その内容のとおりに相続を進めるのが原則だ。ただし、遺言書を不備なく完成させて形式的に有効であっても、場合によっては意図したとおりに相続が進まないことがある。
例えば、被相続人である父親が「全財産を○○(家族以外の第三者)に譲渡する」と遺言書に書き残した場合、妻や子ら家族の法定相続人から不満が出て、その遺言自体がひっくり返されることがある。
というのも、法定相続人には、相続財産のうち最低限の取り分が法律上保障されているからだ。この最低限の取り分のことを遺留分という。
遺留分を有することを認められているのは、被相続人の配偶者と子ども、または子どもの代襲相続人(孫)ならびに直系尊属(父母や祖父母)など。被相続人のきょうだいには遺留分は認められていない。
では、相続財産のうちどれだけの割合が遺留分となるのか。これは法定相続分と見比べるとわかりやすい。下図に相続人のパターン別に示した。

相続人が配偶者のみの場合は法定相続分は100%、遺留分は2分の1。相続人が配偶者と子の場合は、法定相続分は配偶者と子で2分の1ずつ、遺留分は4分の1ずつとなっている。このように、ほとんどの場合で法定相続分の半分となっている。なお配偶者と子、子のみ、配偶者と直系尊属、直系尊属のみ、いずれの場合でも、子や直系尊属が複数人いれば人数で均等割りになる。
不満ある法定相続人が起こす遺留分侵害額請求に注意
前述の例のように、本来、法定相続人として一定の財産をもらえるはずだった人が遺言によって外されてしまった場合、「遺留分が侵害された」と表現される。そこで、もしも遺言によって遺留分が侵害された(もらえる財産が遺留分に満たない)相続人がいた場合、その相続人は侵害した側(多くの相続財産を受け継いだ相続人)に対して遺留分に不足している分を請求することができる。これを遺留分侵害額請求という。
実際、前述の例のような家族ではない第三者に遺産のすべてを相続させるといった遺言内容の場合、遺産を受け取れずに納得がいかない法定相続人が遺留分侵害額請求を起こす可能性は高い。
もっとも、このような極端なケースでなくとも、例えば長男に多くの財産が残るような遺言に対して、ほかのきょうだいが遺留分侵害額請求を起こすことも珍しくない。
実際に請求が起こされると、一般的には遺留分を侵害された人と侵害した人とで話し合いが持たれる。ただ、そこで双方が合意しなければ家庭裁判所での調停となり、それでも合意に至らない場合は訴訟に発展することになる。

請求を受けた際にまず確認 争点となるポイント
遺留分侵害額請求を起こされた側は、まず次の点を確認する必要がある。
一、請求者が遺留分請求の権利を有しているか
二、請求者が請求の期限を守っているか
三、請求者の請求額が妥当かどうか
一つ目は、前述したように請求できる権利者は法律で決まっているため、まずその確認が必要だ。
二つ目は、遺留分侵害額請求を行うことができるのは、相続が発生したことと侵害されていることを知ってから1年以内という期限がある点。相続発生と侵害の事実を知らなかった場合でも、相続開始から10年が過ぎると請求はできない。
三つ目は、そもそもの相続財産額の計算に関わってくる問題だ。特に相続財産に不動産が含まれる場合には注意したい。
評価方法によっては不動産評価額に違いが生じ、相続財産の総額も変わってくるからだ。すると必然的に遺留分の額も違ってくる。
「遺言さえあれば大丈夫」と考えられがちだが、遺留分侵害額請求が行われるケースは意外なほど多い。十分に留意したいところだ。
やってはいけない共有とは
不動産の共有に注意 数々のリスクをもたらす
「不動産の共有」にも注意が必要だ。主に不動産を引き継がせることになるであろう地主や家主は遺言で避けたほうがいい。
「先祖代々受け継いできた土地や実家を子どもたちに引き継がせたい」「自分が先立った後は残された妻が引き続き実家に住み、子どもたちと共有すればいい」「賃貸不動産を子どもたちで共有して、引き続き経営してほしい」など、事情はさまざまだろう。
またそこには「皆で平等に」や「お互いに協力し合って」という思いもあるかもしれない。だからといって、安易に遺言書に不動産の共有をするように記すと、これが落とし穴になって、いろいろなリスクを生むのだ。主なものを次に挙げる。
リスク1
全員の合意が得られず売却しにくい
最も典型的なリスクが売却しにくい点。持ち分のみではなく不動産全体を売る際には、共有者全員の合意が必要になる。このとき、ほとんどの場合で共有者間で意見が合わない。「売りたい」「売らずに所有し続けたい」「賃貸で収入を得たい」といったさまざまな思惑が交錯するからだ。
たとえ売却の方向性が一致したとしても、売却の時期によっては合意に至らないことも珍しくない。現金化のために売却が必要な場合には迅速に対応することが難しい。
リスク2
建て替え・大規模修繕が困難
建て替えや大規模修繕をする場合も共有者全員の合意が必要になる。売却の場合と同様に、さまざまな意見が行き交い、合意形成が難しい。仮に老朽化した不動産を共有していて、建て替え・大規模修繕の決断ができないままでいると、物件の価値も下がっていく。
リスク3
固定資産税や維持管理費の負担でもめる
共有不動産の固定資産税や維持管理費は、共有者それぞれが持ち分の割合に応じて負担するのが原則だ。
持ち分の割合が違えば負担もそれに応じたものとなり、相続人の間で納得しやすいだろう。一方で、気を付けたいのが持ち分が平等のとき。例えば、実家を子どもたち複数人が共有で相続し、そのうち1人が実家に住んでいるケース。居住している相続人は「自分が住みながら物件を管理している」と考えがちだが、一方で居住していない相続人は「自分は住んでいないのに、なぜ税金や維持管理費の負担が同じ割合なのか」と感じ、そのすれ違いからもめ事に発展する可能性がある。
リスク4
相続が重なると権利関係が複雑化する
共有者が亡くなると、その人の持ち分は相続財産となる。
例えば、親から不動産を共有で相続した兄弟3人がいたとする。持ち分は3分の1ずつ。このうち長男が亡くなれば、長男の持ち分は相続財産となる。長男の相続人に妻と子ども2人がいれば、3分の1のうち半分が妻に、残りの半分は子ども2人で分け合う。仮に次男も亡くなれば、次男の相続人が持ち分を相続する。
このように、相続が繰り返されると持ち分がどんどん細分化され、共有者の人数も増えていく。こうなっては売却や大規模修繕をするにも共有者全員の合意に至るのは極めて難しくなる。
リスク5
共有持ち分を第三者に売却される
不動産全体を売る場合と違い、共有持ち分それ自体は、単独で第三者に売ることができる。またその際は、ほかの共有者の同意も必要ない。
前述の兄弟3人を例にすると、長男がお金に困ったときに自分の持ち分を次男、三男に相談することなく(次男、三男が売却に反対であっても)第三者に売ることが可能だ。
家族ではない第三者が共有者となれば、利害が対立する恐れが増すだろう。その第三者が不動産会社であれば、ほかの共有者に対して共有持ち分の買い取りを要求してくる可能性もある。

不動産を共有させないで済む主な遺言内容の工夫
不動産の共有を避けるためには、主に次の三つを遺言する方法がある。
①代償分割
代償分割とは、特定の相続人1人が不動産を相続する代わりに、ほかの相続人に代償金を支払うもの。これにより不動産は単独所有になり、売却や大規模修繕の際の意思決定がスムーズになる。ただし、代償金としてある程度の現金を用意する必要がある。
②換価分割
換価分割とは、相続した不動産を売却し、それで得た現金を相続人間で分けるもの。分割しにくい不動産と違い、現金だと平等に分けることができる。一方で相続した不動産を手放すことにもなる。
③土地の分筆
土地を分筆して、相続人それぞれに単独所有させることで共有を避ける方法もある。ただし、分筆することで土地が狭くなり、場合によっては使い勝手が悪くなったり売れにくくなったりすることもある。
もめる根本原因は感情の対立
仲が良いきょうだいだからこそ危険な理由
これまで3号にわたり、相続争いを未然に防ぐ有効な手段として遺言書について見てきた。では、そもそも相続争いが起きてしまう原因とは何か。根本にあるのは感情の対立だ。
相続において「きょうだいの仲が良ければ争いに発展しない」と思われる節もある。しかしながら、この認識は誤解であり、むしろ危険をはらんでいるといっていい。
例えば、波風が立たないようにお互いが長年にわたって遠慮をし続けてきた可能性もある。はたから見れば仲が良くても、親の介護負担の不公平感のほか、親からの生前贈与の差や期待の偏りなどで内心不満がたまっているかもしれない。この不満が相続と向き合う中で爆発してしまう危険性もあるのだ。
また仲が良いがゆえに「親やほかのきょうだいを信用している」という認識も危ない。自らの期待とは裏腹な遺言内容、相続内容だったり、あるきょうだいだけが生前贈与を受けていたりしたら「裏切られた」という気持ちになり、憎しみの感情が生まれる恐れもある。
相続人の受け止め方次第で、もめるはずがなかった相続でもめることになるのだ。遺言書の作成にあたって、最後に大切なのはお互いの感情を否定しないことかもしれない。
(2026年8月号掲載)






