【連載】地主系弁護士が伝授する家主のための交渉講座

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敷金返還請求への対処方法

 借主から退去後に「敷金を満額返してほしい」と言われた場合、どのように対応すればいいでしょうか。敷金は退去時、原状回復費と相殺するため、費用が発生する場合は満額返済とはなりません。

 交渉を申し込まれたときは、返答をする前に必ず「交渉が決裂した場合の代替案(BATNA:バトナ)」を検討する必要があります。この場合のBATNAは裁判になります。そのため、裁判官がどのような判決を下すかを予測しなければなりません。

ガイドラインから判決を予測

 裁判では、国土交通省が定めた「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が主な基準となります。

 借主が普通に生活していて発生するような損傷(通常損耗)については、例えば、壁の日焼けや畳の変色などは、修繕費用を元借主に請求できないと判断されます。通常損耗は家賃でカバーされていると考えるからです。

 一方、元借主の子どもが壁に落書きをした、結露が原因でカビが発生したのに放置したなどの場合は、通常の使用による発生を超える損傷として、その修繕費用を元借主に請求できます。

 しかし、通常損耗を超える損傷であっても、全額を請求できるわけではありません。裁判では、クロスは減価償却により6年で価値がほぼ0円になると判断されるからです。また、クロスに落書きや傷があったとしても、原則としてその傷のある面だけの貼り替えにかかる費用しか元借主に請求できません。

 このように、同ガイドラインは家主にとって非常に厳しい内容です。

裁判前に妥当な金額を提示

 しかし、裁判になる前に交渉できることが一つだけあります。時間の経過とともに価値が低下するのはクロスの材料部分です。クロスを貼るための人件費については、元借主に請求することができる可能性があります。

 このポイントを押さえるために、工事事業者には、材料費と人件費を区別した見積書を作成してもらってください。

 そして、材料と工賃を区別した見積書に基づいて、元借主に「裁判になってもこのくらいの金額が認められると考えます」と根拠を明らかにしたうえで、交渉してください。

 元借主も裁判になるのは避けたいでしょう。妥当な金額とわかれば納得してもらえるはずです。

★今月の一言
借主から敷金の満額返済を求められた場合
交渉のポイントを押さえて根拠を示す

弁護士法人 隼綜合法律事務所
加藤幸英弁護士(50)

プロフィール
28歳で父から5棟(100戸)の収益物件を相続し、その後38歳で弁護士となる。不動産オーナーからの弁護依頼の実績多数。ユーチューブチャンネル「弁護士かとう」(2023年4月でのチャンネル登録者数は1万8500人)を運営し、賃貸経営に役立つ情報などを発信している。

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