三方よしの建築を目指す工務店の流儀 ―新宅工務店

土地活用賃貸住宅

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オーナーも、自社も、地域も
三方よしの建築を目指す工務店の流儀

 創業以来69年、大阪市都島区を拠点に150棟、3000戸を超える賃貸住宅を建設してきた新宅工務店。木造からRC造まで幅広い工法に対応する技術力を磨くだけでなく「オーナーが利益を上げられる建物でなければ意味がない」という経営姿勢を貫いてきた。地域との信頼関係を築きながら成長を続けてきた同社が今取り組むのは、採算が合う新築への挑戦だ。

新宅工務店(大阪市)
池田正雄 社長

技術力と品質

技術者を育て守る風土で 住みたい・高品質な賃貸を建築

 「入居者にとっては長く住みたくなる建物、オーナーにとっては資産価値が維持される建物であること。この2つを同時に実現することが当社のこだわりです」と池田正雄社長は話す。

 土地などの条件に合わせて最適な建物を建てるため、木造、鉄骨造、RC造といった、あらゆる工法に対応する柔軟性が同社の強みだ。それぞれに多くの実績がある。

 建築のこだわりは、住む人の安心と健康を守ること、環境に優しいこと、デザイン性が高いこと。低層の木造では耐震性とデザイン性に優れた「SE構法」の採用に力を入れている。構造計算により耐震等級3を確保しつつ、吹き抜けや大空間をつくることができ、躯体と内装を別に造るスケルトン・インフィルで設計の自由度が高い構法だ。低中層の建物に対応する。実際、同社の社屋もSE構法による木造ビルである。

 また同社には1級建築士が7人、1級建築施工管理技士が6人、宅地建物取引士が3人おり、社員の60%が国家資格を取得している。経験や知識を次世代に引き継げる社風の中で技術者を育て、建築・不動産のプロ集団として、お客さまの悩みを解決するとともに、最高のサービスと質の高い建物の提供に努めているという。「自己研鑽けんさんと地域への貢献が重要と考える 社員は、その理念に共感して長く在籍してくれます。そんな彼らの知見が組織に蓄積されていくことで、品質も向上していると感じます」(池田社長)

 このように同社は、質のいい建物を研究し、継続的に実績を重ねることで、地域からの信頼を得てきた。

本社兼ショールームは、関西では最大規模のSE構法による木造ビル。セミナーやイベントの会場としても活用でき、地域のシンボルとなっている

オーナーの収益を考慮

顧客の事業がうまくいってこそ 品質・工期を守りつつ低価格設定

 品質の高さにこだわりつつも、同社はオーナーの収益性を考えた価格を設定している。「賃貸共同住宅の場合、建築費が高騰している現在でも、表面利回りを最低でも7%は確保しないと、オーナーにとって事業性があるとはいえないと思います。オーナーの事業がうまくいってこそ次の注文やほかの案件の紹介につながるわけで、オーナー、自社、協力業者の3者すべてが利益を得られる構造が大切です」(池田社長)

 同社が低価格ながら品質と約束した工期を守れるのは、前述の“技術者を育てる風土”により技術職の熟練度が高いことが大きい。それに加えて、RC造に関しては、2019年にユーミーマンションのフランチャイズチェーン(FC)に加盟したことで、設計や仕入れのコストを下げている。

 RC造共同住宅(ユーミー仕様)の場合、同社では坪単価100万〜120万円台で建築する(取材時点)。「現在の大阪の相場は、平均坪単価130万〜150万円程度だと思います。でも、それではオーナー側の採算が合わないのです。より低価格を提示する事業者もあるでしょう。しかし、そうなると工期が延びたり品質管理ができていなかったりという問題が出てくるケースが多いのが現実です」(池田社長)

開発物件第1号となった都島区のY&Mスパジオ友渕

 ユーミーマンションの仕様と自社独自のデザインを組み合わせることで、オーナーの要望に沿った建物を造ってきたという。

 「その物件だけが収益性を上げればいいのではありません。周辺状況を考慮し、質のいい建物のある街並みと住環境を維持していくことが重要だと考えています。お客さまには常に誠実でありたいですし、時には利益より信頼と絆を優先することも必要です」(池田社長)

 同社が地盤としている大阪市の北東部に位置する都島区は、市の中心地である梅田エリアへ数駅でアクセスでき、利便性が高い。スーパーや学校も多くあり、ファミリー層に人気の街だ。古くからの住人と、新しく住まう人が調和する住宅街となっている。

 創業以来同社は、徹底した地域密着を実践し、戦後の都島区の発展とともに規模と実績を伸ばしてきた。手がける建物はRC造を中心に、鉄骨造、木造の賃貸マンションや戸建て住宅、社屋、工場、民泊・ホテル、高齢者向け施設、幼稚園など多岐にわたる。

 現在の売上比率は賃貸共同住宅建設が6割、社屋や民泊、高齢者向け施設などの非住宅施設が2割、残りの2割が戸建て住宅や改修・リノベーションとなっている。賃貸共同住宅の建築や土地活用が同社の主力事業で、近年の年間売上高は15億円規模で推移している。

 賃貸共同住宅に関しては、企画から設計、施工、建物管理まで、少数精鋭で、かつワンストップで行える点が強み。同社所有物件と管理委託物件を合わせて約900戸を管理しているが、施工のプロとしての安心感と対応の早さが好評で、管理物件の入居率は常に98%を超えているという。

人と人とのつながりが財産

創業者の思いを今に受け継ぎ 持ちつ持たれつの好循環へ

 同社は1957年に創業。以来、一貫して都島区の人々と共に歩み続けてきた。

 かつてこのエリアは、いわゆる大阪の商業地ではなく、大川(旧淀川)の水運と城下町経済に支えられた近郊農村だった。市街地化した今も、古くからの地主や地元商店主らとの“人の縁”を大切にする土地柄だ。

 創業者の思いは「規模は小さくとも、熟練した大工の技術により地域の人たちに安心して暮らせるいい家を届けたい」というもので、これは現在も社内に伝えられている。その象徴ともいえる、初代の使っていた大工道具は社内で大切に保管されているという。

 創業当初は地域の人たちの注文戸建て住宅を建てていたが、バブル景気が本格化する88年ごろから、地主の「土地活用がしたい」という声が届き始めた。これを契機に個人向けの住宅だけでなく、賃貸共同住宅やテナントビルなどの特殊建築物が事業の中心となっていったのだという。エリアの要望に応える形で、同社が扱う建物も増えていったのだ。

 池田社長の入社は83年。池田社長は、ちょうど住宅需要が土地活用需要へと移り変わる、まさに過渡期を経験した、たたき上げの人材である。バブル期にはマンション建設の現場を多く経験した。働きながら20代で1級建築士や1級建築施工管理技士、宅地建物取引士の資格を取得。30代では現場監督としてたくさんの経験を積んだ。

 転機を迎えたのは50歳の時。2012年に当時の社長が突然逝去したのだ。それにより、代表権を持つ専務として経営に参画することになった。以来、技術者の視点を生かしながら経営に取り組んできた。

 社長に就任後、17年には会社を資産管理会社と本業である工務店とに分割した。創業家には資産管理会社を引き継いでもらい、池田社長が工務店経営をすべて引き継ぐことにするためだ。分社後、個人で工務店の株を取得して経営権を得たという。

 これまで以上に責任を持つ立場となった池田社長は、エリアと自社の共存共栄により思いをはせるようになった。「建築会社を探しているというお客さまが、地域の人から『新宅工務店に相談したら』と勧めてもらい、そのことがきっかけで仕事のご縁が生まれたことは、何事にも代え難い喜びでした。このようなつながりが仕事のモチベーションになっています」と話す池田社長。地域と自社のギブアンドテイクという好循環ができているのだ。

 「この地域で積み上げた実績と信頼により、70年という長きにわたり事業経営を続けられていることが、当社の財産です」(池田社長)

地域と成長する未来

木造ビルでコストダウン 新築しやすいマンション目指す

 27年の70周年の節目には、純木造ビルやZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)共同住宅、築古ビルの再生に挑戦しようと考えている。そして、創業80周年に向かう次の10年を支える“武器”へと成長させることを目指す。

 「経営者となり、数字にも慣れた頃『単に現状を維持することは会社の衰退を意味する』という意識が芽生えました。新しいことにチャレンジし、失敗を恐れず社員と会社の成長を願う日々です」(池田社長)

 具体的には、近隣の企業と連携し、3階建てのビルを企画・設計中だという。1階が店舗で、2、3階が1フロア1戸のファミリー向け賃貸共同住宅だ。「RC造の建物の建築費と比較して、5~10%のコスト削減を図ります。オーナーに“きちんと利益が上がる”ことを示せれば、昨今厳しいといわれている新築マンションも事業として検討できるようになるでしょう。また1981年以降に建てられた新耐震基準の築古物件を、用途変更などによりよみがえらせるリノベ事業にも注力したいと思っています。過去の栄光にとらわれず、建築の在り方を変える第一歩になれば、うれしい限りです」(池田社長)

 同社はこれからも、向上心と技術力を武器に、誠実な経営と変革を軸として、社員と共に一歩一歩成長を続けていく考えだ。
(2026年10月号)

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