地主の挑戦 歴史・文化を重視し地域と共存共栄図る

賃貸経営地域活性

歴史・文化を重視し地域と共存共栄図る

やまむろ
(横浜市神奈川区)
山室興作取締役(36)

 首都圏で人気の高い東急電鉄東横線。江戸時代から続く山室家は、同線の白楽駅の近隣エリアに土地を所有する。戦後に商業で栄えた町ではあるが、高齢化が進む中、山室家の長男であり、やまむろ(横浜市)の取締を務める山室興作氏が地域とのつながりを考えた新たな不動産活用に取り組む。山室取締役は次世代の地主がどのように地域と向き合って共存共栄できるのかを模索しながら、プロジェクトを遂行している。

▲増改築が繰り返された元質屋の多目的複合施設、ロッカクパッチ

借地権の買い戻しを機に再生

 東急電鉄東横線の白楽駅を降りて200mほど歩くと、昭和レトロを感じるにぎやかな六角橋商店街が広がる。その商店街の脇道に一風変わった2階建ての建物がある。2023年3月にオープンした多目的複合施設「ロッカクパッチ」だ。

 1階にはコーヒースタンドと共有ラウンジ、住居、そして、併設する蔵を使ったコンセプトショップ&ギャラリーがある。2階には四つのオフィスが入っている。

 建物の前にあるベンチや共有ラウンジで、商店街の買い物客が一休みをしたり、1階のコーヒースタンドでコーヒーを買った人が飲んだりする光景が日常的だという。

 「コーヒースタンドがあることで施設の魅力を高められると思いました。また六角橋エリアのイキイキ・ワクワク感をもっと膨らませたかったのです。いい出会いがあって、『Hello from…Coffee(ハロー・フローム・コーヒー)』に入居してもらえてよかったです」

 こう笑顔で話すのは、山室氏だ。同プロジェクトを主導した山室氏は借地権を買い戻したことをきっかけに、元質屋だった建物を地域の人が集まる拠点になるようにリノベーションした。

 Hello from…Coffeeを経営する2人はそれぞれ国内外で修業したバリスタと焙煎士。このコーヒースタンドが施設とエリアの魅力を高める起爆剤になると思った山室氏は、改修している時から募集した。その作戦は奏功し、コーヒースタンドがある複合施設ということで、2階のオフィス4区画はスムーズに入居者が決まった。

 オフィスの入居者の顔触れは、ローカルメディア運営者や建築家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナーだ。入居募集はスムーズに進んだが、その一方で、リノベ工事には苦労したという。

 ロッカクパッチは建物自体にポテンシャルがあるものの、築年数は不明なうえに増改築が繰り返され、工事を始めなければ、建物の構造がわからなかった。リノベを依頼した建築家の石井大吾氏は、工務店、構造設計士とともに複雑な建物の要素を一つ一つ解明しながら、リノベを進めた。

 優先したのは、耐震補強。内装はもともと使っていた建具や工事で出た端材を使うことで、レトロな雰囲気を演出している。

▲六角橋エリアで展開する「六角橋プロジェクト」

住民がつくり上げた六角橋

 手間を掛けながらも、ロッカクパッチをつくり上げたのは、山室氏の六角橋への地元愛があるからだ。六角橋は1923年の関東大震災、26年の東横線開通などにより、人口が流入し、急速な宅地化が進んだ。

 当時の六角橋は、ふぞろいな農地や曲がりくねった道路が多かったため、のちに市議会議員を務めた曽祖父の山室周作は、関東大震災後の復興、農村の宅地化に際して、神奈川県下において最初の事業のひとつとなった「民間施工土地区画整理事業」に携わった。現・神奈川大学の誘致に尽力したのも周作氏だった。

 45年の終戦後、商人が六角橋に流入して、現在の六角橋商店街の元となる闇市が誕生。その時代に新しく入ってきた人たちと混ざり合いながら発展した六角橋は、大手デベロッパーによる再開発から免れた。この六角橋と山室家の歴史を、山室氏は物心がつく頃から聞いていたため、「家業に入ることに対して抵抗がなかった」と話す。

 そんな山室氏は関東学院大学人間環境学部に進学。その後、街づくりを学べる慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科に進学した。その大学院入学前、横浜市の50年後を考える「横浜ハーバーシティ・スタディーズ」のワークショップに参加した経験が影響を受けたという。都市デザインのワークショップでは、「自分が考えたプランにより、街が作られていく姿に胸が躍った」と山室氏は話す。

  大学院修了後、日建設計(東京都千代田区)に入社、その後に家業のやまむろに入社。家業と並行して、地主の家系である茨田禎之氏が代表を務める仙六屋(東京都大田区)の不動産管理スタッフとして働く。

 家の家業を継ぐうえで必要不可欠な物件の管理方法や、街づくりにつながるイベントの企画を学んだ。山室氏は、空いているテナントを地域住民に開放するイベント「はんびらき」を運営した。チョコレートの試食・販売会の企画や、ギャラリー貸し出しの運営に携わった。

 「街づくりを学ぶ中で、共通ビジョンの建物を結び付け、エリアの魅力を最大化させる必要があると感じました」と山室氏は話す。

▲認可保育所と保育サービス付きシェアオフィス、賃貸住宅がある白楽KNOT 

小商いができる賃貸住宅新築

 冒頭で紹介した「ロッカクパッチ」よりも先に山室氏主導で動いていたプロジェクトがある。2022年11月に竣工した長屋「N4(エヌヨン)」だ。台形の敷地に建てられたN4は、道路から4戸の入居者の個性がそれぞれ見えるように、雁行型に設計。

 小商いやオフィス利用ができる賃貸住宅とした。現在、フラワー作家がアトリエ兼ショップや本屋として活用するほか、ボードゲームを楽しめるスペースとしての活用を予定する入居者がいるという。

 山室氏は設計を手がけたツバメアーキテクツ一級建築士事務所(東京都世田谷区)に、複数の敷地を地域の中に位置付け、俯瞰して見たときにそれぞれどのようなネットワークや関係性づくりが考えられるのか、地域のリサーチやビジョンづくりから依頼した。というのも、これまで山室家では地域住民のことを考えて、横浜市地域ケアプラザや地域包括支援センターが入居する「山室八左衛門ビル」、透析治療を受けられる「白楽腎クリニック」、そして1階に保育所、シェアオフィスの入った賃貸住宅「白楽KNOT(ノット)」を建築してきた。だが、敷地単体でしか考えていなかったと山室氏は振り返る。

 「地域を見守ってきた地主として、所有する複数の敷地それぞれにただ建物をつくる個としてのプロジェクトではなく、各プロジェクトが複合的に関係し合い、エリア全体の魅力をアップさせるプロジェクトが必要だと考えました」

 今後借地が返ってくることもあり、山室氏は未来につながる土地の活用方法を検討している。

 「土地の活用方法は、その時々の状況によってさまざまな対応をしていく予定です。状況に応じて、地域の共存共栄につながるプランを考えたいです」(山室氏)

▲小商いができる賃貸住宅、N4 ▲ロッカクパッチではセミナーやイベントを開催

 

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