【特集】不動産購入で伝来の土地を守る

相続相続税対策

 先祖から引き継いだ土地を、ただ持っているだけでは相続税の支払いのために失ってしまう場合がある。土地を守るためには資産を増やすことも必要だ。資産を増やす際には、今後引き継ぐ次の世代のことを考えて「資産性」を念頭に置いてみたい。

攻撃は最大の防御 相続で資産を減らさない

 地主は相続税から土地を守らなくてはならない。将来の賃貸経営の安定を考えた場合、引き継いだ土地に賃貸物件を建てるだけではなく、別の土地に不動産を購入することも必要だ。

東京都下の地主のケース

東京23区に不動産購入相続税をほぼゼロに

 鹿谷総合研究所(東京都新宿区)の鹿谷哲也税理士が、東京都下に多くの宅地や農地を所有し、相続税が3億円余りだという地主から相談を受けた。その際、鹿谷税理士が提案したのは東京都台東区にある土地を購入し、賃貸物件を建てることだった。

 駅にも近く利便性がいいうえ、大通りに面していた。さらに周りには築古の賃貸物件しかなく、新築を建てれば競合が少ないことがわかった。

 決め手となったのは容積率が400%もある点だった。「10階建てのマンションが建てられる容積率であれば、利回りも確保できると考えました」(鹿谷税理士)

 入り口は「相続税の節税」を見込んでの不動産購入とはいえ、賃貸経営には利回りも無視できないと考えた鹿谷税理士。「立地」と「容積率」の2点を鑑みることで、資産性と収益性を兼ね備えた不動産だと見込んだのだ。

Point いい借金をする

 上記ケースでまずポイントとなるのが、「いい借金をすることで相続税から土地を守る」という点だ。

 地主にとって、代々の土地を守り、次の世代に受け渡すことは命題である。だが、その守りたい土地だけを所有し続けていては、土地を手放さずに承継することは難しい。

 その理由は、相続税。相続財産の中でも、不動産は相続税が高額になりやすい。対策を講じていないと、相続が発生した際に、土地を切り売りして税金を支払わなければならない状況に陥る可能性も出てきてしまうのだ。

 大切な土地を売り払うような状況を避けるために、最もオーソドックスな方法は、不動産を購入することである。資金を借り入れることで、債務控除を使って相続税の圧縮ができれば、結果として土地を手元に残こせる。

 賃貸住宅を建てるために借り入れをしても、年数がたつうちに借入額が減り、返済が終わる。しかし、不動産を購入して土地を守るという観点からすると、借り入れの返済を終えることはゴールではない。再び相続税の圧縮をするために、新たに不動産を購入し、借り入れの状況をつくるというプロセスを繰り返すことになる。

Point 都市部に購入

 不動産であれば何を購入してもいいというわけではない。冒頭のケースにおいても、「立地の良さ」「容積率」を念頭に置いて土地の購入を決めていた。

 地主であれば、地元には銀行や不動産会社、その他事業者との関係性もあり、いい条件を享受できることもあるだろう。そのため、すでに土地を所有しているエリアで買い進めていくことを考えるかもしれない。

 だが、次世代が受け継いだ際に「負動産」にならない物件を増やしていくことが最も重要。そのためには「都市部」「中心エリア」であることを重視したい。

 次世代が賃貸経営を続けるならば、将来的にも入居が見込める物件でなければならない。新規取得の不動産もすべて同じエリアで買い進めた場合、仮に、そのエリアの過疎化が進んでしまうようなことがあれば、たちまち賃貸経営が立ち行かなくなってしまうだろう。

 そのときになってから、新規に購入した物件を売却しようにも、資産価値の下がってしまった場所にある不動産では買い手がつかない。仮についたとしても、かなり値段を下げて売る羽目に陥ってしまう。つまり資産性の高い物件とは「持ってよし、売ってよし」の物件だということだ。

「都市の中心であるほどいいですが、例えば東京23区内は激戦区であるため、物件を購入するのはなかなか難しいでしょう。クライアントには、再開発による発展が見込めそうな地区を提案します。あるいは、東京都心部に直通している路線の始発駅での物件を勧めています」と話すのは、落合マネジメント・オフィス(川崎市)の落合和雄税理士。

 受け継いだ土地以外に不動産を持つことは、リスクヘッジにもなる。1月に起きた能登半島地震を持ち出すまでもなく、日本全国は地震による被災のリスクを負っている。資産を複数のエリアに分散させておけば、万が一、一つのエリアが被災しても残りの資産は守られる。

 また物件自体の競争力も考慮に入れるべき点だ。都市部では完全に供給過多になっているワンルームや1Kの間取りは避けることも考えたい。今後の需要が見込め、かつ、現在の賃貸市場では数の少ない広めの間取りにするべきだろう。

 都市部で広めの間取りとなると、自ずと利回りは下がってくる。そこで、容積率の高さも考慮に入れる、あるいは木造3階建てのように、工事費を抑えながら部屋数を増やすといった工夫を考えたい。

話を聞いた税理士

 

地主たちの考え方 立地のよい不動産を増やす

 先祖から引き継いだ土地の活用を続けながら、一方で次世代への承継を見越して資産性の高い不動産を求め、都市部へ展開する地主たちの事例を見ていく。

【購入と売却】利便性の高い立地を目指す デザイナーズ物件を付加価値にする

安田典史オーナー(52) (京都市)

 家業の再建を考え、相続後に不動産を増やしているのが安田典史オーナー(京都市)だ。2006年に祖父の相続が発生して引き継いだ物件は、3棟61戸の賃貸物件とテナント用地6カ所そして、倉庫4棟だった。

 それ以降、新規で土地を購入し新築を11棟手がけた。そのうち、すでに4棟を売却しながら、京都市内の中心地へと所有物件を集中させ、利便性とデザイン性を兼ね備えた物件を増やしている。

 安田オーナーにとって初めての新築は、09年に竣工した1棟10戸のマンション。もともと自宅建築用と母親から言われていた土地に建設した。最寄り駅から徒歩13分という立地であれば、自宅を建てるより賃貸物件として資産形成をしたほうがいいと考えたからだ。

 その後、祖父が相続税対策のために購入していたマンション1棟と区分所有マンションを売却し、その資金で、13年に19戸の「グレース烏丸五条」、11戸の「グレース三条堀川」の2棟を新築した。

 いずれも立地がよかったことから竣工と共に満室となるのを見て、立地重視で新築を増やしてくという方向性が決まった。「私自身、東京で暮らしていた際に賃貸住宅に住んでいました。

 そのときも駅から近い場所だとか、スーパーがあるといった利便性で物件を探していました」と振り返る。この条件は多くの入居者にとっても当てはまることを再認識し、不動産購入の際に役立てた。

 16年にはJR山陰本線円町駅から徒歩10分圏内で売りに出されている土地を見つけ購入。それまでは1Kメインで増やしていたが、初めて2テナントがあり、1Kと1DK混合というバリエーションのある物件を新築した。

 加えてこの物件は初めてのデザイナーズマンションでもあった。「デザイン性を持たせたことで、周辺相場より家賃を高く設定しても満室にできることがわかりました」(安田オーナー)。18年にはグレース烏丸五条を売却し、売却益で新たに2つのデザイナーズマンションを新築した。

 「利便性が高い場所、かつ競合の少ないデザイン性の高い物件は、長い目で見ると物件の価値が下がることがありません。結果として、稼働率は落ちず、売却時には高く売れます」と話す安田オーナー。購入を目指す物件は「所有してよし、売却してよし」だ。

 現在の所有物件は20棟180戸、テナント用地9カ所、そして倉庫が4棟。祖父が初めて建てた築40年近くの物件は、大規模修繕を経て今でも入居者を獲得している。下支えとなる物件を増やすことで、受け継いだ土地を守り続けられる。

私の資産の増やし方

■デザイナーズ物件からの収益が新築時の頭金になる

「融資を受ける際にはフルローンは使わず、少なくとも3割は現金を入れる」と安田オーナーは話す。立地もよくデザイン性の高い賃貸物件を手元に集めることで収益が上がってくる。その収益と売却益を使って新築を建てるときはさらに間取りや規模を大きくしていく。

▲デザイナーズ物件「グレースろうじ」

将来の建て替えを見越し 駅徒歩2分の築古を購入

 23年には築34年の5階建てビルを購入した。1階部分のテナントのみの入居で、残り4フロアは空いている物件だった。新築を多く手掛ける安田オーナーの手法とは真逆のように見えるが、これは今後の建て替えを見越しての購入だ。

 「京都市内の中心部かつ駅から徒歩2分という立地は、なかなか入手できません。今後の建て替えを前提に購入したものです」(安田オーナー)

 周辺には同様の築古賃貸物件が多いことから、購入後、3000万円をかけてフルリノベーションを施し、分譲並みの仕様と意匠性を持たせたことで満室を実現した。

【支店設置】大阪支店をつくって融資を受ける 中心地の資産が代々の土地を守る

西村慈子オーナー (広島市)

 7棟311戸を所有する西村慈子オーナー(広島市)は、夫の実家の賃貸経営を任されたことがきっかけで家主業を始めた。地元だけでの賃貸経営に不安を抱き、13年前からキャッシュフローが出る地方の物件を購入していった。近年では将来的な資産性に着目している。

 義理の両親が1990年代に建てた3棟の物件の経営に参画し始めたのは97年のことだった。初めこそ順調だったが、年月とともに空室発生や家賃の下落が始まった。

 さまざまな空室対策を実施しながらも、賃貸経営を安定化させるためには元々所有している土地に建てた物件だけでは不十分だと危機感を覚えた。

 そこで2011年に広島市内と山口県下関市に、中古のRC物件を購入した。地元・広島市の物件はファミリー物件ということもあり、購入したのは1LDKの単身者向けで、キャッシュフローを重視した。

 下関市の物件はその7年後に売却。売却益で山口県防府市に2棟81戸の物件を購入し、規模を拡大していった。

 追加で購入した中古物件の収益である程度の賃貸経営の安定化を図れたこと、そして18年には事業承継のため、長女の杉村里紗オーナー(広島市)が法人を設立したことから、キャッシュフローではなく、立地重視の物件の選定に転換を決めた。「やはり、中心部にあれば将来にわたっても入居付けに苦労しないだろうと考えたためです」(西村オーナー)

 そこで、21年に広島市内でも商業地である中区に9階建て26戸の新築物件を購入した。立地の良さだけに頼ることなく、物件としても競争力をつけることを考え、各フロアで建具の色を変えるなどの工夫をした。

 また、新築時からペットの飼育が可能な物件とした。「広島市でもペット可物件の需要の高まりがある中、まだまだ数は小ない。そのため付加価値になると考えました」と西村オーナーは話す。 

 23年には初めて大阪市内での物件購入に踏み切った。家主の会を通じて縁のあった事業者が販売していた建売住宅で、JR東海道本線大阪駅の隣にある塚本駅から徒歩10分という立地の良さだった。

 木造12戸の物件だが、劣化対策等級3級の認証を受けており、融資期間も30年近く設定できる物件だった。そこで法人の支店を大阪で登記し、晴れて銀行の融資を取り付けたという。

「広島より大阪のほうが人口動態を見ても、今後も資産価値が維持できると思います。一度実績を作り、今後も大阪市中心部に物件を増やせていければ」と西村オーナーは話す。

 24年7月には、更地にしておいた地元の土地にRC造16戸のマンションが竣工する。地元のファミリー層のニーズをつかむ、2LDK中心の物件だ。

 ほかのエリアで買い進めた物件があるからこそ、代々の土地を生かす新築プロジェクトが進められる。「これからも地元の発展に貢献していきたいです」と話す西村オーナーは、今後も、都市部での物件購入に挑戦をしながら代々の土地の活用を進めていく。

私の資産の増やし方

■事業承継を進める
 大阪で法人の支店を登記し、銀行へ融資の依頼に行った際には、西村オーナーだけではなく、娘の杉村オーナーも面談を求められた。「28年の融資を受けるためには、次世代も含めた長期的な視点で事業を計画しているか確認されました」と西村オーナーは話す。早い段階で事業承継を進めていたからこそ、銀行も長期にわたる融資の判断ができたということだ。

▲代々の土地に建設中の物件の   ▲法人の支店を登記する
前に立つ娘の杉村オーナーと孫  ことで購入できた大阪の物件

【商業地特化】将来の不安を子どもに残さず 東京の中心エリアに物件を集中させる

山崎和子オーナー (東京都港区)

 実家があった福岡市の不動産をベースに、東京都港区や中央区といった大都市中心エリアにこだわって資産を増やしているのは、山崎和子オーナー(東京都港区)だ。

 生まれ育った福岡市にある物件の相続を受けたのは、03年のこと。江戸時代に先祖が診療所を構えていたという、由緒ある代々の土地は福岡市中央区大名という商業地にあり、800㎡ほどの規模。父親の代の1981年に7階建てのビルを建てていた。

 相続税対策として、父親は福岡市内に追加で2棟のビルを購入していたため、父親が亡くなったときの相続税はゼロだった。そのうちの1棟とほかの資産を妹2人が相続し、代々の土地ともう1棟を山崎オーナーが代償分割の代償金を支払い、相続した。当初は数億円残っていた返済だったが、相続税対策向けの物件を売却し、早々に繰り上げ返済を行った。

  そのため、手元にはキャッシュがたまることになったが築古や地方の物件を購入することは考えなかったという。「減価償却費での節税を見込んで地方の築古物件を購入する人もいるでしょう。

 しかし、中長期で考えると競争力の低下や土地の価値の下落などのリスクを負うことになると考えました」(山崎オーナー)。いざ子どもの代になった際、築古で入居者を獲得するのが難しいような物件を残すことは避けたいと考えたのだ。

  転機が訪れたのは2014年だった。東京都港区虎ノ門にある5階建てビルが売りに出されていたのを発見。それまでも物件を探しつつも、なかなかこれという決め手に欠けていたが、この虎ノ門のビルは買うべきだと考えた。

 再開発真っただ中のエリアであり、今後も土地の価値が上がることは明白だった。事実、山崎オーナーが購入した後に買いたいと申し出てきた事業者は、購入額の3倍近い金額を申し出たという。

 また、今後建て直しが予定されている老舗ビルの角に位置し、建て替え時には売却あるいは新築ビルの相応の面積を所有できるという好条件も決め手になった。購入したビルは築50年超で、そう遠くない将来に建て替えをしなければならない。

 だが、山崎オーナーが建て替えずとも、再開発と共に新しくなることが見込まれているのだ。購入資金は手元のキャッシュを3割ほど入れ、日本政策金融公庫(東京都千代田区)の融資を受けて購入した。

 同年には、東京都中央区月島に中古戸建てを現金で購入した。民泊や旅館を念頭に置いていたが、賃貸住宅として運用。利便性の高さから入居付けには苦労していないという。

 そして、24年秋の着工で港区に9階建てのマンションを建設予定だ。1997年に投資目的で競売で取得したものの、2008年まで自宅として使っていた物件を取り壊し、初めての新築を手がけることになる。

 物件のたつ東京メトロ南北線麻布十番駅周辺も再開発が行われる中で、SOHO仕様で住居としても使用でき、かつ法人登記可能な物件にすることで価値を付けていく。「付近にはタワーマンションがどんどん建っていきますが、タワマンは玄関から専有部までが遠いため事業用には向きません。事業用のニーズをつかみタワマンとの競合を避けます」(山崎オーナー)

 福岡市のビルは土地が山崎オーナーの名義となっており、東京で買い進めている不動産は法人名義となっている。収益拡大に加え、相続税対策のための、固定資産の買い換え特例を考え、等価交換できる規模まで東京での資産拡大を続けていきたいという。

私の資産の増やし方

■節税ありきで考えない
 節税を目当てに減価償却をするための不動産は購入してこなかった。減価償却の計上は税金の繰り延べ。所得税の税率を低くするような節税方法は少ない。所得に税率をかけたものが所得税だとすると、所得税を払わないと純資産は増えないことになる。「所得とは純資産増加分であり、法人所得、個人所得ともにその概念は同じであると国税庁のウェブサイトにある通りです」   

▲山崎オーナーによる純資産を増やす方法

 

専門家の目 パンデミックを経て出た結論

都市部の不動産こそ 資産性を維持できる

 新型コロナウイルスの流行という未曽有の事態を経験してもなお、都市部の不動産価値は下がらなかった。

東京カンテイ
(東京都品川区) 市場調査部 
井出武上席主任研究員(67)

「都市部の不動産価値は恒常的です。今までもずっとあった考え方が再認識されたのが新型コロナウイルスの流行だったと思います」。こう話すのは東京カンテイ(東京都品川区)市場調査部の井出武上席主任研究員だ。

 むしろ、コロナ禍を経たことで「都市部への集中」が強まったのではないかと井出上席主任研究員は考えている。病院が近くにあり、診察が必要な場合には問題なくアクセスできる。滞りなく流通しているスーパーが近くにある。そうした利便性の高さはやはり大都市の中心エリアでこそ享受できるのだ。

 井出上席主任研究員の言葉を借りると「人は不便なところには引っ越さないという結論を得ました」ということだ。

奪い合いの起こる東京都心6区

 こうした東京都心の不動産価値の強さは販売価格にも表れている。東京都内でも、特に都心6区と呼ばれる千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、渋谷区の物件価格の伸びが顕著。2024年2月には坪単価578万円と高値を更新している。
「つまりこの場所の資産価値が高く、不動産経営者が相次いで狙っている土地だということを表しているのです」と井出上席主任研究員は話す。

再開発地の見極め

 資産性の向上という観点で考えると再開発が行われているエリアも狙い目だ。「再開発とは、いわば資本の再投下。経済発展の見込める場所だからこそ再開発が行われるのです」(井出上席主任研究員)。

 だが一方で、一過性のバブル的な開発との違いを見極めることも大事だと井出上席主任研究員は指摘する。半導体工場の誘致で開発が進む地方エリアも、再開発地としては注目が集まっている。

 「ただ、半導体産業に依存している点には注意が必要です。半導体産業の隆盛が今後も続く保証がないためです」と井出上席主任研究員は話す。再開発地は街の自立性が維持できているか否かが、土地の資産性を維持できるかどうかの見極めになる。

■東京都エリア別 中古マンション流通坪単価推移(単位:万円)

▲データ提供:東京カンテイ

(2024年5月号掲載)

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