英国のビジネスモデルから学ぶ 社会課題を解決する賃貸住宅
一般財団法人住宅改良開発公社(東京都千代田区:稗田昭人理事長)は10月22日、「あしたの賃貸プロジェクト第5回シンポジウム 英国のソーシャル・エンタープライズに学ぶ『ウェルビーイング(その人なりの幸せな暮らし)』をはぐくむ賃貸住宅」を開催。国内外の専門家が登壇し、英国における「ソーシャル・エンタープライズ」の活動事例を交えながら、その現状についてレポートを発表した。
貧困層や高齢者への居住地支援をはじめ、社会課題の解決を最優先として設立された組織の総称。団体や法人などの形態は問わず、収益の担保と社会貢献を両立していることが特徴。事業で得られた利益は株主への分配ではなく、社会課題解決に向けた再投資に充てることを理念とする。
個人や社会の幸福度を向上 年間売り上げ15兆6000億円を誇る
講演タイトル 英国のソーシャル・エンタープライズの誕生から現在まで
Urushibara Architecture and Consultancy
代表 漆原弘氏
ウルシバラアーキテクチャーアンドコンサルタンシーの漆原弘氏は、1980年代に浸透し始めたソーシャル・エンタープライズについて、その誕生と発展の背景を解説。70年代、福祉サービスによる政府の財政圧迫を背景に、失業率の悪化や地域経済の停滞が顕著となってきた際、「コーポラティブ」や「コミュニティ・ビジネス」による社会課題の解決への期待感が向上したと指摘した。
コーポラティブとは、地域の住民がグループを組んで住宅を建設して運営していく取り組みで、地域の住宅不足解消に一役買ったという。それに対してコミュニティ・ビジネスは、地域住民のコミュニティが主体となって地元のニーズに合わせたビジネスを起業することで、需要の創出と地域経済の活性化を図るもの。漆原氏はスコットランドのガバンワークスペース社が空きビルを改修して貸しオフィスにした事例を取り上げ、コミュニティ・ビジネスの可能性に言及した。
住宅政策の転換点が訪れたのは79年に誕生したサッチャー政権下とし、新自由主義的な経済政策による公営住宅の縮小、払い下げなどを要因とした社会住宅の不足が起きたと指摘。10~12年にわたる入居待ち、家賃の高騰、低質な住宅環境などの問題発生に言及した。そのうえで、2000年以降に英国政府がソーシャル・エンタープライズの推進を始めて、個人や社会のウェルビーイング(幸福度)を向上させる有効な手段であることが示されたと分析した。
講演の後半では、ソーシャル・エンタープライズの現状について解説。業界団体のソーシャル・エンタープライズUKが発表した23年のデータを取り上げて、ソーシャル・エンタープライズの23年度の売り上げ総計が780億ポンド(約15兆6000億円)に上ると指摘し、同年度の利益は12億ポンド(約2400億円)で、そのほとんどが社会的な目的のために再投資されたことを強調した。
現在は既存の非営利団体が活動するケースに加え、賃貸住宅のあっせんと運営事業を行うスコットランドのホームス・フォー・グッド社をはじめとする新しいビジネスモデルのソーシャル・エンタープライズについて紹介した。
空き家の利活用により 居住者の社会貢献活動を促進
講演タイトル 英国の住宅危機を解決し、居住者の幸せとコミュニティづくりを支援する革新的手法
Dot Dot Dot Property
創設者・会長 キャサリン・ヒバート氏
キャサリン・ヒバート氏は、自身が13年前に設立したソーシャル・エンタープライズのドット・ドット・ドット・プロパティーの活動と成功要因について講演した。
英国では08年のリーマン・ショック以降に住宅の価格が高騰。過去の水準と比較してもかなり高くなっていると指摘したうえで、イングランドでは平均の住宅購入費用が労働者の平均給与の8倍であることから、若者の持ち家離れが進んでいると指摘した。
並行して、英国では第2次世界大戦後に建てられた建築物の老朽化が進行。多くの建物が建て替えを迫られる中、歴史的な建造物などの建物の解体に伴う規制の多さに起因してなかなか建て替えができず、物件の空き家化が目立ち始めていると指摘した。
こうした背景を踏まえ、同社では住宅の空室を活用し、高齢者や生活困窮者を含む入居希望者に対し一時的な住まいの提供を行っていると説明した。
具体的には同社の管理物件で、ボランティアなどの慈善活動に意欲的な人への賃貸を強化。入居者の意識の高さも相まって、オーナー側が安心して同社に委託できるという。入居者は慈善団体。地元の子どもたちの学習支援や、コミュニティー農場の運営など、多くの時間を慈善活動に費やしているため、自身のキャリアや幸福度の追求に力を入れることができる。
「私たちは入居者同士や地域の人々とのつながりをつくるサポートも行っています。例えば、高齢者向けの旧宿泊施設の建物では、若い入居者が高齢者と一緒に暮らすことになり、映画の観賞会や手芸の夕べといったイベントを開くことで、世代を超えた交流が生まれました。私たちのモデルがうまくいくのは、不動産の所有者、居住者、近隣住民にも価値を与えながら、最小限のコストで運営できるということに尽きると思います」(ヒバート氏)
現在ドット・ドット・ドット・プロパティーでは、約2000人を地元の家賃相場の半分から3分の2の賃料で受け入れているという。ヒバート氏は、ソーシャル・エンタープライズにおいて大切なことは投資資金と知見を持つ人の助言やネットワーク、そしてクライアントとの縁であると強調した。
(2025年1月号掲載)
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