エリアをつくる地主たち①:職住一体の賃貸物件

賃貸経営地域活性

引き継いだ土地がいかに住人に愛され価値を持つか。地主にとって、エリアマネジメントの意識が重要になってきている。小商いのできる賃貸物件を建てる、あるいは受け継いだ物件を活用して地域の農業を盛り上げるなど、資産を使って魅力的な地域をつくる地主たちに話を聞いた。

職住一体の賃貸物件がかなえる 人と人をつなぐ場所づくり

 生まれ育った地域に、いかに魅力的な物件を建てるかを考え、10年前に職住一体型の集合住宅を手がけた。定期的に物件内でマルシェの開催を仕掛けながらまちのファンを増やしていっている。

大和徹行オーナー(65)埼玉県越谷市

中庭に面した集合住宅 人々が回遊して楽しめる場所

 埼玉県南東部に位置する越谷市は、2008年に開業した日本最大規模のショッピングセンター「越谷レイクタウン」を擁している。その越谷レイクタウンの南西に位置し、浅草駅からおよそ30分の場所にあるのが東武鉄道伊勢崎線の蒲生駅だ。駅から5分歩くと突如、緑豊かな建物が現れる。一歩足を踏み入れると中庭には池がある。大和徹行オーナー(埼玉県越谷市)が10年前に竣工した職住一体型の集合住宅「蒲生シュミグラシ WAnest(ワネスト)」だ。

▲入居するテナントもバラエティー豊かだ

 どの専有部も中庭に面した形で配置されており、小商いのできる住宅は全18戸。1階部分には花屋やネイルサロンに雑貨店、変わったところではペルシャじゅうたん販売店といったショップが入っている。2階部分には、完全予約制のマッサージサロンや英語教室などが入居中だ。

 WAnestの特徴は、職住一体型の集合住宅だけではない。敷地内には、四つのスタジオを完備。鏡張りのスタジオは、フラダンスやバレエ、空手などのレッスンに使われている。防音仕様のスタジオは音楽レッスンに、さらにアトリエとして美術教室を開講している。地元で開講場所を探している講師だけでなく、普段は東京で教えている講師たちもわざわざ蒲生まで足を運びスタジオを借りている。

 10年という歳月をかけて、地域を超えて人と人、職と人をつなぐ場所に育ってきた手応えを感じている大和オーナー。
 「900坪の広さで駅近なので、8階建てのマンションを建てるほうが収益物件としてはよかったかもしれません。ですが、利益を追求するのではなく、魅力ある場所をつくりたかったと考えたのは間違っていなかったのでしょう」(大和オーナー)

工場建設後に皮革事業は廃業 デベロッパーの提案も断る

 大和家が蒲生の地に入ったのは1960年だ。もともと、彦根藩(現在の滋賀県)で甲冑かっちゅうなどを製造していた大和家だが、明治維新後は軍人向けのベルトといった革製品を卸すようになった。曽祖父の代に滋賀県から東京都墨田区に移住し、引き続き軍人向けの製品を作っていた。

 第2次世界大戦後は、同じ皮革製品でもランドセルやバッグを製造するようになった。当時、製造事業所が多く集まっていた隅田川沿いのエリアが手狭になり、移り住んだのが蒲生だった。3000坪の土地に工場や自宅、そして職人たち向けの住宅を建てた。だが、高度成長期の中、人件費高騰で皮革の製造・発注がどんどん海外に流れた。これ以上事業にしがみついていくことは得策ではないと考えた父は、すっぱりと廃業を決意。残った工場は倉庫や駐車場として貸し出すことにした。

 区画整理で2500坪にまで減っていたとはいえ、広大な土地は多くのデベロッパーから開発の声がかかった。ツインタワー型マンションやショッピングモールなども計画に上がったが、父が首を縦に振らなかったため実現には至らなかった。初めて敷地内に賃貸住宅を建てたのは87年、3DKのファミリー向け30戸の「パレ・コンセール」だった。

帰宅時にがっかりしたことも魅力ある地域に必要な条件

 幼少期から蒲生に住んでいた大和オーナーだが、土地に対する印象は決してよくなかった。若い頃はフォーミュラーカーのエンジンを開発する無限に勤務していた。オフィシャルグッズの企画をしていたため、鈴鹿をはじめ日本全国のサーキット場に出張していたが、F1というきらびやかな世界をのぞいた後に帰ってくる地元はとても寂しく「帰ってくるとがっかりする」という気持ちすら抱いていたという。
 祖父の代から伝わる土地を「活用する」という具体的な考えには至っていなかったが、漠然と「いいところにしたい」という思いはあったという。住民がすてきだ、うれしいと思うためには、今はまだない「何か」をつくる必要があった。

 そう考えていた大和オーナーに、ある焼き肉チェーン店から出店の依頼が入った。飲食店があれば地域住民はうれしいだろう。だが、それが焼き肉店なのか……と思った。普段使いだけでなく、ちょっと特別な気分になれる飲食店を誘致できれば、エリアの雰囲気の改善につながるはずだと考えた大和オーナーは97年、ピアノの生演奏付きベーカリーレストラン「サンマルク」のフランチャイズ(FC)に挑戦することにした。

 大和家の土地に、ファミリー向けの物件の次にレストランをつくったことで、少しずつ「帰ってくるのが楽しい」場所に近づいてきているのではないかと感じ始めた大和オーナー。FCオーナーとしての事業は苦労が多かったが、次第に、残る900坪の土地の活用を意識し始めた。次につくるもののイメージとしては、心と体の健康維持ができる、規模の大きなスポーツジムの建設を念頭に置いていた。

 だが、父からは「駅から近いのだから、活用するなら賃貸住宅を建てるべきだ」と言われた。賃貸物件を建てるとして、どこにでもある、ありふれた四角い建物でいいのだろうか。せっかくFCでレストランを出店したのだから、まちの雰囲気を形づくることができる、ほかにはない物件をつくりたいと大和オーナーは考え始めた。地元を歩いていると、農業を営む地主たちの母屋が目に入った。

 「この辺りの農家はみな屋敷林があり、古くからのお社があります。まるで『鎮守の森』といった風情。わが家の敷地にも同じようなお社がありますし、賃貸物件をつくるなら、そうした神聖な雰囲気のある、緑豊かな物件をつくりたいと考えました」(大和オーナー)。父に話したところ、父も同じような考えを持っていた。

建築家と運命の出会い 「らしさ」を追求する

 そこで、漠然とした思いを具現化するために、2012年から東京の信濃町駅にある京都芸術大学東京藝術学舎の短期コースで建築を学び始めた。そこで、運命の出会いが待っていたのだ。

 講師のstudio ARCHI FARM(スタジオ・アーキファーム)一級建築事務所(埼玉県新座市)代表峯田建氏は、講座で「地球の環境が変わる中で住宅もそれに合わせて設計を変えていくべきだ」と話していた。自然環境に寄り添う形での物件づくりに興味を引かれ、当初頭に描いていた敷地の活用についてイラスト化し、峯田氏に見てもらった。建物はヨーロッパ風で……と説明したところ、峯田氏からずばり「〇〇風っていうの、やめてみませんか」と言われた。
 ヨーロッパ風といっても本場ヨーロッパのまね事に過ぎない。それならば大和オーナーが考える「蒲生らしさ」をつくらないかというアドバイスだったのだ。
 大和オーナーはこの意見に感動した。物件を建てるならこの建築士をおいてほかにはいないと考え「利益追求でない賃貸物件を建築させてほしい。峯田氏と心中覚悟で、この私にプランを任せてもらいたい」と、家族の前で土下座して頼んだほどの気持ちの入れようだったという。
 大きく反対はしなかった両親だが、一度、峯田氏に実際に会って話をしてもらおうと、両親を連れてスタジオ・アーキファームを訪れた。そこへ、たまたま事務所を訪問していた峯田氏の父親があいさつに出てきた。東北のアクセントを聞いて母が「どちらのご出身ですか」と聞いたところ、母と同じ山形県だという。同郷と知って話を始めたところ、なんと峯田氏の父親は母の弟と同級生だったことが判明。興奮しながら懐かしい話に花を咲かせている様子を見て、父もこれも一つの縁、と「峯田さんにお願いするしかないな」と決断してくれた。

ネスト=巣から育っていく 人も地域もより良くする物件 

▲峯田氏(右)と共に物件づくり

 物件をつくるにあたって、最終的に鎮守の森にするべく、周囲には木を植えようと考えた。木に囲まれた建物部分には、自然との共存を考えて屋上緑化したり中庭をつくったりした。

 地域に開いた物件づくりを念頭に、スタジオをつくることは最初から計画していた。もともとスポーツジムをつくりたいと考えていたこともあり、高齢社会で健康に暮らせるよう、まちづくりの一端を担えるといいという思いだ。

 これだけ大きな土地での建設だ。周辺の不動産会社も興味津々で連絡をしてきた。だが、工事中から入居付けをしたいという提案はすべて断ってきた。「わがままを言って申し訳ないと思いつつ、物件のコンセプトを伝えるウェブサイトが立ち上がってから入居募集をさせてほしいと話しました」と大和オーナーは話す。単に新築だから、あるいはきれいだからという理由で入居してもらうのではなく、「地域の価値を一緒に上げていける」人に入居してもらいたいと考えてのことだった。

 こうして大和オーナーの思いが詰まった物件、WAnestが14年10月に竣工した。「ワ」は「和」、「ネスト」には「趣味暮らし」を卵から育む「巣」のような場でありたいという願いが込められている。当初は入居付けには苦労した。大手仲介会社にとってはイレギュラーな物件。なかなか入居者が決まらない中、個性的な物件を仲介する「Rストア不動産」で募集を開始したところ、次々と入居が決まった。入居待ちが出る現在でも、入居希望者とは面接を行っている。
 「共に地域環境をつくり上げていく人たちなので、面接でしっかりと物件のコンセプトを伝え、一緒にやっていける人に入ってもらいたいのです」(大和オーナー)

 入居者の人となりはもちろんのこと、美容院が複数店舗入ることがないよう、提供するサービスに偏りがないようにしている。この10年間で入居者の顔触れも変わってきている。WAnestで小さく始めたビジネスが大きく成長し、手狭になったことで巣立っていく入居者たちの姿をうれしく見ている大和オーナーだ。

▲10周年マルシェの様子

 24年9月には、10周年記念のマルシェを敷地内で開催した。入居中のテナントのほか、近隣の店も含めて30店舗が参加した。ちょうど当日の朝、WAnestを取り上げた情報番組の放映があったこともあり、多くの人が詰めかけた。出店者からは「こんなすてきな物件なら、空室が出たら次は自分が入りたい」という声が聞かれたそうだ。

 ワネストの次の10年はどういった展開になるのか。大和オーナーは「60代後半になり、新しいアイデアが出にくくなっている」と自分自身を顧みつつ、賃貸経営とは別軸での事業承継も頭にあるという。
 資産承継という点では、子どもたちが受け継ぐことになるだろう。だが、物件に対する、また地域に対する思いを必ずしも子に引き継ぐ必要はないのではないかというのだ。

▲入居している生花店の店主は良きパートナーでもある

 「10周年イベントや定例のマルシェを取り仕切っている入居者のような、地元を良くしていきたいという思いの強い若者たちに管理人をお願いする形もあるかもしれません」(大和オーナー)
 経営とは別にある「地主としての思い」の承継も、より良い地域づくりには欠かせない。入居者の思いや地域づくりの方向性と同じベクトルを向いた協力者を得ることが大切になってくるのだろう。

(2025年 2月号掲載)
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