認知症
判断能力低下し財産管理できない成年後見制度は相続対策が難しい
認知症による判断能力の低下によって、財産管理に関するトラブルも増えている。例えば、認知症発症者の不動産を親族の一人が売却していたり、認知症によって相続税対策を進められなかったりする。
認知症問題を解決する法制度には成年後見制度がある。ただし、成年後見制度には二つの欠点がある。裁判所が親族を成年後見人と認めない事例が多いことと、後見人に誰が選出されるかによって状況が大きく変わってしまうことだ。そのため、実際には利用しにくい面があるという。
弁護士や司法書士が成年後見人に選任されることが多い。ただ、専門家が成年後見人に選任されるとデメリットがある。大石弁護士は「弁護士が成年後見人に選ばれると、親族の全員にメリットがある売却や贈与などの施策を取りにくくなります。原則、成年後見人に選任された弁護士の役割は認知症患者の財産を守ることであり、資産を減らすような対策を認めません」と話す。
また親族が成年後見人に選任された場合でも、ほかの相続人は面白くないと感じやすい。中には、親族が「成年後見人の財産管理が本人の利益になっていない」という理由で、成年後見人を訴えるケースすらある。
このように、成年後見制度は相続税や事業承継への対策が取れず、親族間のトラブルも発生しがちだ。そのため、認知症を発症する前に相続税・事業承継対策を進めるべきだという。
銀行や家族に財産を預ける
対策方法の一つとして、信託制度がある。信託とは、認知症を発症する前に財産を預け、預かった個人や法人が所有者として管理する制度のこと。信託制度を活用すると、成年後見制度ではカバーできない相続税・事業承継対策を進めやすい。
信託には、商事信託と民事信託の2種類がある。商事信託は、お金を払って信託銀行や信託会社に預けて管理してもらうこと。信託会社に預ける安心感はあるが、紛争に発展する可能性がある事例は引き受けてもらえないことが多く、受託者は裁量を持ちたがらない。信託会社が裁量を持つと顧客から判断の合理性を問われて、トラブルになる可能性があるからだ。
一方で、民事信託は親族や一般社団法人が家族の財産を管理する方法だ。家族が受託者になることがあり「家族信託」とも呼ばれている。民事信託は、個人よりも法人を受託者とするほうが、数十年単位の長期間にわたる財産管理を行いやすいという。「人間には寿命がありますが、法人であれば永続的に一族の財産を管理することができます」と大石弁護士は話す。
このように、認知症を発症する前に、信託制度の活用といった相続税・事業承継対策を進めなければならない。
キーワード成年後見制度
第3者が、判断能力が低下している人の財産を管理する制度。法定後見と任意後見の2種類がある。法定後見は、意思能力が低下している人の財産を管理する者を家庭裁判所が選任する。任意後見では、将来判断能力が低下した場合に備えて後見人を選び、後見契約を結んでおく。
キーワード信託制度
所有者が信頼できる個人や法人に財産を預けて、目的に従って管理してもらう制度。信託財産は現金や不動産、有価証券など。運用を託した相手(受託者)の財産とは別に保管される。受託者が破産しても、倒産隔離機能によって信託財産は守られる。
離婚
財産分与でもめて夫婦関係悪化 お金の出どころは明確にしておく
相続以外の人間関係のトラブルとして、離婚が挙げられる。離婚した場合は慰謝料よりも、原則半分ずつ財産を分ける財産分与のほうが問題になりやすいという。「慰謝料は不貞行為をしても数百万円にとどまりますが、財産分与では元配偶者に数億円から数十億円の財産を分けるケースがあります」と大石弁護士は話す。
とはいえ、先祖代々受け継いできた特有財産は財産分与の対象にはならない。元配偶者に分けなければならない財産は、婚姻後に取得した財産のみだ。なお婚姻後に取得した不動産であっても、親から相続した現金の場合は特有財産にあたる。
そのため、財産を取得したタイミングが不明という理由で元配偶者とのトラブルに発展しやすい。財産を取得したタイミングは、不動産や有価証券などを購入したお金の出どころから判断する。
トラブルを防ぐために、お金の出どころをいつでも確認できるようにしておくことが不可欠だ。「不動産を購入してから長期間たつと、売買契約書やローンの申込書類などがなくなり、お金の流れをたどれなくなりがちです。銀行口座の入出金履歴も10年以上たつとたどれなくなるケースが多いです。不動産購入に関する書類は、長期間保存しておくことが重要です」(大石弁護士)
家族内で契約をかわす
トラブルを防ぐために、同族企業オーナーのような富裕層では、夫婦財産契約を締結するケースが増加している。
現在、夫婦財産契約は婚姻前に締結する必要がある。法務局で登記しなければ第三者に対抗できない。登記しなくても当事者間の同意は有効だ。なお、夫婦財産契約とは異なるが、婚姻後でも夫婦間で財産契約を締結できる。そのような契約は現行民法上いつでも取り消し可能とされているが、5月に交付された改正民法により、そのような取消権はなくなると定められる見込みである(改正民法は2024年5月から2年以内に施行予定)。最近は、夫婦間のみならず家族内で法的拘束力のあるファミリーガバナンス契約を締結する例も増えてきている。自社株や不動産などの資産承継の在り方について定める。
同族企業オーナーがトラブルを発生させないためには、早急に遺言書作成や信託の設定、ファミリーガバナンス契約といった手を打つべきだという。相続や離婚といった問題が起きそうかどうかにかかわらず、後からお金の流れをたどることができるように書類を残すことが不可欠だ。特に重要なものは公正証書にして残しておけば、死後のトラブルの発生を未然に防げるだろう。
(2024年11月号掲載)
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