不動産好きの運送会社3代目社長
所有土地の賃貸経営に積極的に関わる
東京で70年。航空、海上貨物の運輸を通して輸出入業を支えてきたのが鶴田運送店(東京都港区)。運輸事業を行ううえで業務に必要な土地を取得してきた。今は、それらの土地を活用して手がける不動産事業も収益の柱の一つとなっている。
鶴田運送店(東京都港区)
鶴田慎一朗社長(46)
所有地を活用して不動産経営 予算内で入居者満足を追求
鶴田運送店は海上貨物・航空貨物の輸出入に関わる運輸事業をメインとする企業だ。鶴田家では車両の整備や保険事業を担う関連会社の協栄興業(同)も経営しており、この2社と鶴田家の個人で不動産を所有している。「鶴田運送店は売り上げの5%、協栄興業は売り上げの30%が不動産事業によるものです。特に協栄興業にとっては経営の太い柱となっています」と鶴田運送店鶴田社長は話す。現在、個人、法人を合わせて11の不動産を所有。物件も築古から新築まで幅広い。
ボンネットトラック1台で 会社を興した祖父
創業は1955年。大手企業を含め多数の取引先からの信頼も厚く、2025年4月に創業70周年を迎える。鶴田社長の祖父がボンネットトラック1台で興した会社で、その後鶴田社長の父が継ぎ、自身は3代目になる。「最初のお客さんは阪神航空(現阪急阪神エクスプレス)だったそうです。成田空港ができるはるか前、羽田空港に空輸で届いた荷物を運ぶ仕事をしていたと聞いています。今では安全上信じられない話ですが、その当時は飛行機にボンネットトラックを横付けして荷詰めしていたそうです」(鶴田社長)。その後も、61年には東京都目黒区に自社車庫を新設するまでに事業を拡大したという。また1978年に成田空港が完成した後は、千葉県市川市に航空貨物の集荷場ができた。成田空港関連の仕事を受注するため市川市に駐車場が必要だった。
こういった理由で、同社の所有地は東京都目黒区と千葉県市川市に多い。トラックを止める駐車場が必要だったことに加え、鶴田社長の祖母が不動産が好きだったこと、協栄興業が高度経済成長期で業績順調で資金があったことといった条件が重なり、土地や建物を増やしていったという。
現在は、こうして増やした土地を活用したり、祖母が購入した築古物件を建て替えたりしている。
世間の声に惑わされず経営方針を決める
大学卒業後、製薬会社で営業の仕事をしていた鶴田社長。事業承継をなかなか切り出せなかった父がやっとの思いで「会社を継いでほしい」と話したことをきっかけに30歳で家業に入った。「雇われている限りは、いつだって辞める自由があります。しかし、経営者になった瞬間、辞めるなんて言えなくなるのです。サラリーマンだった頃は激務でその日のうちに家に帰れることはありませんでした。今は夜を自宅で過ごせるようになりましたが、責任ははるかに重く、楽になったとは感じません。従業員を路頭に迷わせるわけにはいきませんから」と話す。
貨物を運ぶのがメイン事業だが、孫請けの小口の運送でも可能な限り受けるのが経営のポリシーだ。なぜなら、たとえ利益が低くても、トラックが動かないよりはいいし、ドライバーのスキルアップになる。さらに売り上げは少なくなってもそこに営業にかかるコストはないし、取引先に顔を売ることができるるからだという。「世間では孫請けの文化自体が悪いといわれていますが、それでもメリットはあります。世間の声に惑わされずに自分で考えることが大切です。自社ならではのサービスを追求し、従業員のためにも収益を上げていきたいと考えます」(鶴田社長)
不動産についても「自分が手がけたからこその価値」を大切に考えている。実は鶴田社長は、近所に新築物件があれば勉強のために見に行くのが日課。「不動産が大好き」なのは祖母譲りだ。「予算の範囲内で工夫を凝らし、入居者が満足できるような一つの部屋を提供する。安い部屋、高い部屋それぞれニーズが異なりますが、入居者になるべく快適に過ごしてもらえるようベストを尽くしたい」と鶴田社長は話す。経営としてできる範囲でサービスに徹する姿勢は、本業においても不動産事業においても同じだ。
24年には、所有する駐車場を活用して新築のマンションを手がけた。この物件では断熱・防音にこだわったNSハイパーツ(岐阜県可児市)の工法を採用。「予算に収まる範囲で、資産性の高い建物を建てたかったのです。木造やRC造よりコストパフォーマンスに優れ、防音断熱の建物が高品質だと感じました。信頼する設計士からこの工法を紹介されてこれならばと思ったのです」(鶴田社長)
建蔽率や容積率を最大限使うべく設計士と話し合ったり、キッチンのステンレスの種類にこだわって製品を探したり、さらにそれを内見者にアピールすべくチラシを作ったりとオーナーとして積極的に関わった。
「クローゼットに扉がなくても機能するような場合、設計のときに扉を除くような工夫をしています。そうすると圧迫感がなくなり、入居者は部屋を広く感じるものです。オーナー側としては部材の使用量を減らすことによる経費の削減効果も見込めます。細かいところまで設計士と相談して決めていきます」(鶴田社長)。
不動産経営についての鶴田社長のこだわりは自分がオーナーとして事業に主体的に関わること。事業者にすべてを任せるという選択肢はない。経営の観点から予算は厳しく管理するものの、費用対効果の高い設備を導入したり、一工夫で利便性を高めたりするのが楽しいのだという。
「長期的な計画としていずれは所有物件を増やしていきたい」と話す鶴田社長。しかし、ここから先数年は、所有物件で古くなってきているものを修繕する時期と考えている。2人の子どもへの承継も考慮して、不動産経営もいい状態にしておきたいからだという。
自分の力で道を切り開く3代目。運輸事業も不動産事業も伸ばし、次世代につないでいく。
鶴田運送店
創 業:1953年10月
資本金:800万円
従業員:27人
業 種:運送・輸送業
・運送・輸送業務
・産業廃棄物の収集・運搬
・不動産の賃貸・管理
1953年10月 運送事業を東京都港区浜松町で開始
55年4月 会社成立 代表取締役に鶴田貞正氏(現社長の祖父)就任
61年1月 事業拡大に伴い、東京都目黒区に自社車庫を新設
70年2月 資本金を800万円に増資
84年5月 代表取締役に鶴田正夫氏(現社長の父)が就任
92年10月 事業拡大に伴い、市川市香取に自社車庫を新設
2012年10月 代表取締役に鶴田慎一朗氏が就任
2023年6月 国土交通省「運転者職場環境良好認証制度」で二つ星取得
(2025年1月号掲載)
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