引き継いだ土地がいかに住人に愛され価値を持つか。地主にとって、エリアマネジメントの意識が重要になってきている。小商いのできる賃貸物件を建てる、あるいは受け継いだ物件を活用して地域の農業を盛り上げるなど、資産を使って魅力的な地域をつくる地主たちに話を聞いた。
農住混在がキーワードになる 多様性を持たせる地域づくり
歴史ある農家、土地を受け継ぐ者として、地域に「住宅」以外の表情を持たせることが重要だと考える。建築士の友人と共に「農」を絶やさず、活性化させることでまちに多様性を持たせようと奮闘中だ。
野崎林太郎オーナー(38)東京都東久留米市
都心に近い緑あふれるまち不動産で農ある地域目指す
東京都の西部、多摩地区に位置する東久留米市。市を流れる落合川は、17年に「平成の名水百選」に選ばれるなど、豊かな湧き水のある地域としても名が知られている。
野崎林太郎オーナー(東京都東久留米市)は、この東久留米市で400年続く農家の15代目。野崎家は2ヘクタールの農地のほか賃貸住宅、テナント、駐車場やコンテナ型トランクルームを所有する地主だ。野崎オーナーは所有する不動産を生かした「農ある豊かな地域づくり」というビジョンを掲げて、DIYによるリノベーションを織り交ぜながらストック物件のアップデートを図っている。
「東久留米タルキプロジェクト」と名付けられた一連のリノベプロジェクトは、17年に野崎オーナーがサラリーマンを退職したことをきっかけにスタート。
現在までに、空きテナントを地産野菜のマルシェ兼レンタルスペースに改修した「MIDORIYA(ミドリヤ)」、旧自宅の敷地を野菜の無人販売所と観光農園の受付所にリノベした「畑テラス」を手がけた。さらに、父が30年前に始めた書店事業の店舗である「野崎書林」や「ブックセンター滝山」の一部をマルシェ化させ、現代のニーズと野崎オーナーのビジョンに合わせて生まれ変わらせてきている。
都市と緑の共存へかじを切る 自分の代を変革期にする
野崎オーナーは大学卒業後、東京都内にある大手総合電機メーカーに勤めていた。とはいえ、歴史ある農家の長男として、いつかは家を継ぐ時が来ると考えていた。17年にサラリーマンを退職した後、都心から実家がある東久留米市に戻ってきた。理由の一つは、子どもを育てる環境にもあった。当時、子どもが誕生したばかり。都心に比べて宅地の中に緑や農地が混在している東久留米市は子育てに理想的だと考えたのだ。
そして、この農住混在の東久留米市をこれからの世代へ残すのは、自分の地主としての責務だと考えるようになった。
「都市と緑の共存を自分の人生のテーマと捉えました。自分の代に変革を起こさなければ、次世代には何も残せないと思うのです」(野崎オーナー)
第2次世界大戦後の農地改革で地主制度が廃止され土地が解体、東久留米市は市街化区域に指定されたことで住宅開発が行われた。1959年の造成当時、日本住宅公団(現独立行政法人都市再生機構)最大の団地といわれ、皇太子や皇太子妃が視察に訪れたという「ひばりが丘団地」を皮切りに、60年代から70年代にかけて「東久留米団地」「八幡団地」「滝山団地」「久留米西団地」といった大規模団地が次々と造成され、東京のベッドタウンと化した。人が多く移り住めば、ますます物件が建てられる。
時代は流れて現在、地域は高齢化が進んでいる。商店街も廃れ、目に付くものは大手のチェーン店ばかりで単一化されている。この状況に対して、土地を受け継ぐ者として危機感を持った。
「かつては持っている畑を宅地に転用し、高い価格で売却すればよかった。あるいは、所有する物件に大きなテナントが入って高い家賃が取れたことが価値になっていたでしょう。ですが、本来、資産にはそうした短期的な利益を求めるべきではないと思うのです」と野崎オーナーは語る。
土地が食料を生み出したり、空間を使うことで地域貢献といった価値が生まれたりすることが本来の利益だと考える。それゆえ、戦後から続く宅地転用とそれに伴うエリアの平準化に危機感を覚えた。そして「農ある豊かな地域づくり」をテーマに掲げたのだ。
地主の思いを形にしていく建築士というパートナー
家業に入った野崎オーナーは「農業、不動産、書店と事業ごとにバラバラに改善を図っていくのではなく、統一したブランディングをしていきたい」と考えた。とはいえ、何から始めていいかもわからない。漠然とやりたいことはあるものの、思いを形にすることは困難だった。
そんな折、話をした相手が大学時代の同級生で、IN STUDIO(アイエヌスタジオ)一級建築事務所(京都市)の代表である小笹泉氏だった。実家は、賃貸住宅のほかに駐車場やトランクルームなど複数の不動産を持っているが、まちづくりには役立っていないと感じること、ストックの物件が多くあるためそれを活用したいこと、新築はもう時代のニーズに合っていないため、リノベで今あるものに価値を生み出していきたいなど、さまざまな思いを話した。その時を振り返って、小笹氏は非常に大きなインパクトを受けたという。
「土地の価値というと、何坪いくら、という金額での話になりがちですが、野崎さんと話していると、土地や空間が持つ生産力が土地の価値なのではないかと気付きました。そして野崎さんは自分の受け継ぐ土地の生産力を信用している。私は、設計する者としてその思いに乗っかりたいと思ったのです」(小笹氏)。そこで、同一級建築事務所の共同代表でもある奥村直子氏とともに3人でリノベプロジェクトを開始した。
ただ農業、不動産、書店の事業がそれぞれ課題を抱えている中、大きな予算はない。手始めに70㎡の小ぶりな空き店舗のリノベをDIYで行うことにした。元ケーキ店だったこの店舗は、滝山団地の目の前にあった元商店街にある。目と鼻の先にバスの停留所もあるが、10年以上空き店舗となっていた物件だ。
ここを地域の拠点の一つとして生まれ変わらせるべく、地産野菜のマルシェとイベントスペースにリノベした。元々の構造には手を入れず、アルミのサッシや壁に、格子やルーバーをDIYで追加。木材にはホームセンターで安価に入手できる垂たる木きと呼ばれる木角材を用いた。加工もしやすいため、内装だけでなく、器具や家具を作ることもできた。
2017年6月、野崎オーナーのプロジェクト1棟目のリノベ、MIDORIYAが完成。軒先に、ベンチをしつらえたことで、バスの乗客が足を止めて店内に入って来るようになった。
元々あったキッチンスペースを生かして加工作業スペースも備えた。地元の農家が生産する作物を、ジャムやドレッシングに加工し販売する。加工や販売を担うのは近隣に住む人々だ。MIDORIYAの中で、地域の農作物と地域の人材がつながり経済が生まれる。
「住」以外の要素を持たせる人が生きる住宅地を目指す
野崎オーナーの考えが一つの昇華した形として表れたのが20年にリニューアルした野崎書林。父の書店事業の一つとして03年にオープンした駅前書店だ。100㎡の書店は駅前にあるにもかかわらず、地域住民の足が少しずつ遠のいていた。
この書店の3分の1を、小笹氏らと共に地元の生産者向けのマルシェとして改装。今まで本棚で覆われていた部分が明るいガラス張りになり、店内が見渡せるようになった。店内のディスプレーにはMIDORIYAで使用した垂木を用いた。色とりどりの農作物や加工品、手工芸品が並んでおり、思わず入ってみたくなるつくりだ。
「住宅地に隣接した畑は制限が多い。販売経路も限られているため続けるのが難しい。でもこうして直売所を設け、販売先を確保できれば農業を続けようと思えるのです」(野崎オーナー)
書店という空間を使うことで、地元の生産者と消費者を結び付け、結果として東久留米市に農業や小規模ビジネスを根付かせることができる。マルシェに入ってきた人流はそのまま書店にも向かう。「農・本・人を地域経済でつむぐ」姿が形づくられた。このように、エリアに多様性を持たせることが大事なのだと野崎オーナーは信じている。
「畑があり、商業があり、町工場がある。住以外の要素がないと、人が生きる住宅地にはなれません」(野崎オーナー)
住む場所は、単に寝るために帰る場所ではない。その土地で生まれたものを味わい、人と交わって楽しむことのできる場所。それが野崎オーナーの考える「人が生きる」場所づくりなのだ。
農業と福祉施設をかけ合わせる
2023年に竣工した木造平屋建てのデイサービス施設「アルゴ弐番館・四番館」。静かな住宅地の中にあるが、一歩建物内に入ると、その広い空間とにぎやかな雰囲気に驚いてしまう。
中央の受付と事務スペースを挟んで、右手側が半日型デイサービス。リハビリ用のマシンを使って生き生きと活動する人々の姿が印象的だ。左手側が1日型のデイサービスで、認知症ケアを行っている。
この認知症ケアのプログラムが独特だ。建物の南側に150㎡ほどの畑をつくり、畑での栽培から収穫、調理までを入居者と共に行う。農業と福祉をかけ合わせたモデルである。
(2025年 2月号掲載)
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