新築の賃貸住宅お披露目会で考えた「豊かさ」

コラム永井ゆかりの刮目相待

連載第95回 過去、現在、未来

心が温かくなる場所

 「豊かさとは何だろう」。先日、都内に完成した新築の賃貸住宅のお披露目会に参加したときに、ふと頭に浮かんだ。その建物は最寄り駅から徒歩20分ほどの場所にある。バスが近くを通っているので、いわゆる「バス便立地」だ。交通の便の面で考えると少し不便かもしれない。

 だが、繁華街から離れているからこそ得られる環境というものがある。新築の賃貸住宅の中に入って窓から外を見ると、胸がぽっと温かくなるようなそんな光景が広がっていた。

 賃貸住宅のお披露目会というと、建築会社の顧客やその建物のオーナーの取引先である不動産会社などの関係者の参加が多い。だが、今回は地元の住民が多く見えた。建物の前にある広場には、子連れの人、数人で話す高齢女性たち、若者ら老若男女が集まっていた。

 建物こそ新しいが、訪れた人たちは、以前からこの土地に縁がある人が多いのだろう。というのも、ここにはオーナーの古い実家があった場所であり、広い畑もあった。その畑で取れた野菜を直売したり、近隣の幼稚園の農業体験として使われたりしていたからだ。また実家でもイベントを行ってきた。こうしたこれまでの取り組みにより、地元の人にとって「気になる場所」なのではないか。

 だからこそ、敷地の前の掲示板で「完成内覧会」のお知らせを見て気軽に入ってきた人たちが多くいたのだろう。

連綿と受け継がれる土地

 お披露目会当日の午前中には、賃貸住宅内にあるシェアスペースで落語会が開かれた。地元の落語家とその仲間が落語を披露。建物前の敷地では餅つきが行われ、餅をつく人、食べる人が笑顔で会話。「ご縁」とはこのようにして生まれ、つながっていくのだと実感した。

 そんな場をつくることができるオーナーだから、無論、主役である建物も居心地がいい。

 賃貸住宅は木造で地上2階、地下1階の3フロア。地上1~2階はメゾネットタイプの住居が3戸、地下1階がキッチンや和室、まきストーブがあるシェアスペースと、オーナーの実家になっている。杉材や漆喰など自然素材をふんだんに使用し、経年美化を図る。また南北から心地よい風が通るように窓を配置した。さらに特筆すべき点は1階のバルコニーに隣の住戸との仕切りがないこと。入居者は玄関だけでなく、バルコニーを通ってご近所さんと互いの家を行き来することができるのだ。

 オーナーは母屋、畑、アパートがある土地を引き継いだが、自治体の道路整備により敷地が二つに分断されてしまった。環境の変化からは逃れられない。だが、その土地と同時に受け継いだ人との関わりや文化を未来へとつなぐことはできる。

 そんなオーナーが重視することは、次の世代にいい形でバトンを引き継ぐことだという。「土地は過去からの授かりものではなく、未来からの預かりもの」。こう話すのは同物件の安藤勝信オーナーだ。将来も見据えてどのように活用するのかを考える大切さを知ったお披露目会だった。


永井ゆかり

永井ゆかり

Profile:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、「亀岡大郎取材班グループ」に入社。リフォーム業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、2003年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスク就任。翌年取締役に就任。現在「地主と家主」編集長。著書に「生涯現役で稼ぐ!サラリーマン家主入門」(プレジデント社)がある。

(2025年 8月号掲載)

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