<<誰かに教えたくなる名字のトリビア:建物に関する名字>>
「家主」といえば、建物を所有して物件を貸し出す人を指しますが、家主が賃貸する建物も時代とともに変わっています。
第2回では「地主」さんという名字を紹介しましたが、「家主」さんはいないようです。
「家主」の誕生は江戸時代 時代とともに家屋も変化
家屋を貸し出す慣習が始まったのは江戸時代だと言われています。江戸時代になって「長屋」という一つの建物の中を区切って多くの世帯が住めるようにした細長い家が建てられるようになりました。これを貸し出すようになったのが、家主業のはじまりです。
その後、時代を経て家の構造も変わり、昭和の高度成長期には多くのアパートやマンションが建てられ、家主としての仕事も急増しました。
建物に関する名字は木造家屋の構造に由来
建物に関する名字もありますが、それらの名字は戸籍ができた明治時代までにあった建物から生まれています。当然、名字の由来になった構造は木造です。
建物に関する名字では、日本の代表的な構造であった「木造(きづくり・こづくり=岐阜県)」「瓦葺(茨城県)」「平屋(鹿児島県)」という名字があります。
ほかにも「二階(同)」と「三階(さんがい・みかい=石川県)」という名字もありますが、3階以上の階の名字はありません。寺院には五重塔がありますが、居住の建物としては3階建てが限界だったのかもしれません。
建物を造るのは大工さんですが、「大工」という名字が石川県に、「左官」という名字が大阪府に存在しています。
建具を表す名字 あの偉人に賜った名字も
建物の構造では「柱」さんが愛媛県に、「床」さんが岡山県に、「壁」さんが福井県に、「天井」さんが石川県にいます。
また「台所」さんは奈良県に、「風呂」さんが兵庫県に、「水道」さんが石川県に、「屋根」さんが富山県にいます。「瓦」さんが奈良県に、「畳」さんが石川県に、「障子」さんが島根県に存在しています。これらの名字のほとんどが職業や屋号から生まれました。
岩手県にも「風呂」という名字が存在し、次のような言い伝えがあります。
今から約800年前の昔、悲劇の名将と世にいわれた源義経が兄・頼朝に追われ、平泉から脱して北に向かって逃げました。その時、義経とその家臣・弁慶が赤羽峠という峠を越えて風呂家にたどり着いたそうです。そこで風呂家のあるじが風呂を沸かして、義経の汗を流したことから、お礼に「風呂」という名字を授けたと伝えられています。
風呂家の庭には、伝承を記した石碑が現在も残っています。
名字研究家 髙信幸男

1956年茨城県大子町生まれ。
司法書士、名字研究家、日本家系図学会理事、茨城民俗学会会員、日本作家クラブ会員。高校1年生から名字の研究を始め、今年で52年目を迎える。現在、講演会やテレビ番組で名字の面白さを伝える活動を行っている。
(2025年8月号掲載)