有効活用となる「資産組み換え」~財産を守るための一つの選択肢~
より良い財産を次世代に残すことを考える中で、頭を悩ませることの一つに、築年数が経過し空室が多くなってしまっている「築古低収益の賃貸不動産」があります。この問題はどのように解決すべきでしょうか。資産承継対策に携わってきた6人のコンサルタントが、リレー形式でそのノウハウをお伝えしている本連載。第10回は、“有効活用となる「資産組み換え」”について解説します。
リノベが有効か検討
まず、築古低収益の賃貸不動産問題の解決策として、
●リノベーション工事を施し、入居率を回復させる
●建物を建て替える
この2点が頭に浮かびます。果たして本当にそれで良い解決策になるのでしょうか。今回は、“築古低収益の賃貸不動産”を生かすためのリノベと建物を建て替える検討をした後、結果として売却し、その売却資金を購入資金に充てることで、より良い資産への組み換えに成功したA氏の事例を解説します。
A氏は、都内の最寄り駅から徒歩13分の場所に、総戸数10戸、築30年の賃貸物件を所有していました。まずは、10戸中5戸まで低下してしまっている入居率の回復を目指して、居室のリノベを検証しました。リノベの検討をする際のポイントは、以下のとおりです。
❶周辺賃貸マーケット調査
❷リノベ費用対効果
❸所有期間が延びることによって追加でかかる費用
A氏は物件周辺の賃貸マーケットを調査したところ、ここ数年、駅前で賃貸不動産の新築が相次ぎ、A氏の所有物件の周辺では賃貸物件は築浅であったとしても、入居者の確保に苦戦しているようでした。
次に、リノベの工事内容と費用対効果を検証しました。必要最低限の工事で済ませたいものの、古くなった水回りのリノベを中心とする工事費用は1部屋200万円。空室5部屋分では1000万円に上ります。
また、1部屋ごとで採算が取れたとしても、物件全体で見て投資した費用を回収できるかどうかという検証も必要と考えました。なぜなら、室内リノベを行って賃借人が入居すると、その後その不動産自体を所有する期間が延びることになり、現在入居中の部屋5戸もいずれはリノベが必要になります。さらに、室内リノベの次は建物全体の配管工事や防水工事をしなければならない、といったことになる可能性もあるためです。
リノベを検討する際には、目先の採算だけでなく、より長い期間や多角的な視点から、建物全体の将来の大規模修繕まで含めたシミュレーションを行うことが重要です。
ただ単に「入居者を募集してもなかなか決まらない」「空室が長期間続いている」などの理由から、リノベを行えば入居率が上がると安易に考えることは禁物です。
確かにリノベを行えば賃料を上げられる可能性は高くなりますが、かけた費用に見合うほどの収入改善が見込めるか、その費用対効果をよく考えてからの実行が大切です。投資した資金を何年で回収できるのか、賃料を上げて入居者が獲得できるのかなど、リノベ後の長期的なシミュレーションをシビアに行いましょう。
結局、リノベをすれば借り手がつくという確証もない中で、A氏はその費用を捻出することは難しく、リノベを断念することにしました。
▲【図1】A氏の例 利回りは土地価格も加味する
建て替えは年密な収支計画を
次にA氏は、既存の建物を取り壊し、建て替えることを検討しました。検討するにあたって、周辺の賃貸マーケットや建築費、間取り、設備などの建物に関して考えることはもちろんですが、建物の取り壊し費用や入居者の退去(退去費用含む)、建て替え期間中は無収入になる点もリスクとして考慮しなければなりません。その中でも、収支計画の検証が最重要事項となります。
所有する土地で賃貸不動産の建築を検討するにあたり、ほかの条件のいい賃貸不動産の購入と比較することも有益です。その際は、収支計画の中で、利回りを土地代も含めて検証することが重要です。
A氏は今ある建物を取り壊し、建築費が1億円、年間賃料収益が1000万円、見込み利回りは10%の計算となるアパート建築を計画していました。しかし、これは投資額(建物建築費)のみに対しての利回りでしかなく、実際の不動産市場での価値は土地の分も含めて土地・建物の価値で考えます。
A氏が所有している土地は想定時価で1億5000万円だったため、土地1億5000万円、建物1億円、合計2億5000万円の土地と建物が、年間1000万円の収益を生むという考え方が必要です。そうすると、図1に示すように、1億円を投資して建てた収益不動産(建物・土地)の実際の利回りは4%ということになります。
A氏が所有している物件の周辺相場では、新築でも4%という利回りは低く、また最寄り駅から徒歩13分という立地を考慮すると、A氏はこの場所に1億円を投入することはリスクが大きすぎると判断しました。
資産組み換えを選択肢に
A氏は、リノベをした場合と建て替えた場合の収益性とメリット、デメリットを洗い出し、加えて不動産(土地・建物)の収益性も検証しました。そのうえで、“築古低収益の賃貸不動産”は売却し、その売却資金をより駅に近い築浅収益物件の購入資金に充て、資産を組み換えるということを選択しました。
有効活用というと、対象の不動産をどのように活用するかということばかりに気を取られてしまいます。ですが、これまでは賃貸用不動産として収益が確保できていたものの、年数が経過し、収益も低下するという不動産の個別要因に加えて、周辺はいつしか戸建てが立ち並ぶ街並みへと変化して、戸建て用地としての価値のほうが高くなっている場合もあります。
その場合は、収益不動産として保有し続けるのではなく、更地にして売却、その売却資金をより条件の良い収益不動産の購入資金に充てる、すなわち資産の組み換えも、資産承継をするうえで立派な有効活用だといえます。
有効活用といっても、いろいろな選択肢があるわけで、「資産の組み換え」も選択肢の一つとして捉えておきたいものです。
解説者 山田コンサルティンググループ(東京都千代田区)不動産コンサルティング事業本部 営業部 溝口 哲朗シニアコンサルタント
2018年4月、山田コンサルティンググループ入社。底地・借地の権利調整や物納、再開発事業での地権者へのアドバイス、資産の組み換えなど、幅広くコンサルティング役務を提供。
(2024年6月号掲載)
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