連載第82回 風習の意味
心躍る餅まき
建物のリノベーションや新築の設計を行うブルースタジオ(東京都中央区)は、5月のとあるよく晴れた週末に、オーナーと共に賃貸住宅の上棟式を行った。上棟式とは、木造建築で家を建てる際に、柱や梁を組み立てた後、屋根の一番高い位置に棟木という横架材が取り付けられるときに行う儀式だ。
東京23区内の住宅地ではあるものの、まだ田畑が残っており、上棟式を行った土地にも屋敷林があった。午後1時から餅やお菓子をまくイベントを行ったのだが、開始15分前には近所に住む親子や子どもたちが集まり出した。まき始めたときには100人を超え、餅がまかれるたびに近所の住民たちは歓声を上げた。
まさに、私が子どもの頃によく見た光景だ。上棟式には「家屋を最後まで無事に建てられますように」という願いが込められている。同時に、その家屋に住む家族が「地域の人々と仲良くなり、仲間として迎え入れてもらうため」の大切な儀式でもある。
この上棟式の意味について考えると、賃貸住宅の場合は、まだ顔がわからない、近い将来に住む入居者が、いざ住むときに地域に迎え入れてもらえるような環境を、オーナーがつくるということになる。
地主の土地活用の王道である賃貸住宅の建築は、その地域に新たな住民を増やす役割を担っているともいえるだろう。
地域の歴史を大事にする
上棟式を行った地は、江戸元禄期から戦前までは日本屈指のたくあん製造地域だった。大根栽培の畑が広がる台地には、当時のたくあんを製造してきた人たちの屋敷とその屋敷林が点在していたという。
そんな屋敷を構えていた家のひとつが、屋号を「山音」とする上野商店だ。ブルースタジオの大島芳彦専務が、13代目となる30代の当主の思いを受けて、企画、設計を担当している。大島専務は、その土地、その家の歴史を調べたうえでの設計に定評がある。
約1200㎡に及ぶ古い農家の土地を、既存の母屋や屋敷林、漬物石などを残す設計デザインをしたことで、かつて農家があった頃のような、緑豊かな環境の中で地域の人々が交流できる暮らしを提案している。
敷地には植栽豊かなアプローチや、歴史あるケヤキの木の広場を設けた。広場を囲むように店舗型住居の長屋が建ち並ぶ。
「住宅地の中に店舗型住宅を企画することによって、なりわい集落をつくっていきたい」と大島専務は話す。
近年ご近所づきあいが希薄になったとはいえ、近隣に誰が住んでいるのかわからないというのは、地域住民にとっては不安なことだ。こうした入居者以外が利用できる賃貸住宅を建てることで、新しい住民も前からいる住民も交流する機会が持てることは、地域にとってプラスになるだろう。
最近はめっきり減ってしまった上棟式だが、温故知新。この風習は社会を形成するのに、必要だったのだと改めて思う。
Profile:永井ゆかり
東京都生まれ。日本女子大学卒業後、「亀岡大郎取材班グループ」に入社。リフォーム業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、2003年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスク就任。翌年取締役に就任。現在「地主と家主」編集長。著書に「生涯現役で稼ぐ!サラリーマン家主入門」(プレジデント社)がある
(2027年7月号掲載)
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