【連載】次世代不動産オーナー 井戸端セミナー第2弾:第5講

賃貸経営リフォーム・リノベーション

次世代に向けた不動産経営の取り組み

「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する吉原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、「共感不動産」という新たな経営コンセプトを通して、貸し手、借り手、地域の「三方よし」となる不動産経営を目指す勉強会を有志で開催。最終回となる今回は、山王マンションで行われた講演内容をレポートする。

第5講 「山王R2024プロジェクト」から見る民間賃貸の中高層アパートメント研究の現状とこれから

岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域
講師 橋田 竜兵氏

1987年生まれ。2013年東京工芸大学大学院工学研究科建築学・風工学専攻修士課程修了。17年九州大学大学院人間環境学府都市共生デザイン専攻博士後期課程修了、博士(工学)。新潟大学助教などを経て、23年より現職。現在、𠮷原住宅と民間賃貸の中高層アパートメントに関する共同研究に取り組んでいる。

日本における民間中高層アパートの進化

 福岡市内の経年民間賃貸物件の中でも特に特徴的な「冷泉荘」。その調査研究からわかってきた、福岡市における民間賃貸の歴史を紹介します。

 まず、「アパートメント」という言葉が何を指すのかを確認しておきましょう。一般的に集合住宅や共同住宅といわれる建物型式のうち、賃貸経営されるものを日本ではアパートメント(アパート)と呼びます。集合住宅の歴史をさかのぼると、日本における耐火構造で造られた中高層の近代的なアパートは大正期から見られ、早い時期に建設されています。

 一方、所有形態に着目すると、分譲の集合住宅は日本では「マンション」と呼ばれますが、海外でマンションは大規模な住宅や豪邸を指すことが多いです。

 日本独自の呼び名として区別する必要がありますが、名前にマンションが付いていても、実際にはアパートの場合もあります。マンションという言葉が確立していなかった頃、新しさを表す言葉として取り入れたのだと思います。いわゆる分譲マンションが一般的になるのは戦後で、1962年の建物の区分所有等に関する法律の制定以降です。

 福岡市の非木造3階建て以上の共同住宅のストック数と割合を示すと、70年時点では公営住宅や独立行政法人都市再生機構(横浜市)のアパートが多かったものの、80年代以降は民営借家が半分以上を占めるようになりました。これは、福岡市に限らず、民営借家が市場において大きなボリュームを持ち始めたことを意味します。

 このように現在一般的になった民間アパートの初期型として、70年以前に建てられた冷泉荘や山王マンションなどを位置付けることができます。

 公的なアパートの再生事業は2000年以降本格化し、「団地再生」という言葉が定着していきました。また近年では、東京都の旧赤羽台団地の登録有形文化財への登録がきっかけとなり、公営住宅の文化財的価値を認める機運が高まっています。

 そうした背景もあり、同時期に建設された福岡市の民間中高層アパートの歴史的な経緯や実態を把握する研究を行っています。特に着目しているのは、1950年に設立された旧住宅金融公庫による民間アパートの建設資金の融資制度です。

 冷泉荘は、58年に住宅金融公庫の融資を利用した民間アパートとして建設されたRC造の地上5階建て地下1階の建物で、形状が異なる二つの階段室を持ちます。これは公的なアパートにはない特徴で、上階を階段状にセットバックした建物形状や、多様な間取りの採用などにも独自性があります。

 それに加えて冷泉荘が、福岡市博多区の中でも戦災からの復興を目指していた地域に建設された点も見逃せません。戦災の復興では国策として燃えない耐火構造の建物の建設が促進されたためです。冷泉荘には、そうした地域の歴史的な経緯が反映されているのです。

▲上階が階段状になっているのが冷泉荘の特徴の一つ(立面図)

 現在の冷泉荘はアパートとしての役割を終え、店舗やアトリエが入る施設に転用されながら、建物の来歴を残す形で継承されています。そのような冷泉荘を見ると、建物の特徴や来歴もまた、民間アパートに資産価値を与える時代になっていくように感じます。そうした時代を見据え、民間中高層アパートの研究に取り組みたいと思います。

空間の多機能化とAIによう空き家活用

▲山王マンション301号室の空間活用例(玄関→部屋型)

 民間賃貸住宅の歴史を振り返ることで、当時の市民生活に対応するための集合住宅における多様な進化の過程を追いかけることができました。そこでRC造の賃貸アパート再生について、2024年における進化の状況を確認することが今回の「山王R2024プロジェクト」の目的になります。

 リノベーションの背景には、人口減少に伴う空き家問題、高経年物件の劣化の現状などがあります。そこで、山王マンション301号室のリノベプロジェクトでは、新型コロナウイルス禍以降増え続けるSOHO需要に着目。入居者が部屋に求める「住居」「住居兼事務所」「事務所」の三つの利用形態に応じて、居住者自身で間取りの改変を行えるよう設計しました。これにより、一つの空間がさまざまな機能を兼ね備え、住居の可能性を広げることができます。

 また、九州産業大学の信濃康博准教授が提唱する「空間構成の4要素」を間取りの設計に活用すれば、結果的に、設計者だけの経験や感性に頼らず、市場に最適な設計も可能になると思われます。

 今後、特に注目したいのは、AI(人工知能)の活用によるデザインの進化です。具体的には、賃貸物件の空室の活用やリノベを中心に、間取りの設計をAIと共に行いたいと考えています。AIがエリアの需要や傾向を分析して把握したうえ、最適な間取りを自動的に提案。これにより古い物件への再投資が促進され、DIYや建築家のアドバイスを受けながら、多様な建物が活用される時代が訪れると見込んでいます。

 そう考えると、現在の空き家問題は活用の可能性を秘めた未来の資産ともいえるでしょう。不動産事業は、まちに幸せを生み出すクリエーティブで重要な未来のまちの担い手事業なのです。

NPO法人福岡ビルストック研究会(福岡市)
理事長 𠮷原 勝己氏

※「次世代不動産オーナー井戸端セミナー」の新しい記事は、「地主と家主電子版」で掲載予定です。

(2024年8月号掲載)

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