自然と共生する物件:環境改善につながる建物づくり

賃貸経営リフォーム・リノベーション#環境配慮#快適な生活#地域#立地環境

地球、街、経済にいい循環をもたらす建物づくり

―かなめのもりのビル(東京都品川区)―

1964年竣工の商業施設の経営を受け継いだ長谷川ビルディング(東京都千代田区)の井上創代表取締役。環境の改善を担うことができる物件を造りたいと、既存の建物を解体し、2022年に竣工したのが「かなめのもりのビル」だ。単なる商業施設ではなく、環境改善につながる建物とはどういったものなのか。その思いを聞いた。

長谷川ビルディング(東京都千代田区)
井上創代表取締役(53)

1970年生まれ。大学卒業後、大手ゼネコンに勤務。建築設備系の現場監督や事業企画などを経験。その後、「好きなことをして人生を豊かに生きる」ことを子どもたちに伝えようと、中学校教員へ転職。2018年より現職。

商店街の中に「森」をつくる

▲かなめのもりのビル内にある小道からみたテナント

 東急電鉄目黒線武蔵小山駅から徒歩8分。かつて東洋一のアーケード商店街とうたわれた「武蔵小山商店街パルム」内にある「かなめのもりのビル」は22年12月に竣工。五つのテナントを有する2階建ての商業施設で、現在は、高級スーパーやインテリア雑貨店、飲食店そしてフリースクールが入っている。

 ビル名の「かなめ」には土、水、空気の健全な環境をつくる環境再生、テナントビルとしての経済的成功、そして地域活性化への貢献の三つの「かなめ」になるようにといった願いが込められている。

 同ビルの建築にあたって、井上代表取締役がこだわったのが、施設の屋上や外構に森をつくり、その設計と技術監修を土中環境改善の活動を続けている高田造園設計事務所(千葉市)の高田宏臣代表取締役に依頼することだった。かなめのもりのビルの雑木林が育つにつれて、環境に良い循環が派生していくことが狙いだ。井上代表取締役は「私利私欲のためでなく、地域住民に喜ばれる施設を造りたいと考えました」と話す。

 井上代表取締役は、もともとこの土地の地主ではない。この土地は、100年前、母方の伯母の嫁ぎ先である長谷川家が製氷事業の工場として利用していたものだった。

 戦後、3代目にあたる伯母の夫・長谷川清衛氏が4階建てRC造の複合商業施設を建築し、賃貸事業を開始した。だが、伯父が亡くなった際、後継ぎがおらず、伯母が土地と会社を相続したのをきっかけに、後継者として名乗りを上げたのだった。

 ビル経営を1人で受け継ぐことに関しては、家族や多くの親戚、また伯父の遺言でビル経営を託された昔からの番頭に対するある種の罪悪感があったという。そのため「世のため人のために働こう」と思いを決めて、「いずれ会社を受け継ぎたい」と意思を伝え18年に長谷川ビルディングの取締役に就くこととなった。

▲アーケード側から見た小道

コンクリートで覆わない 自然に雨水が循環する土づくり

 同施設の向かって右側には商店街のアーケードから住宅街に抜ける小道がある。その道により、人の流れが生まれることで土地と地域が活性化され、それがテナントの経営にも地域住民にもプラスの効果を与えると考えたためだった。

 この小道を含めすべての外構工事で土中環境の改善を図った。「既存の物件では、建物の周囲はすべてコンクリートとアスファルトで覆われていましたが、かなめのもりのビルでは緑地および歩行部分にコンクリートは使っていません」(井上代表取締役)

 建物の周囲は、基礎工事のため2m掘り下げる必要があったが、この埋め戻しに栗石に土やわら、そして燻(くん)炭(たん)といった自然物を幾層にも積み重ね、最後にウッドチップをかぶせている。コンクリートで覆ってしまっては、せっかく降り注いだ雨水を土に循環させることができない。こうして土の中の通気浸透水脈を育てることが、土中環境の改善には不可欠なのだという。そして、土中に出来上がった水脈が、植栽の育つ源になるという循環が生まれる。

▲通行人がお参りできるようになった社 

 小道の左手奥には、「かなめ稲荷神社」がある。「この社は100年前に当主だった長谷川要之助が建立したものです。当初の計画では小道右手際に移動させる予定でした。ところが、高田氏より『こここそ100年前の水脈が息づく場所だ』と言われ、即座に計画を修正しました」という。この社は、かなめのもりのビルにとって重要な場所だ。小道をつくったことで、今では住民も気軽にお参りができ、休日には10組ほどの参拝客がいる社となった。

▲竣工当時の屋上の様子。現在はもっと多くの緑に覆われている。23年秋に葉がすべて落ちたが、24年春になると濃い緑の葉をつけた姿に井上代表取締役は感動したという

雨どいのない建物をつくる 雑木林が守る屋上

 そして、かなめのもりのビルの神髄は、その屋上に表れている。屋上を雑木林にすべく植林を行っているのだ。

 80年持つという高耐久の防水シートをコンクリートで保護し、外構と同じように、わらや燻炭に砂利や栗石、落ち葉などを層状に重ねた。歩いてみると、まさに森の中の腐葉土のような軟らかさだ。

 またパラペットを設けておらず、屋上に降った雨は前述の層を通って側面から、左官仕上げの土壁を伝って下階の外構部分に染み渡る。こうした設計になっているため、建物に雨どいがない。

 「かつては年間1500㎜の雨が降ったら、それは全て土中に染み込んでいました。それが、雨どいを設けることにより例えば1000㎜を貯水槽から海へ排水してしまうとたった500㎜しか地中に染み込まないのです」(井上代表取締役)。このような「人工物による不自然さ」が日本の気候の豊かさを失う一因になってしまっている。そこで、かなめのもりのビルを中心に、かつての自然な循環に戻していきたいという思いがあるのだ。

▲パラペットがなく、外からも層を成した土中を見ることができる

 自然な循環を取り入れることで近隣から苦情が出ることも考えたという。例えば落ち葉の問題だ。木を多く植えるということは、それだけ落ち葉が隣接地に入るのではないかと当初は心配もあった。だが、23年はそうした苦情はなかった。「コンクリートの上に落ちると、風で吹かれて近隣住民の迷惑になります。土の上に落ちれば、土中の菌糸が落ち葉をつかんで土に戻していきます」と井上代表取締役は話す。

 かなめのもりのビルは、大型の商業施設として初めて高田氏の土中環境の考えを取り入れた施設だ。「この実践がどんどん広まってくれれば、各地の生活環境が良くなります。ぜひ、興味を持って、実際に見てもらいたいと思います」(井上代表取締役)

キーワード

■土中環境の改善
 「土中環境」とは、雨水をしっかり受け止め、地下水を蓄えていく土の中の環境のこと。高田造園設計事務所の高田代表取締役が提唱する考え方で、土の中の水や空気の健全な循環により環境を再生していくことを「土中環境の改善」と呼ぶ。単に植栽を使って緑化をするのではなく、土、水、空気の健全な環境を保つ環境整備の一環を指す。
 井上代表取締役がこの考えに出合うきっかけになったのは2014年ごろのことだという。千葉市にあるカフェ「どんぐりの木」に立ち寄った際、高田氏が手がける同カフェの庭に感銘を受けた。「いつか自分の庭をお願いしたいと思っていましたが、今回かなめのもりのビルのプロジェクトで実現し、土中環境再生のショールームができました」(井上代表取締役)

▲屋上には、クヌギや紅葉などが植えられている

(2024年9月号掲載)

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