ビルオーナー物語:共用部をシェアリング

賃貸経営店舗・オフィス

顧客満足度を高める賃貸経営 シェアリングで共用部を充実

かつて祖父が電気商店を創業した東京・上野の地で、ビルを経営する髙菱商事(東京都台東区)の髙橋正晃社長。「テナントの従業員の皆さんが快適な環境で仕事にいそしみ、会社の業績が上がれば、それはすなわち家賃収入を得ている当社のメリットにもつながる」と考え、より良いオフィス環境を研究する日々だ。

髙菱商事(東京都台東区)
髙橋正晃社長(52)

 東京メトロ銀座線の上野広小路駅から徒歩2分、老舗デパート「松坂屋」の前を通り過ぎた角地に立つ「G⁻SQUARE(ジースクエア)上野」。1〜2階にカフェ、3〜10階はオフィスやテナントが入居するビルだ。
 「テナントの従業員に対して快適なオフィス環境を提供したい」という髙橋社長のこだわりは、同社のオフィスが入る11階の共用部に最も強く表れている。エレベーターを降りると出迎えてくれるのはペットロボット「LOVOT(ラボット)」だ。自動販売機コーナーには、飲み物だけでなくミニコンビニを設置。ビジネス誌やエンターテインメント誌が並ぶ雑誌コーナー、食事ができるカウンターも備え付けられている。廊下を挟んでトイレや給湯室、喫煙所も完備。突き当たりには見晴らしのいい共用会議室がある。

 こうした共用設備の導入に際しては「シェアリング」の意識を大切にしているという。「絶対に必要なものは各テナントが購入するでしょう。なので、自分たちでは買わないけれど、あればうれしいと思えるものを共用部に採用しています」(髙橋社長)
 例えば、LOVOTは社内コミュニケーションの円滑化のために採用する大手企業も多いが、中小企業では60万円という価格がハードルになる。雑誌類も、取引先との会話の糸口になると思いつつも複数冊購入していると購読費がかさんでいく。そうした「あるといいと思うが、実際購入するには二の足を踏む」ものは何かという視点で導入を考えるのだ。
 共用部の充実は、入居者満足度を高める。だが、同時に仲介会社に対しても「決め手のある物件」として強くアピールすることができる。実際、竣工から3年たつ中で空室期間はない。解約通知が来た旨を仲介会社に知らせると、その日のうちに3〜4本の問い合わせが入るほどの人気ビルになっているという。

戦後、焼け野原からの出発
家電製品の卸からビル経営

 G⁻SQUARE上野が立つ場所では、かつて祖父の髙橋正二氏が髙橋電気商会として三菱電機製の家電卸売事業を行っていた。「祖父が戦後、上野の焼け野原に商店を構えて真空管を売り始めたのが家業の始まりと聞いています」(髙橋社長)

 その後、上野に支店を持っていなかった中央信託銀行(現三井住友信託銀行)から、入居先としてのビル建設の打診を受けた。そこで1964年、不動産管理会社として髙菱商事を設立。翌65年に8階建ての「髙橋ビル」を竣工した。8階は髙橋電気商会のオフィスだったが、地下には銀行の金庫があり、1階から7階まではすべて同行が入居するビルだった。

▲空室期間ゼロの人気ビルであるG⁻SQUARE上野

 一方で、もともとの家業においては81年に家電販売事業者による流通系列化に伴い、卸売事業を続けることができなくなった。そのため家電の卸売事業からは撤退し、髙橋家の事業はビル経営が柱になった。
 そのビル経営も99年に大きな転換を迫られた。中央信託銀行が、金融機関合併により退去を決めたのだ。髙橋ビルは銀行が入居するために造ったビルだったため、内装を一般仕様に工事し直す必要があった。だが、その工事費は銀行側がすべて負担という形を取ることができた。一般仕様にリノベーション工事を終えた後、オフィスビルとして新たな出発となった。

建て替えはリスクも背負う
所有棟数を増やすフェーズ

 大学卒業後、大手の電機メーカーで営業職として勤務していた髙橋社長が家業に入ったのは2012年のことだ。髙橋ビルは築50年を目前にしており、当時社長を務めていた父親は早晩建て替えの必要があると感じていた。そこで息子である髙橋社長が入社し、社長に就任したタイミングで建て替えを実行。髙橋社長はビル経営に参入した初期段階で建て替えという一大事業に関わることになった。その際「建て替えはリスクの塊だ」としみじみ感じたという。
 そのリスクは三つあるという。一つ目は立ち退き交渉。二つ目が建築会社の決定や建築プラン作成、着工、竣工までの期間が長いこと。そして三つ目はリーシングの開始時期。どれも一つボタンをかけ違えると、賃料収入の計算が大きく狂う。その後の賃貸経営全体に大きな影響を及ぼす可能性があるのだ。「長期的に見ると、G⁻SQUARE上野も再び建て替えが必要になります。いつか必ず、大きな金額の支出があるのです」(髙橋社長)
 リスクを感じながらも、14年に11階建てのG⁻SQUARE上野が竣工した。だが、ビルの竣工から程なくして父親が急死。建て替えを経験したことで、1棟のビルに依存した経営は危ういと感じた髙橋社長は、新築ビルの経営が落ち着いた時点で、不動産を増やすことにした。21年に東京都千代田区に4階建ての店舗ビルを、22年には同区に13坪のバイク駐車場と地上6階、地下1階建てのオフィスビルを購入した。どんな物件を所有していても、いつかは建て替えが発生する。そのため、建て替えをしている間に下支えができる物件を増やしていく戦略だ。
 ビル経営も3代目となる髙菱商事。髙橋社長の代では、時代のニーズを意識して顧客満足度を上げることで足元のビル経営を安定させる。その一方で、長期的な目線も持ちながら規模を拡大していく方針だ。

髙菱商事の歴史
1945年 東京・上野で真空管の販売を開始。家電の卸および小売事業として髙橋電気商会を設立
64年 不動産管理および宅地建物取引事業として髙菱商事を設立
65年 上野に髙橋ビル竣工。中央信託銀行上野支店を誘致
81年 家電メーカーによる流通系列化に伴い家電事業から撤退
2014年 G―SQUARE上野竣工
21年 東京都千代田区に「勝男ビル」取得
22年 千代田区にバイク駐車場と「ALES(アレス)ビル」取得

(2024年11月号掲載)

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