家主のアナザーストーリー:第41回馬主と賃貸業

賃貸経営ストーリー

子どもの頃からの夢かなえ馬主に競走馬の生産事業も営む

昔から馬が好きだった仲尾正人オーナー(名古屋市)は、高校3年生のときに調教師を目指してオーストラリアの競馬学校を受験し合格するも、両親の反対を受け断念。大学時代には日本中央競馬会(JRA:東京都港区)の就職試験を受け、3次試験で不採用だったものの、35歳で馬主になった。ついに馬に関わる仕事につく夢をかなえた仲尾オーナーに話を聞いた。

第41回 仲尾正人オーナー(42)

[プロフィール]
なかお・まさと

1981年、三重県鈴鹿市生まれ。13年間、不動産会社に勤務する傍ら、25歳で不動産投資を開始。現在はオフィスビル1棟を所有しているが、さらに三重県桑名市に旅館を開業するため、準備中。

不動産売却で夢がよみがえる

 中学時代に親が競馬場に連れていってくれたのがきっかけで、競走馬が好きになった仲尾オーナー。学生時代は馬に関わる仕事がしたいと夢を追ったがかなわず、大学卒業後は不動産会社に就職した。25歳で不動産投資を始めてからは馬のことは忘れていたが、30歳で約3000万円ほどの不動産の売却益が入ってきたとき、「俺は、何をしたかったのだろう」と思ったという。そして自分が撮影した競走馬の写真を見て、夢がよみがえった。

 当時はまだサラリーマンで、不動産収入を除いた年収は400万円台だった。しかし、地方競馬なら馬主になれることがわかり、35歳で地方馬主の免許を取得した。だが、最初に50万円で購入した名馬の子どもは、名古屋競馬に出走して一度も入賞しないまま引退。月約16万円の餌代さえ捻出できなかった。

家主業の経験を生かして

「その経験から戦略を立てなければ勝てないと思い、調教師からの紹介で4勝していたディーズボーラーと出会いました。調教師は、管理会社の社長みたいな存在です。管理会社と協力することで、いい物件に巡り合う確率も高くなると思いますから」と仲尾オーナー。

 名調教師とタッグを組んだ後の競走馬事業は順調だ。2020年度にはグローリーオース1頭で2000万円の賞金を稼ぎ、取得賞金は2500万円を超えた。37歳のときに推挙され、全国最年少で一般社団法人愛知県馬主協会(愛知県弥富市)の理事に就任。役員として馬主セミナーの開催や馬券の配当を増やす施策の提案と告知、県への新制度嘆願書の提出など、幅広い活動を行っている。

 一方、19年からは生産馬事業も開始。名馬ディープインパクトの子どもである牝馬が処分されそうなことを知り、引き取って牧場で繁殖馬にしたのがきっかけだった。生まれた子馬たちはほかの馬主に買い取られ、デビュー戦を勝利で飾った馬もいる。

「自分の馬が賞を取ってくれると、すごくうれしいですね。不動産事業と競走馬事業は似ている点が多いです。どちらも十分なリサーチと戦略がなければ収益を上げられず、経営するだけでなく、物件も馬も自分で理想のものをつくりたくなります。家主業で培った経験が、馬主をするうえでも役立っています」(仲尾オーナー)

▲名古屋競馬で7勝後、繁殖馬となったルナブランカ。3月に出産をした

(2024年6月号掲載)

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