物件に個性を持たせるだけではなく、地域の雰囲気づくりにも貢献できるのがアートの⼒だ。

無機質な街並み外壁で色を添える

 東京都内に3棟を所有する田中章生オーナー(東京都中野区)は、2021年に築50年弱の1K全8戸の木造アパートの外壁を幾何学模様で彩った。「建て替えも視野に入れていた物件ですが、どこにでもあるような新築物件を建てても、地域に無機質な建物があふれるだけだという思いがありました」と田中オーナーは振り返る。

田中章生オーナー(東京都中野区)(52)

ヌリーズ(東京都中野区)佐藤政夫代表取締役(46)

 築古物件の行く末を考える中、東京都中野区で地域活動を行っていた塗装事業者ヌリーズ(同)の佐藤政夫代表取締役と知り合った。折しも、同社がアーティストと組んで、田中オーナーの母校に壁画を描く企画を行ったタイミングであった。それをきっかけに、アパートの壁を使って壁画を描くというアイデアが浮かんだ。

 そこで、中野区や杉並区を中心にアートプロジェクトを手がける大黒健嗣氏をプロデューサーに迎えて、アパートの外壁を使った壁画制作が始まった。入居者がいたため、万人に好かれそうなデザインを描いてもらった。使用する塗料は、別の塗装現場で使用され、余ったもの。「廃棄される予定だった塗料を使うため、SDGsの観点からも意義のあるプロジェクトです」と佐藤代表取締役は話す。

 アートは築古物件の起死回生の一手になるのではないかと田中オーナーは考える。「築年数が進み、競争力が落ちると家賃も下がり、あとは低所得者向けに貸し出すという方法しか残らない場合もあります。ですが、壁画を描くことで『面白い物件だ』と思ってくれる人を呼び込めるのではないでしょうか」と語る田中オーナー。壁画を描くことはまちの雰囲気をよくする効果があると考えている。

▲グレーや白の壁が多い中、目を引く色合いだ

貯水槽にサーファー物件をランドマークに

若松雄一郎オーナー(愛知県豊橋市)(46)

 1980年竣工の物件の屋上にある貯水タンクにアートを施したのは若松雄一郎オーナー(愛知県豊橋市)だ。縦5m、横4mのアートは遠くからでも目立つ。テーマはサーフィン。もともと「波のいいときに好きなだけサーフィンができる環境を手に入れたい」という思いで不動産投資を始めた若松オーナーのこだわりだ。さらに「入居者の人生にもいい波がきますように」という願いも込められている。

 築古物件に壁画を採用するきっかけになったのは、 原勝己オーナー(福岡市)の「リノベーションミュージアム冷泉荘」への訪問だった。建物自体の古さをうまく生かすことで不動産の価値が上がり、ひいては地域の価値も上がっていく。そのための一つの方法として壁画を取り入れてみようと考えた。

 まさに「波」がきていた。たまたまラーメン店でサーフボードに描かれた絵を目にして、画家の山本拓也氏につながった。アートを使ったボランティア活動を行っていた山本氏は、若松オーナーの「壁画でエリアの価値を上げていく」という考えに賛同。通常の5分の1程度の制作費で請け負ってくれた。

「仲介担当者は内見者に壁画の話をしているようです。話題性が成約率アップにもつながっていると考えます」(若松オーナー)

 築古物件を再生しつつ、25棟310戸まで規模を拡大している若松オーナーは、地域の困りごとになっている物件を再生することで地域住民が喜んでくれるという経験をしてきた。

 そうした中で、地域の良さは建物で決まることに気付いた。「自分の所有する物件にアートを施すなどで付加価値を与え、地域のモニュメントをつくり出すというイメージで取り組んでいます」と若松オーナーは話す。

▲物件名のマーベリックスはサーフィンの名所

共用部にネコたち入居者を癒す

増田理人オーナー(大阪市)(36)

 関西大学から徒歩10分、「アートと暮らす」をコンセプトにした「Brooklyn ONE(ブルックリンワン)」を所有する増田理人オーナー(大阪市)。2023年に画家の晴夏氏に依頼して、物件の共用部の壁などにアメリカ・ニューヨークの街並みや、猫の姿を描いてもらった。特に、階段や郵便受けから猫がのぞくアートは、インターネットニュースにも取り上げられ話題となった。

 もともと、「家探しや内見時のドキドキする感覚が好き」という気持ちから物件を購入、賃貸経営を始めた。入居者に自分と同じ感覚を与えられるような物件を造りたいという願いが根底にある。「収入面がプラスになればもちろんいいとは思いますが、賃貸経営の入り口が趣味のようなものでした。物件のコンセプトも自分が楽しいと思えるものをと考えたときに、アートをテーマに据えたのです」と増田オーナーは話す。

 アイデアの基になったのが、22年に旅したマレーシア、ペナン島の街並みだ。「アートが街の中に溶け込み、人の生活に密着していることにとても感動しました」(増田オーナー)

 帰国後、物件の掃除をしているときに塗装のし直しの必要がある箇所に気が付いた。ふと、ペナン島の街並みを思い出し、単なる無地の壁にするよりは、アートがある物件のほうが住まいとして魅力的ではないかと思い付いた。

 そこで、画像を探す中で晴夏氏に出会いコンタクトを取った。絵画制作時は、ライブペイントとして一般公開・配信したことにより、多くの人々の注目を集めることにもつながった。

 現在は住居利用のほかアトリエ利用も可能という形で物件の貸し出しを始めている。ニューヨーク・ブルックリンは、アートを介して古いもののよさを生かしている街。築古物件が新築物件と戦っていくには、古さをどう生かすかが大事になってくると増田オーナーは考える。そのための一つの方法がアートなのだ。

「お金をかければ簡単かもしれませんが、そこではないところからアイデアが生まれると思います」(増田オーナー)

▲まるで物件のあちこちに猫がいるかのような雰囲

(2024年7月号掲載)

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