永井ゆかりの刮目相待:11月号掲載

相続事業継承

連載第86回 独りよがりのリスク

思い込みによる判断

 築30年を超えたアパートは建て替えなければならない。子どもの世代への事業承継を考えると、そうするのが一番だ――。こう考えていた地主がいた。その地主はハウスメーカーや知人が紹介してくれた建築会社に相談。建築費は、相当な金額になり、その分借入額も高くなる。現金にそれほど余裕はないが、代々続く地主ゆえに、金融機関に相談すれば、難なく融資を受けることができる状況だ。

 「相続税を考えたら借金が多いことはそれほど問題ではないかもしれない」と自身では考え、建て替え前提で不動産会社やハウスメーカーで新築するための情報を集めた。

 そうした中、知り合ったある専門家から「建て替えないほうがいいかもしれません」と言われた。最初はその言葉の意味を理解できなかったようだ。その専門家は、多くの地主から不動産に関する相談を受けており、長年、相続対策や賃貸物件の経営でうまくいかない地主や家主を多く見てきた。

 建て替えないという選択肢を提示した理由は、築年数が古くなったからこそのメリットがあることと、建て替えにより多額の借金を背負うという資産的負担を踏まえたうえで、地主自身が先々を見通せていないことだった。

 建て替える、建て替えずに維持する、ベストな選択はどちらなのかをシミュレーションすることは、大事だろう。だが、「古くなったら新たな借り入れをして新築する」ということが自身の常識となっている人は少なくない。いわゆる思い込みは、ベストな判断を遠ざけることになるかもしれない。

客観的な検証は重要

 思い込みによって、判断してしまうことは、何も地主の不動産活用に限ったことではない。ただ避け難いいのは、前出の専門家のように、本当にその判断はベストなのかと疑問を投げかけてくれる会社が決して多くはないことだ。

 今回のように、建て替えとなると、建築会社側からは「建て替えないほうがいい」とは言いにくいだろう。ビジネスの立場上、せっかくの見込み客を簡単に手放さないということはもちろんある。だが、知識があまりなく、地主と同様に建て替えることがベストだと考えて対応する営業担当者もいるだろう。

 何か大きな判断をするときに重要なのは、客観的に検証してくれる人を探し出すことではないか。今回の建て替えのケースでいえば、直接利害関係のある住宅メーカーや建築会社に相談して、そのアドバイスだけで判断することはやはり不安が残る。建て替えるということに対して利害関係者ではない会社や専門家に相談し、シミュレーションしてもらうことがポイントだ。

 シミュレーションによって、現在の状況と将来の状況を「見える化」する。明示できれば、自身の判断が思い込みによるものかどうかを確認したり、家族にも説明したりしやすくなる。誰に相談するかは、やはり重要だ。

Profile:永井ゆかり

東京都生まれ。日本女子大学卒業後、「亀岡大郎取材班グループ」に入社。リフォーム業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、2003年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスク就任。翌年取締役に就任。現在「地主と家主」編集長。著書に「生涯現役で稼ぐ!サラリーマン家主入門」(プレジデント社)がある。

(2024年11月号掲載)
関連記事↓
永井ゆかりの刮目相待:10月号

一覧に戻る

購読料金プランについて