仲の良かった叔父2人 9年に及んだ遺産分割協議
田中考春オーナー(三重県桑名市)
田中考春オーナー(三重県桑名市)は10年ほど前、壮絶な相続を経験した。家の財産を引き継ぐにあたり、2人の叔父と決別寸前までもめてしまったのである。しかも、その闘争は9年間に及び、結果的に多くの資金を失う結果になってしまったという。
話は今から約30年前、1995年にさかのぼる。
田中オーナーの家は代々資産家で、当時、その資産は祖父母が所有していた。祖父には3人の息子がおり、その長男が田中オーナーの父親だった。
多くの資産を持つ田中一族はそれまで親族間の仲も良く、もめ事のない平穏な暮らしを送っていた。当時はまだ大学生だった田中オーナーにしても、もちろん〝財産を巡る親族間トラブル〟など、想像すらつかない人ごとに過ぎなかった。しかし、その年、一族の跡取りであった田中オーナーの父親が50歳の若さでがんで急死してしまったことから、状況が一転した。
それまで田中家は相続対策らしいことは何ひとつ行われていなかった。だが、跡取りとなるはずだった父親の急死によって、その対策に迫られることになった。そこで父が亡くなった翌年に田中オーナーが祖父母の養子となり、相続人を増やして相続税を減らす対策を行った。だが、これがそもそも後に長く続いた紛争の火種になるとは、その頃の田中オーナーは気づかなかったという。
「孫を養子にするのは、祖父母世代の資産が多い場合はよくある話です。もっとも私自身はまだ学生で何もわからず、親族から言われるままになっただけでした。今思い返すと、そのときから叔父たちは内心では面白くないと思っていたのでしょう」(田中オーナー)
さらに問題を複雑にしたのは、〝代襲相続権〟の発生だった。跡取りである父親が祖父母より先に死去したことによって、田中オーナーが父親の分も代わりに相続することになる。代襲相続権は孫が養子となっている場合にも重複して発生するため、結果的に田中オーナーの相続がいわば〝二重取り〟のような形で取り分がかなり多くなってしまったのだ。
孫養子かつ代襲相続で多く相続 叔父たちが遺留分侵害額請求
その後も、田中家ではさまざまな相続対策が実施された。田中オーナーの父が亡くなって6年後には、祖父母所有の駐車場にRC造4階建て16戸の賃貸マンションを新築。さらにその3年後にも同じく所有していた駐車場の土地に、やはりRC造8階建て21戸の賃貸マンションを建てた。その相続対策の進行を見守るようにして、2003年には祖母が、そして05年には祖父が相次いで亡くなった。
祖父母亡き後、田中オーナーと叔父たちとの間で一気に相続争いが発生した。
発端となったのは祖父が残した公正証書遺言であった。そこには、遺産のうち田中オーナーに3分の2を、残り3分の1を2人の叔父にそれぞれ6分の1ずつ渡すように記されていたのだ。実は田中オーナーは父親の死後、祖父母と同居していたため、祖父としては、その点も考慮してのことだったかもしれないが、これに不満を持ったのが叔父たちだった。
田中オーナーの父が亡くなり、田中オーナーが祖父母の養子になった時点で、法定相続分は叔父たちがそれぞれ4分の1ずつ、田中オーナーは残り2分の1となっていた。ただでさえ田中オーナーの取り分が多かったところに、追い打ちをかけるように祖父の遺言によって、叔父たちがもらえる分が4分の1から6分の1に減ってしまったことが、火種となったのだ。
「父が亡くなった当時とは違い、このときは私も社会人でしたから自分でいろいろと解決策を探しました。当然、弁護士にも相談して叔父たちとも冷静に話し合いたいと思っていたのです。公正証書遺言があっても『遺留分侵害請求』が可能だということには驚きましたが、いくらか支払うことですぐ解決すると思ったのです。当時依頼していた弁護士もそんな見解でした。それがまさか、ここまで長引くもめ事になってしまうとは想像もつきませんでした」(田中オーナー)
叔父たちが持ち出して来たのは遺留分侵害額請求だった。法律上、たとえ公正証書遺言が残されていても、それに不満を持った相続人は法定相続分の権利を主張して遺産分割協議を求めることができる。
田中オーナーは、叔父たちとの間で感情面でのすれ違いが大きくなってしまっていたことも、当初は気付いていなかった。
「私は子どもの頃、両親が共働きだったこともあり、しばしば祖父母の家に預けられ、近くに住んでいた叔父たちにかわいがってもらいました。ドライブにもよく連れて行ってくれるなどとても仲は良かった。逆にそこに私自身の甘えがあり、叔父たちの感情を読み取れなかった面があったかもしれません。祖父母の養子になったこと…、そして祖父から私に多く遺産が渡される遺言をもらったこと…。私自身が望んだことではないにせよ、今考えてみると叔父たちの感情を逆なでしてしまったのかもしれません」と田中オーナーは振り返る。
実際、叔父たちの田中オーナーに対する攻撃はいささか常軌を逸するような面もあった。祖父母は田中オーナーと同居していた当時、田中オーナーの学費を親代わりに負担していた。このことを叔父たちは、20年近くたってから持ち出し「これは生前贈与ではないか」と主張したのだ。こうなるとまさに泥仕合のような展開で、争いは混乱を極めた。
遺産分割協議中の家賃 後の支払いに備えて使えず
協議中は、資産についての資料作成の手間や経費も大きくのしかかった。
相続対策のために建てた賃貸マンションやそのほかの所有不動産に関しては、遺留分侵害額請求をされれば、評価額を算出しなければならない。だが、不動産鑑定は鑑定士によって評価が異なることが多い。しかも、双方が依頼した鑑定士は依頼人の意向に沿うように評価を提示する傾向が強いため、なかなか決着がつかない。何度も何度も鑑定をし直せばその分、経費もかさんでしまう。
さらに田中オーナーにとって何よりつらかったのは、相続したマンションの家賃収入をため込んでおかなければならず、必要な修繕などに資金を振り向けられなかったことだった。というのも、遺産分割協議中に発生した家賃は、その後誰が相続したかにかかわらず法定相続分によって相続人が受け取れる決まりになっているからだ。
結局、協議は難航して9年間にも及んだ。そのため実際に手にした額は、祖父の遺言が早く認められていれば受け取れるはずだった家賃よりかなり少なくなってしまった。しかも、その精算は協議が決着してから行うため、田中オーナーは9年間、家賃を使うことができなかったのだ。必要なリフォームに十分なお金がかけられず、家主として歯がゆい思いをしたという。
祖父の死から9年たったとき、田中オーナーはそれまでずっと依頼していた弁護士に見切りをつけた。そして、こうした遺産分割協議に精通していると評判の弁護士を見つけ出し、その弁護士に依頼することでなんとか決着。調停まで進むことなく合意に至ることができた。結果は、祖父が残した遺言どおり、田中オーナーが遺産の3分の2を相続し、不動産はほぼすべて田中オーナーの所有となった。しかし、協議中の9年間に失ったものはあまりに大きかった。そのうえ、田中オーナーは叔父たちにそれぞれ1000万円の精算金を支払うことになってしまったという。
「不動産の評価額が高いからといって、私の手元に現金があるわけではありません。弁護士費用も含めて足りない分を銀行から借り、やっとの思いで精算金を支払ったときは何とも言えない虚脱感がありました」(田中オーナー)
・公正証書遺言があっても安心できない
・専門家はその道に強い人を探すべし
・多少お金がかかっても、早期解決がいい
(2025年1月号掲載)
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