ミュージシャンを辞めてビル経営に参画
大幅リノベで新たなテナントを呼び込む
初めて融資を引いてビルの「顔」を変える
このままでは魅力のない築古ビルになってしまうと気が付いた細田社長は、2015年に1年間かけて日本中のビルを見学して回った。未来の細田ビルのモデルになるようなビルをたくさん見ることで、自分の中での基準ができた。
こうして16年、およそ2億円の融資を受けて外壁の大規模リニューアルを実施した。古さが目立っていたベージュの建物は黒と白で引き締めた。雑然さを払拭するために、建物に取り付けるテナントの看板も白と黒に統一した。
エントランス内は一転、木のぬくもりを感じるルーバーを取り入れた。リーブスで知り合った建築家にデザインしてもらうことで、かつては不動産会社のマイソクが貼り付けられていた壁面も、絵画や写真を飾りガラッと印象を変えることに成功した。
- ▲After:テナントのサービスを撮影して、エントランスに飾った
- ▲Before:スペースはすべて収入化すべきと考えていた時代のエントランス
そのほか、屋上部分は将来的にビアガーデンのような使い方をして収益化が図れるように改修、エレベーターもメンテナンスを行った。
大規模なイメージチェンジを断行したことで、築50年以上経つ築古であることを感じさせないデザインのビルが完成した。大規模修繕後、坪単価で8000円のアップを実現できたという。
イメージチェンジはビルの裏通りにまで及んだ。
「メイン通りから飲食店街につながる道でしたが、酔っぱらいの粗相やタバコのポイ捨て、いたずら描きが多く、清掃に手間がかかっていました」と細田社長は振り返る。
清掃をしても迷惑行為はなくならず、雑多な雰囲気は拭えなかった。結果として、スリやひったくりが起きる通りになってしまっていたのだ。どうにかして雰囲気を変えることはできないかと考えた末、外壁の一部に壁画作品を飾ることにした。
- ▲After:特別支援学校の生徒たちの手による明るい色の作品
- ▲Before:かつては暗く雑然としていた裏通り
協力をしてくれたのは、千葉県立特別支援学校流山高等学園の生徒たちだ。細田社長のイメージは「パワースポットの創出」。壁画を飾ったことで、印象が明るくなり、結果としてごみ捨てや落書きがなくなる効果があった。
この改善は意外な縁につながった。裏道側にあった30坪ほどの駐車場を、近隣の保育園に通う園児たちの遊び場として開放することになったのだ。
駐車場の有効活用について、柏駅周辺のまちづくりを推進する「柏アーバンデザインセンター」の関係者と話していたところ「柏駅前には公園がない。園児の散歩時に遊べるスペースがなくて困っている」という話が出た。それなら駐車場を遊び場にできるのではないかと話が進み、1年間限定ではあるものの、無償で貸し出すことにしたのだ。
かつては、よっぱらいが粗相をしていたような裏道に、子どもたちの声が響き渡る光景が広がった。まさに壁画がパワースポットとなっていい縁を引き寄せたと言えるだろう。
21年には長期入居をしていた証券会社がいよいよ退去となった。1度目の大規模リニューアルの成功により、築古ビルの価値を上げるためには修繕が重要だと知った細田社長。退去も修繕のチャンスと考え、漏水箇所の修理など2度目の大掛かりな修繕を行った。

▲オープニングセレモニーには近隣の保育園園児を招いてテープカットを行った
自分の夢を実現する場所に 同時に地域づくりにも貢献
リニューアルを経て、細田ビルの新しい姿をつくり上げた細田社長。それと前後して、伯母がビル経営から引退した。伯母は埼玉県加須市に在住しているため、細田ビルへの出勤時は細田社長が車で送り迎えをしていた。その間に伯母との会話も増え、経営者としての信頼も勝ち得たのだ。名実ともに、細田社長がビル経営を引っ張っていく立場となった。
自分の代でのビルの姿を思い浮かべたとき、細田社長の究極のコンセプトは細田ビルを「音楽ビル」にすることだった。30歳までミュージシャンとして活動していた頃の思いをビル経営にも生かしたいと考えたのだ。
「テナントとしてレコード会社やライブ会場も入るような音楽ビルを造ることで音楽を通じて社会貢献したいと考えました」(細田社長)
そこで、夢の第一歩として16年に開催したのが音楽フェスティバルだ。細田ビルの1階部分は、ちょうど凸の字のように突き出た形になっている。セットバックが必要になった際、その部分をカットできるようにした構造だというが、そこをちょうどステージとして活用することができた。ミュージシャンの友人に声をかけて演奏したところ、大勢の人が集まった。
- ▲ビルをステージとして使用。地元の学生たちにも演奏してもらった
- ▲歩行者天国でパフォーマンスを行うフラメンコダンサーたち
「リップル柏」という音楽組織を組成し、翌年はさらに規模の大きな音楽フェスティバルを開催した。イベントはすでに細田ビルの敷地を飛び出していた。歩行者天国には店が立ち並び、フラメンコダンサーが踊った。駅前では弦楽四重奏が行われた。
イベント開催にあたっては、地元の商工会議所や商店会、行政とのコネクションができたことも大きな財産だと細田社長は考える。
「自分が理想とした、音楽を通しての地域貢献はある程度実現できました。この貢献自体では、正直マネタイズはなかなか難しい。ですが、イベントを通して得た多くの人脈は財産だと思っています」(細田社長)
次のステップは資産組み換え 引き継いだ土地への思い
こうして、30代を走り抜けた細田社長。今後、細田ビルの社長として考えることの一つに、都内への資産組み換えがある。家賃の総収入は細田社長の奮闘のかいあって、引き継いだ当初に比べて1・8倍になった。だが、千葉県に集中して物件を持つのではなく、都内への組み換えを進めていくことも重要だと思っている。
こうした考えに至るきっかけとなったのは20年に東京の南麻布に区分マンションを購入したことだ。当初、細田社長自身が使うことを念頭に置いていたが、現在は賃貸として貸し出しており、賃料は月額45万円だ。物件価格も5年で1・4倍になっている。
東京の不動産価値が上がり続けていることを肌で感じる中、少数でも都内に物件を持つことが、今後の不動産経営の安定化につながるのではないかとみる。
「資産組み換えを考える中で大きなハードルは、やはり引き継いだ土地への思いでしょう。どのようにその思いを消化し、経済合理性を高めるのかが今後の課題になると思っています」(細田社長)
1970年:祖父が細田ビルを竣工
80年:祖父逝去
2010年:父親逝去
11年:直志氏がビル経営に参画
16年:細田直志社長就任。外壁を大規模リニューアル 地域振興の一環として音楽フェスティバル開催
20年:南麻布に区分マンションを購入
21年:2度目の大規模修繕実施
(2025年6月号掲載)
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ビル オーナー 物語:元ミュージシャンがビル経営①
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