家主4人の法人設立による節税事例
法人化による節税メリットを生かすタイミングは、所有物件の規模やオーナー自身の年齢などにより異なる。家主が会社をどのように節税のために活用しているのか、実例を紹介する。
物件を増やしながら独学で法人化 サブリースから建物所有へ
大木雅夫オーナー(67) (東京都新宿区)
4棟42戸を所有する大木雅夫オーナー(東京都新宿区)が法人化を検討し始めたのは、家賃収入が約2000万円となる、2009年頃だった。「ちょうど専業家主となって時間ができたので、法人化について独学したのです。管理委託方式とサブリース方式は把握できましたが、建物所有方式は不確かな部分があり、サブリース方式で法人設立の準備を進めました」と大木オーナーは話す。
翌年、父親が他界し、兄弟と遺産分割について協議し、相続税の申告を行った。そして11年1月に会社を設立。「サブリース料だけですが、個人の所得が減り、所得税の納税額を減らせました。そのほか、個人では経費扱いにできない費用を、経費にできる点は大きかったです。法人手続きは司法書士に依頼して、費用は約20万円ほどでした」(大木オーナー)
サブリース方式で賃貸経営をしていたが、大木オーナーは13年に建物所有方式へと切り替えた。そのきっかけは、相続税の申告で税務調査が入ったことだった。「申告内容を見直すため、相続に詳しい税理士に改めて依頼することにしました」(大木オーナー)
家族を代表や役員として 所得も軽減する
折りしも既存物件を建て替えるために、工事事業者と法人名義で契約し、工事費も銀行から法人として融資を受けたタイミングだった。税務調査の動向を見守る中、建て替え工事が終わり、3階建てのマンションが竣工。それを法人が所有して運営する建物所有方式にした。税務調査をきっかけに、顧問契約を結んだ税理士が移転の手続きにも詳しかったからだ。
「家賃収入がすべて法人のものとなり、個人所得は法人からの給料のみ。個人事業主のときと比べて、所得税の税率は大きく下がりました。法人代表の妻、役員の長男にも給料を支払うことで、将来の相続税資金として備えられるようにもなりました」(大木オーナー)
事業承継への道筋もつき、大木オーナーは所有物件を増やし、築古物件の建て替えを行っていく予定だ。
大木オーナーの節税までの道のり
2003年
兼業家主として賃貸経営をスタート。所有物件は2棟24戸
2009年
専業家主になる。所有物件の増改築を行い、2棟29戸に。法人化の検討を始める。翌年、父親が亡くなる
2011年
株式会社を設立。建て替え工事を開始
2012年
建て替え工事が終わり、所有物件は3棟38戸に。相続税の修正申告で約10万円を納税
2013年
すべての物件の所有権を法人へ売却。築古戸建てを法人名義で融資を受けて購入し(土地は大木オーナー名義)、リノベーションする。所有物件は4棟42戸に
まずは父親の相続対策に奔走する 個人事業主から8年目で会社を設立
渡邉一男オーナー(67)(長野市)
長野県で自主管理する渡邉一男オーナー(長野市)は、04年に父親から賃貸経営を引き継いだが、相続対策のほうが急務だった。「父が脳梗塞で、要介護3となりました。万一のことを考えて相続税を試算すると、約8000万円という金額に。支払える預金はありませんでした」と渡邉オーナーは話す。
渡邉オーナーの父親は、2000坪の土地をもつリンゴ農家で、アパート3棟と戸建て6棟の賃貸も経営。試算した相続税を支払うためには、家賃収入だけでは乏しく、アパートを建てた際の借入金の返済もあった。
06年、渡邉オーナーは父親に助言し、約1億2000万円の融資を受け、集合住宅を2棟新築した。「リンゴ農家を継ぐ予定はなかったので、2000坪の土地を生かそうと思いました。父親名義で融資を受けて新築することで、相続対策にもなりますから」(渡邉オーナー)
08年には戸建ての建て替えを行い、父親名義で約1億6000万円の融資を受けて、RC造の集合住宅を建てた。所有物件は6棟49戸になり、課税所得は1000万円弱に。
法人化をして 手残りを増やす
渡邉オーナーは12年に法人化の検討を始めた。「今後、減価償却費の減少により、所得税と住民税などが上がることがわかったのです。借り入れ返済が終わった建物は法人に移し、所得の分散を図ろうと思いました。返済が終わっていない建物はサブリース方式でと考えました」(渡邉オーナー)
法人の設立を進める中、父親が他界。生前の相続対策により、相続税は0円だったという。渡邉オーナーは、13年に会社を設立。14年に借入金の返済が終わった1棟を法人へ売却し、家賃収入を法人のものにすることができ、個人所得を大きく下げられるようになった。そして渡邉オーナーは、残りの敷地を生かして15年と21年、そして22年に賃貸住宅を新築した。
「家賃収入が増えたので、新会社の合同会社を20年に設立しました。新築物件については新会社で所有し、管理しています。最初の法人の賃貸経営の実績により、設立間もない合同会社でも銀行からの融資を受けられました。二つの会社を使い、家賃収入は約5500万円。税引き前キャッシュフローは2500万円ほどです」(渡邉オーナー)
渡邉オーナーの節税までの道のり
2004年
賃貸経営をスタート。9棟28戸を自主管理
2006年
専業家主となる。父親名義でRC造の集合住宅を2棟新築。所有物件は11棟40戸に
2008年
既存の平屋戸建て6棟を解体し、RC造の集合住宅1棟を新築する。6棟49戸に。母親が亡くなる
2012年
法人化の検討開始
2013年
父親が亡くなる。株式会社を設立
2014年
借入金の返済が終わった1棟の建物の所有権を法人に移す
2015年
個人名義で2棟を新築する。8棟51戸に
2020年
合同会社を設立
2021年
集合住宅2棟と戸建て2棟を新築する。12棟66戸に。いずれも合同会社の所有とする
2022年
借入金の返済が終わった1棟を株式会社に売却。妻の名義で戸建てを新築し、合同会社によるサブリース方式で経営。所有戸数は13棟67戸に
会社を設立して、資産を管理する 相続を見据えて法人3社を活用中
楠誠司オーナー(63)(大阪府茨木市)
「東京でサラリーマンをしていて、地元に戻るつもりはありませんでしたが、相続することになり、専業家主になりました」。こう話すのは楠誠司オーナー(大阪府茨木市)だ。
09年に相続したのは、2棟12戸のファミリー向けアパートと二つの月極駐車場で、叔父との共有名義のアパートもあった。不動産所得が1000万円を超えていたため、楠オーナーは10年に会社を設立し、サブリース方式での経営を始めた。
その後、叔父との共有名義の物件を売却し、月極駐車場も売却することになった。それらの資金を元手に12年、楠オーナーは中古マンションを2棟購入して、土地は個人名義、建物は法人所有とした。土地を個人名義で購入したのは、駐車場を売却するタイミングと重なったことで、その売却において『事業用の資産を買い換えたときの特例』が使えたからだという。
法人税対策として 新会社を設立
楠オーナーは、12年に2社目の法人を設立した。翌年に中古マンションの購入を計画しており、それにより家賃収入が増えて法人税の税率が上がることが見込まれたため、取引のある銀行から新会社の設立を勧められたという。銀行融資を受けて、土地と建物は法人で購入した。
「2社目を設立したのは、節税対策もありますが、相続も考えてのことです。私には子どもが3人おり、将来発生する相続においてそれぞれに株式譲渡を想定しています」(楠オーナー)
19年、楠オーナーは事業承継を目的に、3社目の法人を設立した。そして、同年に借入金の返済が終わった1棟の土地を法人に売却し、21年にも個人名義だった1棟の土地を法人に移した。
「3社あることで、将来の相続人である3人を株主として、株式そのものを相続財産の対象から外すことができます。会社の借入金の返済状況と純資産状況を把握し、株価対策をしながら譲渡のタイミングを検討中です」(楠オーナー)
楠オーナーの節税までの道のり
2009年
専業家主として賃貸経営を開始
2010年
株式会社Aを設立
2012年
中古マンション2棟を購入。土地は楠オーナー、建物はA名義に。株式会社Bを設立する
2013年
中古マンションを購入。土地、建物ともBが所有する
2015年
Aがテナントを購入。土地、建物ともA名義に
2019年
株式会社Cを設立。所有物件1棟をCへ売却する
2021年
所有物件1棟の土地、建物をAに売却。所有物件は賃貸住宅5棟48戸、テナント3戸に
父の幽霊会社をてこ入れ 所得を分散し、相続にも備える
岡村剛行オーナー(58)(大阪市)
大阪市を中心に4棟190戸を所有する岡村剛行オーナー(大阪市)は、36歳のときに父親からの相続が発生し、賃貸経営を始めた。大手ガス会社に勤めながら経営にあたっていたが、所有物件の数と状況から退職し、家業に専念することに。
岡村オーナーの父親は有限会社を設立するも、幽霊会社状態で、節税対策を特にしていなかった。そこで、岡村オーナーは有限会社の代表に就き、所有物件のサブリース方式での経営を始めた。当時5000万円あった不動産所得を分散し、節税を実現。そして2年後、有限会社を株式会社へ組織変更した。
法人へ所有権を売却 約6億円の融資も獲得
それ以降、 岡村オーナーは規模拡大に努め、07年と09年に新築マンションを購入し、13年にはマンションを自ら新築した。法人が銀行から借り入れ、いずれもサブリース方式で経営。20年にそのうちの1棟の所有権を法人へ売却した。
「所轄の税務署の担当者がサブリース方式に厳しい立場を取る人だったので、所有権を法人とし、建物所有方式へと方針変更をしました」(岡村オーナー)
21年にマンションを新築する際、この実績が評価された。
「融資額が約6億円という新築計画です。銀行との融資交渉では資産管理法人に対し、その融資額の例は少ないといわれました。しかし、前年に1棟の所有権を法人に移していたことが攻を奏して、融資の審査が通ったのです」(岡村オーナー)
また岡村オーナーは、事業承継のためにも法人が不動産を所有し、経営したほうがいいと考えている。「親戚で遺産の相続争いがあり、ばらばらに売られるのを見てきました。わが家が所有するのは、曽祖父が雑貨店で築いた財産を元手に購入した土地・建物がベースです。私の代で規模拡大ができました。複雑になりがちな共有財産を法人名義に集約できる点も法人化のメリットだと思います」(岡村オーナー)
岡村オーナーの節税までの道のり
2001年
兼業家主をスタート。賃貸住宅30戸のほか、借地と貸し駐車場、農地を所有
2003年
専業家主となる
2004年
有限会社の代表に就く
2006年
有限会社から株式会社へ組織変更
2007年
マンションを新築する
2009年
新築マンションを購入
2013年
マンションを新築する
2020年
07年に新築したマンションの所有権を法人に移す
2021年
法人名義で融資を受け、マンションを新築。土地と建物は法人名義に
2022年
09年に購入したマンションを売却
(2024年4月号掲載)
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