【連載】税の知識をプロから学ぶ! 家主のための税務対策Q&A:12月号

税務賃貸経営
  • HOME
  • 税務
  • 賃貸経営
  • 【連載】税の知識をプロから学ぶ! 家主のための税務対策Q&A:12月号

第2回 事業用資産の買い換え特例、適用の注意点

Q:事業用資産の買い換え特例の落とし穴とはどんなものですか?
A:買い換え後の建物に対応する減価償却費が減り、最初からデッドクロス状態ということにもなりかねません。

所得税・住民税増の可能性も

 不動産の売却額から、取得費と譲渡費用を差し引いたものが譲渡所得として課税対象になります。取得費とは、不動産の購入に要した金額から建物の減価償却費を差し引いた金額です。

 譲渡所得は、個人であれば所得税と住民税の合計で長期譲渡は20%、短期譲渡では39%課税されます。何百・何千万円という金額の納税が必要となる場合もあるため、少しでも税金を減らしたいと「事業用資産の買い換え特例」の適用についての相談をよく受けます。しかし、果たして本当に使う価値がある制度なのでしょうか。今回は、そのことについて解説します。

 事業用資産の買い換え特例とは、要件を満たす事業用資産の売却をして定められた期間内にほかの事業用資産を購入すると、元の不動産を売却したときの利益である譲渡所得の8割を圧縮することができる制度です。譲渡所得税が残りの2割相当にのみ課税されることになるので、実質8割相当の税負担が減る制度として知られています。

 ただ、当事務所では個人の事業用不動産の売買をした際、事業用資産の買い換え特例を適用することは勧めていません。 
 その理由は、第一に無理やり不動産を購入してしまう可能性があるからです。遅くとも譲渡をした翌年中には買換資産を購入する必要があるので、この特例を使うために急いで物件を購入してしまうことになりかねません。

 第二に、譲渡所得の8割が圧縮されるものの、代わりに買換資産の取得価額が圧縮される点があります。例えば買換資産の土地を1億円で買ったとしても、その買換資産を売却する際は1億円を取得費とできないため、将来的に多額の譲渡所得が計上されることになります。将来の売却時に多額の納税が発生するので、事業用資産の買い換え特例は本来「永久免税」ではなく「課税の繰り延べ」と認識すべき制度です。

 買換資産が土地であれば売却するまで課税は免れますが、建物だった場合は取得価額が圧縮されることにより、毎年の減価償却費は減ります。結果的に経費計上できる金額が減り、毎年の所得税・住民税の負担も増える可能性があります。ここで気を付けたいのが毎年の所得税は累進税率で、住民税も合わせると最大55%の税率になる点です。長期譲渡20%の税負担を回避するために事業用資産の買い換え特例を適用した結果、将来的には最大55%の税金を課される場合もあるのです。

個人での特例適用は慎重に

 減価償却費の減少は、ローンの元金返済額が減価償却費を上回る状態(デッドクロス)を引き起こしやすくもします。ただでさえ不動産購入時、購入金額のうち土地代金相当は減価償却できません。この特例を使うことで建物に対応する減価償却費が減り、最初からデッドクロス状態ということにもなりかねないのです。

 減価償却費の減少により経費計上できる金額が減るということは、税負担が増えて資金繰りが悪化するばかりか、健康保険料の負担増加にも直結します。所得金額次第では医療費の負担も1割では収まらなくなり、3割負担になってしまうといった可能性も出てきます。

 事業用資産の買い換え特例により、売却時の一時的な税負担は減るでしょう。ただ、このように将来その減少した分以上のデメリットが生じる可能性についてはあまり知られていません。「特例だから使わないと損」というわけではないのです。
 実際に当事務所の顧客の中にも、前の顧問税理士と不動産事業者主導で事業用資産の買い換え特例を利用したばかりに毎年の減価償却費が減り、所得税・住民税、さらに健康保険料の負担が重くなり苦労している人がいます。そして、一度適用してしまうと変更できないのも悩ましい点です。

 税率がほぼ一定の法人はまだ事業用資産の買い換え特例は使いやすいですが、デメリットの多い個人でもこの特例を使う人は後を絶ちません。買換資産の購入資金を増やしたい不動産事業者の意向や、デメリットをよく知らない顧問税理士に惑わされることなく、あくまで〝課税の繰り延べ〟という認識を持てば、ご自身に本当に役立つ制度なのかどうか、冷静な判断ができることでしょう。

 目先の利益にこだわり適用してしまうと、その物件を所有する限り未来永劫(えいごう)デメリットを甘受することにもなりかねません。個人での事業用資産の買い換え特例の適用は、慎重にしていただきたいものです。

【解説】
スリーアローズ税理士事務所(大阪市)
三矢清史代表税理士

CCIM(米国認定不動産投資顧問)、CPM(米国公認不動産経営管理士)の資格を持ち、不動産・相続関連のセミナーなどで家主に有益な情報を発信。相続税のみならず、所得税、法人税も考慮した総合的な対策を得意としている。

(2024年12月号掲載)

一覧に戻る

購読料金プランについて