所有地を活用し発展を目指す 寺の若き副住職の挑戦
令和の時代、経営に悩む寺は多い。住職が副業をすることも珍しくないという。長きにわたって寺の所有地を底地として地域の人に貸していた例も多い。愛知県刈谷市にある十念寺もその一つ。若き副住職は仏道に励みつつも経営の視点から不動産をうまく活用し、寺や地域を支えるべく奮闘している。
宗教法人十念寺(愛知県刈谷市)
副住職 浅見修氏(37)
寺が経営する土地の一部を 貸地や駐車場として活用
十念寺は古くから続く浄土宗の寺。名古屋鉄道三河線刈谷市駅から商店街を抜けた場所に広々とした境内が広がる。
この寺の息子として生まれ、22代目の住職になる予定であるのが、現在副住職の浅見修氏だ。副住職のほか、敷地を生かして不動産経営を担っている。父は住職に専念しており、不動産関連は浅見氏が取り仕切っている形。寺が所有する敷地約7000㎡のうち、約2000㎡を15契約分の貸地、約1000㎡を40台分の駐車場として活用しているという。
寺が敷地を地域の人に貸し始めたのは70年ほど前。昔と違うのは、浅見氏が不動産事業を寺の運営の柱と捉え、経営の意識を強く持っていることだ。不動産を健全に運営して、ある程度の利益を出すことで寺の経営も安定する。実際に、十念寺では不動産による収入が全体収入の約半分を占めている。
実は、国内の寺は小さいものを合わせるとコンビニエンスストアよりも多く、約7万700軒ある。人口の減少により競争も激しくなり、寺は宗教関連の事業だけでは運営が立ち行かなくなってきているという。十念寺は駅に近い立地であることも幸いし、檀だん家かが減っているわけではない。しかし、檀家と寺との関係は以前よりは希薄になっている。今後も寺が存続するためには、何か収入の柱が欲しいと浅見氏は考えた。「お布施の額が高い地域やよほど檀家が多い寺であれば別ですが、実は半数ほどの寺は年商300万円以下です。私の僧侶仲間にも、教員やサラリーマンなどの副業を行うことで寺を運営できている人はたくさんいます」(浅見氏)
ちなみに、十念寺の所有地は浅見家のものではなく、あくまで宗教法人十念寺が所有しているものだ。浅見氏は「所有地は檀家みんなの資産という意識が強いです。地域の代表として管理をしているのが住職。そういったところは通常の地主とは感覚が違うと思います。地域のみんなや未代の住職が困らないように、適切に運用していく必要があります」と話す。
地域を活性化させるためにも活動に力を入れたいと考える浅見氏。寺の敷地内で、ヨガやピラティス、写経会といったイベントを開催している。「イベントが好きというよりは、寺を盛り上げるための作戦を立てて、筋道と結果を見るのが楽しいので開催しています。寺の盛り上げも、経営の視点を持って取り組んでいきたいです」(浅見氏)
経営のために不動産を勉強 未納金対策を進める
浅見氏は25歳のときに仏法の修行を終えて実家に戻った。当初は不動産への関心はさほど高くなかったという。「10年間は週5日、朝から寺の掃除をしたり、法事のお勤めをしたりしていました。寺のことしかやっていなくて、不動産についても何となく土地や駐車場を所有しているのだと感じていました。手渡しで地代を受け取っていたので、そのときにふと思い出す程度でした」と振り返る。しかし、徐々に将来の経営に不安を感じ始めて副業を始めようと検討を始めたところ、知人に所有不動産を第2の柱にしてはと勧められたという。
本格的に不動産経営に関わって感じた問題は、地代が相場よりもかなり安いことと、数件の地代未払いがあったことだ。地代の額や未払いの問題は、長年底地を所有している地主によくある悩みだろう。これに加えて寺の場合は、「聖職者であること」が足かせとなる。たとえ地代が未払いでも、俗世にまみれているような負の印象になるので催促しにくいという。ただ、寺の経営上必要だと感じ、自身の代で正常化させることを最初の目標に掲げた。
まずは寺から手紙で何度か未払いの借地人に通知。支払う意思はあったようだが、振り込みはすぐに滞ってしまった。そこからWEBで探した弁護士と共に訴訟に臨んだが、この弁護士は不動産に疎く満足のいく結果がなかなか得られない。その後、浅見氏の知人のつてで不動産コンサルティング会社を紹介してもらい、やっと不動産専門の弁護士とつながった。そのため、訴訟中に弁護士の変更をしたという。「もうすぐ判決が出ますが、いざ動き出してみれば住職や檀家からも当初懸念した反対や反発はありませんでした」(浅見氏)
この経験から、まずやるべきことはその道に詳しい専門家や、相談できる知人を見つけることだと感じた浅見氏。家主の勉強会に参加するなど知識を増やし、徐々に経営を正常化させている。
十念寺は、1965年前後の区画整理事業により、敷地は4分の1程度に減ってしまった。また時が昭和から平成、令和と移り変わるうちに檀家との関係も薄れていったという。「先代住職の談によると、地域の借地人が寺の青空市やお盆、お彼岸の手伝いに来てくれるなど持ちつ持たれつの関係でした」(浅見氏)。そういった事情もあり、土地を安価で貸していたのだ。
もともとは賃借料のほかに、労働力などの手助けを受けていたことで成り立っていた関係だった。不動産の健全な経営に力を入れるとともに、「地域との関係性も当時のように良好な状態を築き上げていきたいと思っています」と浅見氏は話す。
地域を盛り上げる経営 同じ悩みを持つ寺の支えに
不動産経営では、土地活用や物件を購入することで地域に合う物件を増やしたいという希望を持っている。「このエリアは商店街。地域を盛り上げるような経営をするのが自分の性に合っていると感じます」と話す浅見氏。最終的には借り入れも起こし、不動産事業を大きくしたいと考える。
不動産事業での収益も含めて寺の経営。浅見氏には、こういったビジネスの視点を持って経済基盤を安定させることで実現させたい夢が二つある。一つ目は、自分の寺のことだけを考えるのではなく、仏教や日本の良さを海外も含めて広めていくこと。二つ目は、自分の寺と同じように「寺の事業収益だけでは成り立たない」と困っている小規模な寺に対してのモデルケースとなることだ。「自分自身が将来の経営状況を悲観したこともありました。不動産事業の力を借りて経営のめどがある程度立ったことを、同じように困っている寺の後継者に役立ててもらえるとうれしいです」と浅見氏はほほ笑んだ。
【十念寺の歴史】
土地にゆかりのある人物も眠る
定かではないものの、十念寺は奈良時代に行基が開創したともいわれるほど歴史がある。
その後の寛永の頃の記録によると、東西71間・南北70間、約1.6ヘクタールもの敷地を所有していた。これはサッカー場二つ以上の面積だ。寺から商店街まで見渡す限りが所有地だったという。歴史が深い同地には地域の重要人物も眠っている。刈谷藩主である土井家の廟びょうがあり、本堂内には利勝寺という土井家のための寺もある。
また尊王攘じょう夷い派の松本奎けい堂どうの墓には、今もお参りがある。
(2024年12月号掲載)
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