地主の挑戦:若い入居者で地域を活性化

土地活用賃貸住宅#地域活性#相続#事業承継

受け継いだ都内の土地に初の賃貸物件
若い入居者を呼び込み地域を活性化する

頑固に農業だけを続けてきた父親から、都内に6000坪の土地を相続した高橋静江オーナー(東京都武蔵野市)。相続して10年後に104戸の賃貸マンションを建設した。数字だけの利益を追い求めるのではなく、住人の幸せにつながり、まちに人を呼び込める住宅づくりを目指している。

ナウミスペース(東京都世田谷区)相邑美佐江代表取締役(左)
高橋静江オーナー(東京都武蔵野市)

初めて建てた賃貸物件駅近のランドマークとなる

▲地上14階建て分譲仕様の同物件

 JR中央線武蔵境駅から2分ほど歩くと、分譲マンションかと見まごう14階建ての建物「トラープランド翠命館」が現れる。建物に入ると、絵画の飾られた広さ80㎡ほどのエントランスに圧倒される。「エントランスは、帰宅した入居者を迎える場所。家に帰ってきたとほっと安心できるような空間にしたいと思いました」。そう話すのは、同物件を管理・運営する高橋オーナーだ。

 700坪の敷地に立つ同物件は、2021年に竣工した。60㎡で2DKの間取りをメインとした全104戸の居室の家賃は22万円前後に設定している。周辺相場より高めでも、高所得の若手カップルを中心に人気の物件だという。「実は、娘夫婦もこの物件に住んでいます。もともと同線吉祥寺駅周辺で物件を探していたのですが『2駅先の武蔵境駅でいい物件がある』と二つの仲介会社から勧められたのがうちのマンションで驚きました」(高橋オーナー)。初めて建てた賃貸物件が人気物件となり、若い層を地域に呼び込んでいるのは地主冥利につきるという。

 高橋オーナーが代々の土地の運営に携わるようになったのは、14年前の父親の相続発生がきっかけだった。高橋家は武蔵野市に6000坪の土地を所有していたが、それまで賃貸物件を建てたことはなかった。一部の土地を駐車場や市役所の出張所、駐輪場として貸し出しているだけだった。「父はとにかく畑を愛している人でした。愚直に農業だけを続けていたため、いわゆる相続税対策を目的とした賃貸物件を建てることはずっと断り続けていたようです」と高橋オーナーは振り返る。

 その頑固さと慎ましい生活から、父親は相続税を支払えるだけの貯金を残してくれていた。だが、高橋オーナーの代で同じだけ貯金を残すのは難しい。土地活用を考えなくてはと思っていたところ、市から出張所の撤退を機に賃貸借契約を終了したい旨が伝えられた。出張所の賃料は母親の生活費に充てられていたため、このままでは母親の生活の見通しが立たなくなる。活用方法を決める必要に迫られることになった。

大学時代の先輩を迎えまちづくりをイメージする

▲トラープランド翠命館の建つ土地には自宅や過去の母屋があった。点線部には2棟目を着工中

 そこで、高橋オーナーが相談を持ちかけたのが、建築デザインのコンサルティングを行うナウミスペース(東京都世田谷区)の相邑美佐江氏だった。高橋オーナーは30年前に自宅の設計を相邑氏に依頼していた。年数がたっても古さを感じさせず、快適に暮らせる住宅をつくることができる人だという確信を持っての相談だった。

 2人で土地公図を見ながら、駅から徒歩2分という立地であればやはり賃貸住宅を建てるべきだと結論付けた。それも、ただの賃貸住宅を建てるだけでは駄目だと相邑氏は主張した。「現代のRC造なら100年は持たせることができる。それであれば、子孫が安心して受け継ぐことができる資産性の高い建物をつくるべきだと考えたのです」(相邑氏)。そこで、相邑氏が旧知の長谷工コーポレーション(東京都港区)に新築計画を持ちかけ、自身が主導して物件をプロデュースした。

 100年保持できる物件を建てたとしても、地域が廃れてしまっては元も子もない。利回りの数字だけ見るのではなく、人が住みたいと思う物件をつくることで、新しい層を街に呼び込み、結果として地域の盛り上がりにつなげていこうという考えで一致した。

 その一つの表れが、専有部分の広さだ。同物件では、1LDKでも54㎡のゆとりのある空間とした。「賃貸住宅であっても、自分の居場所を大事にしてもらいたい。また自分の居場所を持つことができる物件をつくりたい」という思いがあっての広さなのだ。

 植栽もできる限り取り入れた。敷地の一部を公開空地として、一般人も利用できるように設定する必要があった。そこで緑を多く取り入れ、ベンチをしつらえて公園利用もできるスペースとした。

 24年3月からは、すぐ隣に新たな賃貸住宅を着工している。敷地がおよそ2倍の広さになることもあり、3LDKの間取りを中心にする予定だ。周辺にない間取りを取り入れることで、今度はファミリー層も呼び込み、さらに地域に新しい風を呼び込みたいと考えている。

 「駅前に昔からある商店の方々には、若い人が増えたのはこの賃貸マンションのお陰だと言ってもらえます。先祖から預かった土地ですので、人のために役立てたいと考えましたが、それを少しずつ実現できているのではないでしょうか」と高橋オーナーは話す。広大な土地を活用しながら、武蔵境駅周辺のまちづくりが着々と進行している。

▲公開空地部分を地域住人の公園のようにしつらえた

(2024年7月号掲載)

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