第14回 木造の中高層建築物の課題
2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、住宅の省エネルギー性能の向上が話題になっている。これからの賃貸住宅市場においても省エネ性能向上が注目されつつある。高気密・高断熱住宅を手がける建築会社を家主に紹介する住まいるサポート(神奈川県鎌倉市)の代表取締役の高橋彰氏が省エネの重要性をわかりやすく解説する。
住まいるサポート
(神奈川県鎌倉市)高橋 彰代表取締役
全国で100社以上の工務店などと提携し家主とのマッチングを中心に高気密・高断熱住宅に特化した住まいづくりのサポートサービスを行っている。性能にこだわる建築家の紹介や、高断熱賃貸住宅プロジェクトのサポートも手がける。経営の傍ら、東京大学大学院の修士課程で高断熱木造建築について研究中。
前回取り上げた、多くのメリットがある木造中高層建築物ですが、いくつかの課題があります。
第一に、一般的には建築コストが高いことです。中高層建築物に要求される耐火性能を満たすために、木の構造材を不燃材料であるモルタルや石こうで覆うなど、複雑な躯体にしなければなりません。同規模の鉄筋コンクリート造の建築物に比べて、コストが高くなる傾向があります。
第二に、せっかくの木造でありながら、木の構造材を不燃材料で覆うため、どうしても木質感が失われる傾向があることです。居住環境や居心地の良さに貢献する木質感を最大限に生かすことができていません。
第三に、中小のゼネコンや地域工務店が手がけるには、ハードルが高いことです。既築の木造中高層建築物の大半は、大手ゼネコンの設計と施工によるもので、純木造ではなく、鉄骨造とのハイブリッド構造や、独自開発された特殊な建材、金物を使用している建物がほとんどとなっています。
今後、地方の公共建築物や民間建築物への普及を考えると、地域への経済波及効果という観点から、地元の建設事業者でも施工できる工法の開発・普及が望まれます。
潮流を変え得る 日本初、純木造耐震ビル竣工
▲図1:AQ Group 新本社ビルの完成予想図 (出所)AQ Group
そうした中、わが国の中高層建築物の潮流を変え得る木造ビルが間もなく竣工しようとしています。AQ Group(アキュラホームグループ:東京都新宿区)が本社ビルとして、さいたま市に建設を進めている「普及型純木造ビル」です。
私は先日、施工中のこの建物の構造設計を担当した東京大学の稲山正弘教授(ホルツストラ一級建築士事務所主宰)に案内していただき、同物件を見学しました。
この建物は、高さ31m、8階建ての純木造の事務所ビルです。免震装置に頼らない耐震構造による純木造8階建てとして、日本初ということです。 そして、木構造体の接合部を特殊な金物に頼らず、継ぎ手や仕口という伝統技術を採用。さらに、住宅用木材のプレカット工場で量産加工した部材で建てられていることも大きな特色となっています。
これは、大手ゼネコンによる中高層建築物と異なり、中小ゼネコンや地場の工務店でも施工が可能になるということです。
また、鉄骨造やコンクリート造などによるハイブリッド工法との相違点は、木材の使用比率が高くなっているところです。そのため、脱炭素社会への貢献度がより高い工法だといえます。
木をあらわし(通常は仕上げ材によって隠される柱や梁などを露出させる方法)で、木製の高耐力組子格子壁をふんだんに用いることで、木質感あふれる空間を実現しています。 稲山教授によると、この建物の建築コストは、同等規模の鉄筋コンクリート造とほぼ同レベルということです。
新築の公共建築物が 一気に変わる可能性も
国や地方自治体は、公共建築物を建てる際、木造を積極的に選択するように検討することが法律で義務付けられています。ただ、今までは建築費が鉄筋コンクリート造などに比べて高かったため、予算に余裕のない状況下での採用は限定的でした。
工法面からみて、東京都や大阪府に本社を置く大手ゼネコンではなく、地域の中小ゼネコンや地域工務店でも施工ができるという点は、大きなメリットになる可能性があります。地方自治体には、公共事業により地域経済の活性化も推し進めたいという思いがあるからです。
そのため今回登場したこの工法は、今後の地方自治体にとって、中高層の新築公共施設を一気に木造化させていくポテンシャルを秘めているのではないかと思われます。
4階建て以上の賃貸住宅も高断熱化にシフト
これまで、住宅の高気密・高断熱化には木造が最も有利であることや、今後も資産価値を維持するためには、断熱性能などの躯体性能が重要であると再三説明してきました。
これは、賃貸住宅マーケットにおいても当てはまります。4月からは「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度」も始まります。3階建て以下ならば木造を選び、高気密・高断熱化することが望ましいということも説明しました。
ただし、4階以上の木造は、ほかの工法に比べて建築費が高くなるため、経済合理性という観点から、一般的には木造は考えにくかったわけです。ところが、この汎用(はんよう)性の高いローコストの工法が登場したことで、状況は一変する可能性があると期待されます。
これから、4階建て以上の賃貸住宅の建設を考える場合は、ぜひ高気密・高断熱の木造を検討してほしいと思います。
▲図2:AQ Group 新本社ビルの内観イメージ (出所)AQ Group
(2024年4月号掲載)
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